23夢からさめて
♪前回までのあらすじ♪
生け贄を差し出すのではなく、抗おうというアイゼンの提案は却下された。
互いの道は交わらず、己の信じた道を進む。
光の道を突き進んで、あまりのまぶしさに目をつむり、もう一度目を開けたら見知らぬ天井が広がっていた。
横になりながら首を動かして周囲を見渡すアイゼンに、そっとコップが差し出される。
「お水をどうぞ」
「……うん」
水を差し出してきたのは黒髪をツインテールにしたシアであった。彼女は慣れた手つきでアイゼンの上体を起こし、コップを口元に近付けた。飲もうとしてせき込んだアイゼンの背中をさすり、落ち着いてからもう一度コップを差し出した。
今までにない異常な渇きに戸惑いつつも、アイゼンは水を飲み干した。
「ありがとう」
「とんでもございません。お礼はどうかご友人に」
友人という言葉にぱっとエフィーとヴォルケたちの顔が思い浮かんだが、それならば複数形になるのではないかと考えを巡らせていると、扉が開いたのでアイゼンはそちらに目を向けた。
「おっ、アイゼン。起きたんだな。厄介な魔法にかかったみてぇだが、頑張った頑張った」
やってきたのは枯葉色の髪をつんつんさせたトールであった。彼はアイゼンの顔をのぞき込むと、歯を見せて笑いながらアイゼンの赤い髪をわしゃわしゃかき混ぜた。
「……うん。頑張った」
望んでいたはずの日々をアイゼンは覚えていた。姉と過ごす偽りの日々に魔法克服への一手。己を夢へ誘った男との論争。光の道と赤い糸。
顔をほころばせたアイゼンに、トールとシアも自然と口角を持ち上げていた。
シアの手料理で元気を取り戻しながら、アイゼンは二人から詳しいいきさつを聞いていた。
足元もおぼつかないアイゼンを保護したこと。洗脳魔法がとけるよう手助けしたこと。それからアイゼンは三日ほど眠り続けていたこと。
まさか三日も眠っていたとは思わず、アイゼンは喉の渇きにも納得がいった。空腹なのに食事の進みが遅いのもだいぶ衰弱していたからのようだ。夢の中では三日以上ランゼンと過ごしていたはずなのに、目覚めてしまうと一瞬だったように思えた。
「オーロラさんは大丈夫?」
「ああ。最初の夜に話しておいた。流石に魔法にかかって眠ってるまでは言えなくてさ、しばらく外泊するとだけな。そろそろ顔を見せてほしいと急かされそうだったし、ぎりぎりだったかもな。ソルのとき、直接おまえの家に運んで信頼を勝ち取ったおかげだな」
説明しながらトールは椅子をくるくる回して遊んでいた。室内でもじっとしていられないほどエネルギーが有り余っているのかもしれない。
そんな様子がしずしずと仕えるシアと対照的で、アイゼンはまた笑みをこぼした。
「なんだアイゼン。ちゃんと笑えるじゃねぇか。人生短いんだからさ、意識して笑ってねぇと暗い顔する時間が増えるぞ」
「余計なお世話」
ぴしゃりと叩き落としたアイゼンは食事に意識を戻し、野菜がとろとろになるまで煮込まれたスープを慎重に口に運んでいく。
「シアさん、おいしい」
「ありがとうございます。しばらくは柔らかい食事を心がけてくださいね」
「わかった」
「よっこいせ」かけ声とともにトールは立ち上がった。「元気になったら稽古再開だ。いつでも待ってっからよ、必ず来いよ。あとはあまあ……友人は選べ」
アイゼンの返事を待たずにトールは部屋から飛び出した。風のごとき速さに、窓から入ってきた葉っぱがふわりと浮かんだ。
「彼のことは気にしないでください。アイゼンさんはまず、歩けるかどうか確認しましょうか」
伸ばされたシアの手を、アイゼンは握り返した。ベッドの端まで体を動かし、シアの介助で立ち上がれはしたものの、歩くと脚に違和感があるものの日常動作に問題はなさそうだ。早めに回復しなければとアイゼンは大きく伸びをした。
「もう戻られますか?」
「うん。オーロラさんに会わないと」
「承知しました。今日は体を休めて、稽古に参加されるのは早くても明日以降にしてくださいね。荷物はこちらです」
身支度を整えながらアイゼンはシアから自身の荷袋と心菜を受け取った。荷袋はともかく、心菜の重さにじんわりと目頭が熱くなってしまって顔を伏せた。手元にあるだけでこんなにも力強いものがあるとは思わなかった。
「アイゼンさん、お気をつけて」
「……行ってきます」
居候している家に戻るのに、行ってきますもおかしいのかなと思いつつ、夢からさめたばかりのふわふわした足取りで向かう。
資料館での一件により、老師と合わせる顔がなくて裏道を選んだ。
大通りでなくても行先がわかるようになったほど、ここにも慣れていた。慣れてしまったと自嘲はしない。今の生活の延長線上に望む未来があるのだから。
「ただいま」
玄関は開いていた。今まで通りにそっと声をかけると、リビングのテーブルでうつ伏せになっているオーロラが目に入った。
「オーロラさん?」
声をかけても返事はなく、久しぶりの帰宅なので黙って部屋に戻るのもはばかられ、アイゼンはオーロラの肩を軽く叩いた。
「……はっ、アイゼンちゃん!?」
「わっ」
跳び上がるように勢いよくオーロラが目覚めるものだから、アイゼンも驚いてのけぞった。
「お帰りなさい。驚かせてごめんなさいね。いつ帰ってくるかなあってそわそわしてたみたい」
「ううん……連絡しなくてごめんなさい」
「いいのいいの。お泊り楽しかったかしら」
「……うん」
どう表現すればいいかわからずにアイゼンは曖昧に頷いていた。オーロラが勝手に想像してくれるのを期待して、二階に上がろうとして――。
「アイゼンちゃん、少し痩せた?」
呼び止められて振り返る。
オーロラの探るような瞳に冷や汗を流しながら、嘘を重ねていく。
「やっぱり少しやつれたんじゃない? ちゃんと食べてた? なんだかいつもと違うわ」
「もちろん食べた。オーロラさんの気のせい」
「そうかしら? 変化には敏感なほうなんだけど……。顔もちゃんと洗ってたかしら」
オーロラは他人をよく見ている。とりわけムインの顔色をうかがっていた。
ランゼン含めた四人で食卓を囲んだときの『家族が欲しい』という話は本当なのだろうか。展開の辻褄合わせだったのか、オーロラの本望だったのだろうか。
「……オーロラさんは家族が欲しい?」
「突然どうしたの? そうね……家族は欲しいわ。一人っ子で、親もほとんど家にいなかったからかしら。憧れるの」
でもムインさんには言わないでね、と念押しされた。秘密だと口元で人差し指を立てた彼女は見た目よりもずっと夢見る少女であった。
「そうそう。ムインさんもしばらく職場で寝泊りしているわ」
なのに残念がっている感じはなく、淡々とした口調は現実を見ていた。
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