21見守るだけではいられない
心菜視点になります。
♪前回までのあらすじ♪
アイゼンがランゼンの嘘を見抜くと、甘い夢は終わりを告げた。
水に溺れそうな感覚になりながらも、アイゼンが遺された詩を歌うと、
黒いローブの人物が現れて、言論バトルが始まった。
『アイゼン……?』
ロー老師の背後に黒いローブの人物が現れてから、アイゼンの様子がおかしいと心菜は気付いた。
ローブにフードで顔を隠すなんてかなりあやしいので老師が紹介してもいいだろうに、その紹介はなく、誰も言葉を発さず、硬直の魔法にかかったかのように動かない。
『アイゼン、アイゼンっ。どうしたの?』
人前だから声では応えられなくても、衣類や背中に触れることで聞こえていると伝えられる。
それなのに斜め上を見上げたアイゼンから一切の反応がなく、不審に思った心菜は老師とローブの人物を睨みつけた。
「さて十分に片付いたことですし、アイゼンさんも休憩していきませんか?」
「…………ううん」
老師がアイゼンに休憩を勧めたところ、アイゼンは首を横に振った。
ようやく得られたアイゼンの反応に心菜は喜びつつも、慎重になりゆきを見守る。
「帰る」
きっぱり言い切り、アイゼンは老師を押しのけて帰ろうとした。
この彼女の行動に驚いた心菜は間髪を入れずに呼びかける。
『アイゼン、帰ってもいいの!? 引き下がったら生け贄にされちゃうよ!? 問い詰めるなら今だよ!』
「…………」
もともと言葉数が少ないとはいえ、背中に隠されている心菜でもアイゼンの心の変化がわからない。息遣いや体温に心情が表れてもいいはずなのに、異常なまでに静かだ。隠しているのではなく、とぼけた反応をしている。
すれ違う際にも心菜はローブの人物への警戒を緩めなかった。刮目し、アイゼンとローブの人物をつなぐ何かに勘付く。
『よくも、人間風情が……』
♪ ♪ ♪ ♪ ♪
心ここにあらずといった状態で歩くアイゼンに心菜はひやひやしていた。
段差でつまずきそうになったり、建物の壁にぶつかりかけたり、花壇に侵入しそうになったり。
雲の上を歩くようなアイゼンの足取りに、雲の薄いところを踏み抜いてずっこけるのでないかと気が気でない。
作業を始めてからだいぶ時間が経ったようで、町が夕暮れ色に染まっていた。光が行き届かない場所も増えてきて、転びそうになるアイゼンに心菜は『手がかかる子だなあ』と路地裏で人の姿をとった。肩で切りそろえられた白い髪を揺らし、ぼこぼこした道に裸足で立つ。
「ほら行くよ」
手をつなぎ、心菜はアイゼンを安全な道へ誘導した。
ふらふらする契約者を見ていられなかったのもある。あの黒いフードの人物が何か仕掛けたのは間違いなさそうだが、優先すべきは安全確保だ。
「キミだけは守ってみせるから」
定期的にアイゼンに話しかけてみるが、反応は一切返ってこない。この際、手を抜いた相づちで構わないので、何か言ってほしい。手もにぎり返してくれないので、心菜は気持ち強めに引っ張っていく。
「――最近、赤い光がちらつく。おまえはどう思う?」
「トールさんは恨みを買いやすいですから」
「俺っていうか、俺の役目がな」
警戒せずにはいられない相手の声が聞こえ、心菜は足を止めた。
稽古帰りらしい、二人分の声が前から近付いてくる。走って回避は可能だが、アイゼンを引っ張っていくのは難しい。横抱きするにもアイゼンがおとなしくしてくれるとは限らない。夕暮れとはいえ担いでいくのも目立つ。
「そこのおまえ。見ない顔だな」
何もない振りをして通り過ぎようとしていたのに、声がかかった。
ありきたりな枯葉色のトールから見れば、全身真っ白な心菜(人型Ver)は珍しいかもしれない。夕日に染まって同化しそうなのも神秘さに拍車をかけた。
トールがいれば必ず後ろにシアもいる。他の色に染まらない、艶やかな黒髪をツインテールにした彼女も珍しそうに白い少年から視線をはずさない。
「アイゼンとはどんな関係だ? 答えによっては叩き切る」
「うわあ、初対面にそれ? ボク、悲しいなあ。アイゼンとはただの友達だよ」
トールにステッキを向けられても、心菜はどこ吹く風と受け流して笑みを浮かべた。内心焦っていたものの、気が遠くなるほど被った仮面は妙にしっくりくる。もうどうにでもなれ、という投げやりな気持ちもあってか言葉がすらすら出ていきそうだ。
「気味が悪いな。名前は?」
「それはこっちの台詞だよ、トール。生憎キミに名乗る名前はないけどね」
「クソが、俺のことは知ってるときたか。俺の知らないことなんて、片手で数えるくらいなんだがな」
「物知りアピール? それとも年寄りアピール? 三桁ぐらいで自慢されても困るなあ」
「おまえ……ヴィアカ王国の生き残りか」
「あったり~♪ 黙ってようかと思ったけど、ボクってばおしゃべりで黙ってられないんだよねぇ。ぞくぞくしちゃう」
心菜は白い髪を揺らしながら恍惚とした表情を浮かべ、ふいに目つきを変えた。
「あっ、機密は守るから! 自慢じゃないけれど、拷問でも漏らしたことないよ、ボク」
勝手に動き回る口から発射される言葉に、トールとシアはついていけなかった。
子供の夢想か、既存のおとぎ話か、まさか本当に彼の身に降りかかったこととは到底思えない。
とはいえアイゼンを守るように立ち、他者へ威嚇する姿は本物だ。
「……シア。アイゼンの保護者に連絡してくれ」
「かしこまりました」
トールの指示を受け、シアは足音もなく飛び立った。
そのままトールは心菜へ言葉を投げかけた。
「名乗る名のないおまえがこうして顔を見せたってつーことは、俺らの助力を求めていると考えていいか?」
「ふふん、情報が必要なのはきみも同じでしょ? 不可抗力だとしても、黒髪の彼女の言葉を借りるなら、ボクは信じているからね」
「いけすかねぇな」
「やだなあ、褒め言葉? ボク嬉しい。きゅるるーん」
「なんだ、きゅるるんって……」
「殺伐とした世界には癒やし系キャラが必要でしょ!」
心菜は愛らしい少年の仕草をしてみるも、トールには突き刺さらなかったようで、足早にトールとシアが借りている宿屋に向かった。
他の街とのやりとりがほとんどないため、町には宿屋が数件しかない。
トールとシアはその中でも花があふれた宿屋に二部屋借りていた。二人の共同スペースとシアの寝室。トールは毎晩別の場所で寝ているらしい。「男の子だもんね」とにやにやする心菜にトールは「家族に会いに行ってるだけだ」と釘を刺した。
「共有スペースにソファーがあるから、アイゼンはそこに寝かせてあげてくれ」
「りょーかーい」
トールが鍵をあけ、心菜はアイゼンを軽々と横抱きにして部屋にあるソファーに寝かせた。
「おまえ、見かけによらず力持ちなんだな」
「そう? ちぎって投げてからかなあ」
「……そこは女の子が大事だから、じゃねぇの?」
「はっ、そうだね! お姫様だっこは紳士スキルの一つだよ!」
心菜の変わり身の早さにトールがげんなりしていたところ、シアが戻ってきた。
シアはすぐさま飲み物の準備に取りかかり、二人分のカップをテーブルの上を置いた。
丸いテーブルを囲むのは男二人だけで、シアはアイゼンの容態を確認していた。
「それで何があったんだよ。アイゼンにかけられているのは洗脳の類じゃねぇか」
「やっぱりそう? いかにもあやしそうな奴に会ってから、心ここにあらずって感じなんだよ。一応自我はあるみたいで、イエスかノーぐらいは判断できるみたい。あっ、暗いままでいいよ。暗い方が落ち着くんだ」
日が落ちかけて、灯りをともそうとしたシアに心菜が言った。
「――それで本題だけど、ボクと取引しない?」
「取引ぃ? おまえがこっちに出すもん次第って言ったら?」
「ボクからはこれね」
その質問を待ってましたと言いたげに心菜は資料館から盗んできた綴本『守護者は有りや』を提示すると、トールの目の色が変わった。
「そいつをどこで!?」
「やだなあ、これは対価だよ。取引をのんでくれなきゃ渡さなーい」
前のめりになったトールの手が届かないよう、心菜は身をひるがえした。
ひょいひょいと心菜がちょこまかと動くものだから、トールは諦めて椅子にどっぷり腰を落ち着けた。
「……いいだろう。それをくれんなら、たいていのことはしてやんよ」
「やったあ、ありがとう! キミにはね、アイゼンを引っ張りあげるのを手伝ってほしいんだ。トール、キミなら得意でしょ? 属性に縛られない魔法をね」
「…………」
「沈黙が肯定――じゃなくって、ボクが一方的にキミの真名を知ってるだけだから、心配しないでよ。キミはうまく隠せてる。――おっとボクのお口はおしゃべりさんだね。後半は気にしなくていいからね」
「情報屋だったら金を失うぞ」
「いいんだよ別に。ボク一人ならお金かからないし。ボクにはなんとなくこの先が見えているから、忠告も含めてかな」
藍色の空に赤い線が引かれていく。
まるで何かを探すように行先がわかれ、三人がいる宿屋の窓に入りかけていた一つを心菜は握りつぶした。その瞬間、赤属性の火が心菜の全身を包んで焼いたが、痛くも痒くもないと平然にウインクした。
「これはサービスだよ」
「……わかった。そこまでされちゃあ俺の名がすたる。準備はいらねぇ、いつでもいいぞ」
無事に取引が成立した。
うなされ始めたアイゼンに注意を払いつつ、準備に取り掛かった。
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