26試されし絆
♪前回までのあらすじ♪
トールの策略により、アイゼンは無詠唱で魔法を発動させた。
二人の価値観のずれは埋まらず、突き放されたアイゼンは静かに立ち去った。
そして鳴りを潜めていた脅威も再び動き出そうとしていた。
夜が深まった頃、碧水基地に小さな灯りがやってきた。
灯りは門を軽々(かるがる)と飛び越えて、基地の中に侵入した。静まりかえった真夜中でも、天空を絶え間なく駆ける流星のせいか明るい。とはいえ灯りだけでは心もとないだろうに、導かれるように進んだ。
やがて灯りは松明に囲まれた広場で止まった。
「……穢れた地に慈悲の炎を」
灯りが地面にこぼれ、瞬く間に広がっていく。
朝焼けだと勘違いさせるほど、炎が口を開けて基地全体を飲み干した。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪
夜明け、黄金に染まる街に赤い光が降り注ぐ。
目覚めたばかりの淡い空色の上を滑り落ちる光は数を増し、数百を超えたところで人々は気付き始めた。
光は空に残り、大輪の花を咲かせている。花の形が故郷にあった曼珠沙華に似ているような気がして、アイゼンは食い入るように見つめた。やがて光の一つが窓越しにまで迫ってきていて、反射的にカーテンを閉める。
数拍置いてカーテンをおそるおそるあけたところ、街が炎に包まれていた。
目を疑う光景に呆然としていると、火災を知らせる警鐘がけたたましく鳴り響く。
『とうとう見つかっちゃったんだね』
「心菜、何か知ってるの!?」
『切羽詰まってるね。久しぶりのあいさつも満足にさせてくれないんだ』
ここ数日反応がなかったことについて言及する暇はなく、アイゼンは避難準備のため必死に手を動かした。
対岸の火事を語るような心菜の声が不気味であり、『聞こえてる?』と聞かれても応えなかった。
『無視だなんてひどいなあ……あ、忘れずにボクも持って行ってよね』
「わかってる。だから早く知ってること教えて」
『いやあ、キミも成長したなあ。最初は一言だけだったのに、二言も三言も返ってくるようになるなんて感動しちゃう』
「茶化さないで!」
『……大きな声で叫ばないでよ。キミの気持ちは伝わってくるからさ』
話している間に荷作りを終えて、最後にアイゼンは心菜を背中に吊した。
『詳しい話は後でしようか。目で見た方がきっと早いよ』
「必ず教えて」
『もちろんさ』
部屋を出て階段を下りると、慌てた様子のオーロラと目が合った。
見渡せるところにムインの姿はない。こんな非常事態でも戻ってきていないのだろうか。
「アイゼンちゃん、どうしよう。起きたら火災でパニックなのに、ムインさんがどこにもいないの!」
オーロラはアイゼンに涙目ですがりついた。ムインの職場を訪ねても所在がつかめず、運良く出会えた同僚に尋ねても、ここ数日姿を見ていないと返されたらしい。ムインがどこで何をしているのかわからないため、オーロラは家から離れられないようだ。
『普通、アイゼンを起こすのが先じゃない?』
心菜の鋭い突っ込みを聞き流し、アイゼンは動転しているオーロラに向き合う。
「落ち着いて。先に避難してる可能性もある」
今にも泣き出しそうなオーロラをなぐさめて、避難できるか確認したところ、ムインの所在がわからないまま外には出られないと子どものようにむずかられた。
行かないでと抱きしめられると、体格差のせいでアイゼンはオーロラを振り払えない。怪我させるのを覚悟で無理やりにやればできるかもしれないが、今までよくしてくれた以上、乱暴はできないと良心が引き留めた。
『アイゼン。家の中は平気だから置いてってもいいんじゃない? ほら見て、炎も入ってこないだろう?』
屋内に炎は入らない、と判断を下すのは早計のように思われた。
オーロラを突き放そうとする心菜は何か知っているようだが、アイゼンには判断材料が足りない。
「行かないで、ムインさん……。愚図でごめんなさい。捨てないで、全部守ってみせるから……」
「……オーロラさん」
表面上、ムインとオーロラは穏やかな夫婦に見えた。外へ働きに出る夫と家庭を守る妻。お互いにまだ若いので、子どもがいなくても眉をひそめられるほどではない。
まだ子どものアイゼンには夫婦生活がわからなかった。恋をしたこともなく、愛する二人という関係性にも理解が及ばなかった。そもそも二人は愛し合っていたのだろうか。対等であったか。温度差はなかったか。
『アイゼン』
心菜の催促がアイゼンに選ばせる。
「オーロラさん。今までありがとうございました」
「いや、いやっ、アイゼンちゃん、このままうちの子になってもいいのよ? そうすればムインさんもないがしろにしないでしょう?」
「それは本当にオーロラさんの望みですか?」
「えっ……?」
「ごめんなさい」
すがりつく手を振り払って、アイゼンは飛び出した。
玄関を出てもアイゼンを呼び止める声が聞こえる気がする。
それが心苦しく、アイゼンの体がきしんだ。
街は混沌としていた。荷車に荷物を乗せて、街の外に避難しようとする者。家の前に座り、うなだれる者。呆然と眺める者。無力な者たちと対照的に消火に励む者。青と緑の祝福を受けた土地だからか、水資源は豊富なようで消火はあちこちで行われていた。
「木に広がるのを防ぐんだ!」
「家屋の火は消えねぇ、早く避難しろ!」
「そっちの避難は終わったか!?」
「まだだ、子どもが数人見つからん! そこの突っ立ってるお前らも手伝え!」
「へ、へい!」
「わがりまじだっ……ずびぃ」
先導に立つ者が発破をかければ、絶望の淵にいた者たちも生気を取り戻す。
火災の中、怒号のようにかわされるやり取りを耳にしながら、アイゼンは街中を疾走した。道中、井戸のそばで動けなくなった子どもを保護したり、足腰が不自由な者の補助をしながら他にもできることがないか駆けずり回った。
「きゃああぁぁぁぁああ!」
つんざく悲鳴の方へ振り向けば、燃えさかる木々が倒れそうなところに、転んで立ち上がれないエフィーがいた。恐怖と焦りがから回っているのか、立ち上がろうとしても力が入らないようだった。
「エフィー! 早く立て!」
彼女のすぐそばにいたヴォルケもまくし立てるだけで、このままでは二人とも倒木に巻き込まれてしまう。
木が倒れてくるまで猶予はなく、アイゼンは心菜を弓に変化させて、倒れそうな木を弓矢魔法で射抜いた。
狩りの最中に弓矢がなくなった場合、魔法で弓矢を生成する技術は姉のランゼンから習っていた。慣れた人は弓がなくても射出できるそうだが、方向を誤らせないためにも弓はあった方が安定する。先日ソルと対峙したときに試した魔法だ。
「ありがとな! オマエも早く逃げろよ!」
木の破片を振り払い、ヴォルケは思い切ってエフィーを横抱きにして走り去った。
火事場の馬鹿力とはいったものだ。エフィーの恥ずかしがる声も聞こえそうなが気がした。二人を見届けて、アイゼンは胸をなでおろしながら足の向きを変えようとして。
「見ていましたよ、アイゼン。やはり貴方が心菜の所有者でしたか」
思いもかけない存在の登場に、アイゼンの心臓がきゅっとつかまれた。
「ムインさん」
今、最も会いたくなかった存在がそこにいた。
お読みくださり、ありがとうございます。
次回アイゼンVSムイン




