29開戦
♪前回までのあらすじ♪
誰か来ると信じていたアイゼンは、飛んできたシアに救われる。
自身の魔法を打ち破られたムインを残して、
流星が落ちる地へ向かう。
運び屋となったシアは艶やかな黒髪をなびかせながら林野を跳んだ。
雲脚が速くなったと錯覚するほど、めまぐるしく風景が通り過ぎていく。細川を飛び越えて、荒野へ、森林へ。埋み火が隠されていそうな大地の果てにアイゼンの故郷である隠れ里がある。
紅の陽光が指し示す先には古びた石碑があった。
シアに下ろされて、アイゼンは駆け寄ってみると、『シャロン ここに眠る』と石碑に彫られていた。
「……思い出した。ランゼンとここに来た」
思い返せば、ランゼンがおかしくなったのもここに来てからではなかったか。
シャロン、と名前を読み上げてみると胸元をかきむしりたくなるのはどうしてだろう。首も絞められてるようで苦しい。呼吸が途切れ、喘鳴が漏れる。それでもその名を忘れてはいけない気がした。
「シア、なんでそいつを連れてきた」
石碑には先客がいた。無造作に跳ねた茶髪に体格を隠す野暮ったいコート。手にするのはステッキではなく、鈍色の大鎌。険しい視線でシアをねめつけたトールは反論を許さず、アイゼンに対して一顧だにしない。
赤き流星は石碑に落ちて集まっていた。紅炎に包まれた石碑は輝き、地面もぼんやりと光り始めた。
「離れろ、くるぞ!」
トールの警告と同時に、アイゼンはシアに腕をつかまれて放り投げられた。
かろうじで受け身をとれて、尻もちをついたまま石碑の方へ視線を向けると、石碑を中心に魔法陣が描かれ、空中でトールが真朱色の檻に捕らわれていた。
手足は自由に動くため、トールは檻に体当たりを試みるもののびくともしない。
「チッ、魔法が効かねぇとはいえ、これじゃあ出られねぇ! 出しやがれ、近くにいるんだろ!? ――ぐがっ」
天空から真朱色の一閃が檻を貫通し、鉄槌のごとく振り下ろされた。捕らわれていたトールは頭から直撃を受け、悶えつつも檻の中で両手をつき、次の一撃を予期して頭を低くした。
「やだなあ。こういうときは上を見るものだろう?」
先ほどまでトールの頭があった位置に、檻の合間から鈍色の剣が突き立てられていた。彼が頭を下げていなければ剣先が突き刺さっていたに違いない。
明確な殺意をもった一撃に、遠目で見ていたアイゼンも血の気が引いた。
四番目にやってきた人物は――いや、最初から潜んでいたのかもしれない――アイゼンと同じ真朱の髪を頭の左でまとめ、白いマフラーをたなびかせていた。
檻の上に現れた彼女は檻を一蹴してから、華麗に地面に着地した。
「さて、お初にお目にかかります。わたしの今生の名はランフェンゼ・インヴ。過去生ではイェスタと呼ばれておりました。グライラル、聞き覚えはございますか?」
「石碑と過去生か。ああ知ってるぞ。千年前ぐらい前の俺じゃねぇ俺の話だ。おまえならば恨んで当然か」
アイゼンの姉、ランフェンゼ(愛称はランゼン)に問われ、トールは目を伏せる。
ランゼンはアイゼンと同じく十歳であるが、肉体を成長させているので身長も伸び切った後だ。そんなランゼンとトールが対峙すると、背格好はほとんど同じか、ランゼンが少し高いぐらいであろうか。両者の大人になりきれていない顔立ちも、にじみ出る風格もどこか似ている。
「愛した人を殺したグライラルを、イェスタは一生許さない」
「そうだな。許さなくていいぜ。だけどな、転生してもこの世を揺るがすっつーなら、この俺……トール=グライラルが受けて立つ」
両者の同意をもって戦いの火蓋は切られた。檻は消え失せ、ぶつかりあう両者は全力を叩き込み、森の中の木々を切り倒し、草むらを燃やし、石碑だけが神聖な力で守られていた。
「アイゼンさん逃げましょう。このままでは巻き込まれてしまいます」
シアに話しかけられて、アイゼンは我に返った。ランゼンに再会した喜びとなぜトールと戦っているのかという疑問がせめぎあい、この場から動けなくなっていたが、このまま一部始終を見守っていたら己の命が危なかった。
「でも二人が……!」
「言いたいことは後です。一刻も早く離れましょう」
動けないアイゼンを持ち上げようとしたシアが突然、アイゼンの上に覆い被さってきた。その直後に聞こえる鈍い音。骨が折れたのではと思うほどの衝撃をシアは背中に受けて、体躯を揺らす。
「シアさん……?」
やがて衝撃から解放されたシアはぐったりとしており、アイゼンが声をかけるも反応はない。逃げられないアイゼンをかばったのだとわかる前に、なぜ襲われたのかもわからず、アイゼンの心は耐えきれなくなっていた。
ランゼンとトールはもう遠くに行ってしまった。そのため襲撃は招かれざる客のものだとアイゼンは振り返った。
「――クハハ! また会ったなクソガキ」
白い化け物が口角を上げて嗤っていた。
木陰によりややくすんでいる黄金色の髪を短く切りそろえた男の顔を見て、アイゼンの息が止まった。
シアの背中には土が付着しており、この白い化け物が蹴りつけたのだと一目でわかった。
この化け物の名はソル。周囲を塗り替えそうな白色の光を全身から放っていた。
「アイゼンさん、逃げてください。わたくしはまだ戦えます」
「もうボロボロなのに何を言って――」
「どうか信じて」
信じてと念を押して、シアはふらつきながらもふんばってソルに立ちはだかる。
黒き従者と白き化け物が向かい合った。それぞれの属性を体現した両者は、互いの属性が決して交わらないことを理解していた。行動も信念さえも理解されないとわかっていた。
「へぇ、愚昧が俺様とやりあうのかよ、びっくりだなァ。姉なら年中大歓迎だぜ?」
「エクア姉様はお役目全う中でございます。あなたと遊ぶ暇はございません」
「そうかいそうかい。代わりに手前が殺りあうと」
「僭越ながらシア・グランドール・ヴィアカの名にかけて一石投じましょう」
「いいぜ、勝てねぇとわかってる阿保が! 耳の穴かっぽじってよく聞け! 俺様はソル・ファーク・カルリアン! 現『陽』にして、寛容の後継者である!」
二人の名乗りが始まる前にアイゼンは逃走していた。シアとソルの名乗りも聞き逃した。
好奇心のまま赤い光を追いかけてみれば探し求めた姿は見つけたけれども、離別のときと同様アイゼンの知るランゼンではなかった。過去世の記憶があるなんて、一度も相談されなかった。アイゼンにない経験がランゼンに生き急がせるならば、双子とはいえ口を出せない。
「……疲れた」
早朝から走り回っていたのも子供の体力にはきつい。
ランゼンとトールは因縁により互いにしか武器を向けないため、飛び火にだけ注意すれば問題なさそうだ。
対してソルは動機が読めない。先日街にやってきたときも、気まぐれに屋台を壊していった。食い止めているシアが敗北した場合、次の標的は誰になるのか。ランゼン、トール、ソルの三者がにらみ合えば、被害は拡大するだろう。
故郷には特別な結界が施されているため、通行資格を持つインヴの民であるアイゼンとランゼンが突破しなければ、閉ざされたままのはずだ。
救援を求めるならば、顔なじみである碧水基地しかない。しかしあの街も火災にみまわれ外部に手を差し伸べる余裕はないだろう。往路で力尽きる可能性もある。
「心菜。できることはある?」
アイゼンの問いかけに、ランゼンとの再会から沈黙を守っていた心菜が語り出す。
『お姉さんに会いたい気持ちを忘れなかったキミになら……あるよ』
「ランゼンに会いたかった気持ち?」
『過去に囚われた彼女を現世へ振り向かせられるのはキミだけだ。たとえどんなにつらい記憶を引きずって生まれてきても、所詮は偽りだ。本物じゃない。事実と感情に振り回されて人生を棒に振るのはもったいないよ』
「うん。そう思う」
『でしょでしょ? キミはどうか前だけを見ていてね』
「おい、話は終わりか? クソガキ」
まだそれほど時間は経っていないはずなのに、ソルがやってきていた。
お読みくださり、ありがとうございます。




