27VS命令者
♪前回までのあらすじ♪
街が火に包まれた。
すがりついてくるオーロラを引き離し、アイゼンはできることがないか駆けずり回っていたら、
会いたくなかった人――ムインと遭遇する。
「見ていましたよ、アイゼン。やはり貴方が心菜の所有者でしたか」
思いもかけない存在の登場に、アイゼンの心臓がきゅっとつかまれた。
「ムインさん」
今、最も会いたくなかった存在がそこにいた――。
「アイゼン。僕がなぜ、貴方を連れ帰ったかおわかりですか」
初めて立ち寄った村で拒まれてしまい、意気消沈した翌日、幸運なことに馬車が通りがかった。その馬車に乗っていたのがムインであり、彼は帰る途中だと言っていた。
思い起こせば出会い頭から心菜はムインを疑っていた。
とはいえそれは心菜の疑念であり、アイゼンのものではない。言葉にできる答えを持たず、アイゼンは首を横に振った。
「あの日、僕は初めて神に感謝しました。幻の地から少女が抜け出した上に、神器まで運んでくれるとは! えぇえぇ、あの地の周辺に祀られているところまでは調べ上げましたが、聖地に入る資格を持たず、どうするべきか考えあぐねていたんですよ」
饒舌に語り出すムインの瞳は焦点が合っていなかった。火事の動乱も彼の耳には届かず、全身から湧き出た狂気に飲み込まれている。背後で木が倒れそうになっていても、口からよだれを垂らし、きっかけがあればアイゼンに飛びかかってきそうだ。
「鴨がネギをしょってくるなんて、本当にあるんですね。さあ心菜をよこしなさい」
「渡さない」
アイゼンは心菜を剣に戻し、夢の中で『生け贄にはならない』と言い放ったときと同様に、己の意志をまっすぐに伝えた。
ただ彼女の意に反して心菜を握る力は弱まっていた。早朝から駆けずり回った疲労が現れてきていた。
「何度でも言いましょう。心菜を渡しなさい」
「嫌、絶対に渡さない。心菜は物じゃない」
「物でしょう。使い手の望むがままに形を変えて真価を発揮する、人殺しのための道具です」
「違う! 違うったら違う」
拒絶は悲鳴に近くなってきた。アイゼンは全身をひきしぼって声を出し、力が抜けかけた己の手に歯を立てる。炎が広がりつつある周囲に気を配りながら、ムインと少しでも距離をとろうと後ずさった。
「いい子だからそれを渡しなさい。危ない道具なのです。子どもが持ってはいけません」
「…………いい子? 今まで一度もいい子だって言われたことない。ランゼンとは対等で、善し悪しをつける関係じゃなかった。いい子じゃないから、従わない!」
たたみかけるように宣言してしまえば、不思議と体が軽くなった。口も軽くなったのか、今まで言えなかったこともするりと出てきてしまった。
「オーロラさんにも命じてばっかり!」
金縛りがとけたならば、慎重に後ずさる必要もなかった。アイゼンはくるりとムインに背を向けて、赤い流星を追いかけた。
「待ちなさい、アイゼン! 言霊が効かないなど、そんなはずが…………!」
火の勢いが増して、二人の間に木が倒れてきた。分断され、これ幸いとアイゼンは走り出す。
一度も振り返らなかったので、その後ムインが無事に避難できたかどうかは知る由もない。
アイゼンが気にする素振りを見せなかったので、彼女に抱きしめられた心菜もただ前を見据えていた。
ムインとオーロラがどのような力関係であったのか、先程のやり取りでわかったような気がした。
これからどんな関係になるのか、敵対してしまった身としては想像できるほどの余裕はなかった。居候の身としてもかける言葉を持っていなかった。
『…………ムイン。ムインの民。そっか、生き残りがいたんだね』
インヴの民とムインの民――韻の民と無韻の民。源流を同じくし、二つに分かたれた一族。お互いの術を知り尽くし、対策も脈々と受け継がれていてもおかしくはない。
自問自答の帰結を心菜は胸にしまおうとして、アイゼンより先に異変に気付いた。
『アイゼン、魔法だ!』
火に包まれて息苦しいはずの世界が急激に冷えていく。
二人の間に倒れたはずの木は凍り付き、急いで振り返ろうとしたアイゼンは足を滑らした。視線が低くなってから地面が凍り付いていることに気付き、心菜の指示通りにファイアボールを足元に向かって放った。
足元の霜を払い、ゆらりとアイゼンは立ち上がる。
局地的な気候変動――十中八九、魔法に違いない。
アイゼンが得意なのは赤属性に分類される火の魔法。対して水や氷を得意とするのは青属性を身に宿して生まれた者だ。
改めてムインと対峙してみれば、彼の紺色の髪と瞳が青く光り輝いているではないか。
「無傷で手に入れられるとは思っていませんでしたが、殺してでも奪い取るしかありませんね」
二人を取り巻く空間が赤から青に塗り替えられる。周囲の温度が下がったせいか、アイゼンは指先の震えを感じ、吐息を手にかけた。
『まずいね。今のキミじゃ勝てないよ。さっきの青属性上級魔法だよ。こんな身近に使える人がいたんだねぇ』
「勝たなくていい。心菜は渡さない」
『わお。頼もしい!』
凍えた風が通り抜けても、意志の炎は消えていない。
お読みくださり、ありがとうございます。
ブリザード
青属性上級攻撃魔法 攻撃対象;敵全体 追加効果;フィールドの赤属性低下




