22Road To Runzen
♪前回までのあらすじ♪
アイゼンの様子の変化に心菜は気付いた。
自分でできることを考えて、避けようとしていたトールに手助けを求め、
アイゼンに呼びかける。
アイゼンは夢の続きで黒いローブの人物と睨み合っていた。
水の中を模した世界を否定しつつも、気を抜いたら溺れそうになる。
生来の寡黙さが幸いし、無言が続いても苦ではない。相手の足をとるような言葉を探りながら、こちらも足をとられないよう警戒して言葉を選ばなくてはならないので冷静さを失ってはならない。
最終的に言った言わないの世界になるため、突然むせてしまって言葉が切れたときの対策に、なるべく短く端的な発言を心掛ける。最後の否定まで告げなければ肯定とみなされる可能性もあるので、相手の口車に乗せられないよう気を引き締める。
注意点が多いとはいえ、誰かに「やれる?」と聞かれたら、アイゼンは迷いなく「やれる」と答えられた。
一対一で向き合っていても、アイゼンは里を出て、自身の中に生まれた温かいものに励まされていた。
ランゼンとの別離はまだ納得がいっていない。
心菜とはだいぶ打ち解けた。しゃべる不思議な武器から友人くらいには格上げされた。
町の人々への評価は難しい。ただ身一つで来たのに生活できているのは町の人々のおかげだと感謝している。
「なんといわれようと、生け贄にはならない」
アイゼンは力強く言い放った。
「それは困りましたね。貴方が生け贄にならないならば、町から貴方の代わりを選出しなくてはなりません。ふうむ、誰がよいでしょう。幼い子供でもご老人でもいいですよ。それこそ貴方の親しい人でも」
話の運び方が変わった。今まであちらの意見を押し付けてきたのに、今度は同情を誘おうとしている。
「あの方が欲しているのは即戦力になる人物なので、必然的に生まれたばかりの赤ん坊や長期療養が必要な方は除外されます。年齢については将来有望な方でも構わないらしく、貴方と同じくらいの年齢でもいいのですよ」
反応してはいけないとわかっているのに、エフィーとヴォルケの顔が一瞬浮かんだ。彼らはどうして稽古をつけてもらっているのだろう。まだ会ったばかりなので深い話はできていなかった。
「――さあ誰を思い浮かべましたか?」
男の声とともに、アイゼンが脳裏に描いてしまったエフィーとヴォルケの二人が水底に登場した。
二人とも縄で縛られて、泣きはらした目のままアイゼンに飛びかかろうとして、縄が食い込んで苦悶の表情を浮かべた。
「あんたがなればよかったのに! いやだぁあああ! おとぉぉうさん、おかぁぁあさんっ」
「死にたくねぇっ! 助けてくれよぉ、みんなと離さないでくれ……」
アイゼンがやればいいのに、死にたくないと二人の幻が泣き叫んだ。
生け贄にされた後の処遇を新参者のアイゼンは知らないというのに、死を匂わせてくるということは恐らく生きたまま町には帰ってこられないのだろう。あるいはそう想像させるためのはったりか。
「貴方のせいですよ? 彼らが貴方の代わりに連れていかれるのです。まだ親とも離れられないでしょうに、薄情な友人を持ったのが運のつきですね」
「親とは離れられる。ここに証人がいる」
「ええ、そうでしたね。幸運なことに拾われましたからね」
「…………ん?」
わずかな違和感にアイゼンは眉をひそめた。
何に突っかかったのかは自身でもわからず、相手の話を待つ。
「しかし十歳そこらの子供が、見知らぬ土地で生きていけるでしょうか。村社会は縦社会なので、いじめられるかもしれません。水や食べ物が体に合わないかもしれません。仲間もできず、一人で孤独に耐えるかもかもしれません。兵士になれば命の保障もされません。
ゆえに貴方が行くのです。貴方ならばこの町の誰も悲しみません」
男は結局生け贄が誰になろうと悲しまないのだろう。
判断基準は町に利益や損害があるかどうか。二つを天秤にかけて、町の平和が続くように誰かが悲しみのあまり壊れてしまわないように外から連れてきた子供に白羽の矢を立てたのだ。
少しでもアイゼンへの同情があれば、アイゼンの心は動かされたかもしれない。英雄気分になって、この町に恩返しがしたいと万が一にでも思ってしまったかもしれない。
あるいはあまりにも送り出しすぎてしまって、男の心が擦り切れてしまった可能性も否定はできないとしても。
「生け贄にはならない」
どんなお涙頂戴物語を聞かされても、アイゼンは何度も同じ言葉で否定した。
生け贄にはならないと、何度も訴えかけているのに彼には届いていないようだ。
それならばわかりあうための会話を始めよう。
「生け贄にはならない。でも元凶をどうにかするならば手を貸す」
「あの方に歯向かうというのですか!? 許さない、許されんぞ……!」
穏やかな仮面をはずし、最初の強気な一面が顔を出す。
男の声に怒気が乗り、聞くものを委縮させるような威圧をかけてくる。
「生け贄になるのだ、小娘! 歯向かってもここから出られぬのだぞ!」
「出られる。出られるって信じてる。ちいさな可能性があるならば、かけてもいい。思考停止した声に応える人はいないから」
手のように伸びた水がアイゼンの体を締めつけた。
ぼこぼこと息が苦しくなっても、歌い続けたおさげの少女の幻影を胸に、アイゼンもまた詩をそらんじた。
否定を続けたら、いつしか何もできなくなってしまう。
できるのだと励まして、やってみせて、やらせてみて、人々は継承してきた。
語り部として受け継いできた詩も、次代のためにつないできた命があったからだ。
きらめく輝きを尊重しよう。人々は生きている。どんな理由であろうと構わない。理由がなくなっていい。
まばゆい輝きを放って、消えてしまわぬように。
「ああ、ランゼン――」
片割れに背を向けた、その気概に敬礼しよう。
あなたはあなたなりに生きていて、選択した。
その道がたとえ運命をわかつものであったとしても、世界のどこでつながっている。
「何をするっ。熱い、熱い……! 我が世界を焼き付くそうというのか!?」
アイゼンの体から漏れた輝きが男のローブに火を付けた。
焦るあまり、男はフードがとれて己の顔をさらしていることに気付いていなかった。
違和感が何であったかわかり、アイゼンは「わかった」と呟く。
水の世界に光の道が生まれていた。それは日光が降り注いでいるのではなく、アイゼンの源である赤属性が呼んでいた。寝物語として聞かされていた運命の赤い糸が本当にあるならば、光の道のど真ん中に置かれた赤い糸はアイゼンの運命につながっているに違いない
火を振り払う男をそのままにして、アイゼンは光の道をがむしゃらに走った。
この先にアイゼンの進むべき道があり、きっといつかランゼンと交差するのと信じて。
お読みくださり、ありがとうございます。
タイトルの『RTR』を回収できました。




