20真偽を問う
♪前回までのあらすじ♪
アイゼンとムインとオーロラ、そしているはずがない姉・ランゼンとの四人生活。
ランゼンのおかげでアイゼンは魔法への苦手意識克服の糸口を見つけられた。
――夢の終わりは近い。
「アイゼンちゃん、ランゼンちゃん、二人ともうちの子にならないかしら」
学び舎での目隠し訓練を重ねて、見えないことへの恐怖がだいぶ薄れてきた数日後。
オーロラから爆弾を落とされたのも曇天の日の夕食であった。
落とされた爆弾を拾うか否かアイゼンとランゼンは互いの顔を見合わせる。
やがて先にランゼンが好意的な返事をし、アイゼンに同意を求めてきた。
「…………」
珍しくアイゼンは考え込んだ。ランゼンに反射的に追従せずに、自分の意見を言おうと口を開いたが、まだ何を言うか決まっておらず、ゆっくり口を閉じた。
「二人が子供になってくれたら、四人で家族になれて嬉しいわ。ずっと家族が欲しかったの」
照れたようにオーロラは笑った。
ムインも否定せずにコーヒーが入ったカップに口をつけた。
ランゼンも故郷に親がいるというのに、この町で新たな家族の形を見い出そうとしていた。
そもそも別々に里を出たのに、この町でどうして一緒に暮らしているのだろう。
思い出そうとしたら頭痛がして、アイゼンは痛みのあまり眉間にしわを寄せながらも告げる。
「オーロラさん、もっとランゼンと話していい?」
「もちろんよアイゼンちゃん。急がないわ」
家族の話は一旦終わりにし、アイゼンとランゼンは二階の二人部屋に戻った。
雲が厚いせいか、夜になっても星は見えない。探そうとしても、もともとどこにどんな星が見えるのかも忘れてしまった。
「こころ――」
な、と呼ぼうとしてアイゼンは首を横に振った。
一体誰を呼ぼうとしたのだろう。気になることがあれば同室のランゼンに聞けばいいのに、わざわざ誰に問いかけたのか。
窓から外を眺めたまま呆然としていると、横から声をかけられる。
「アイゼン、どうしたんだい? オーロラさんからの提案も悪いものじゃないだろう」
「里を出たのに、この町にとどまるのはおかしいと思った。里も別々に出たのに、どうして一緒に暮らしてるの?」
一緒に暮らすならば、あのまま里でよかったとアイゼンが言外に匂わせると、ランゼンは笑い飛ばした。
「なんだ、そんなことか。わたしは里の教えに従えなくなって飛び出したんだ。きみはわたしを追いかけてきて、街を転々としながら最後にここで再会したんだ」
「違う! そんな理由なら攻撃したり火を放ったりする必要はなかった!」
あの日、ランゼンによる白色の閃光が剣となって降り注いだとき、アイゼンは身を縮こませて耐えた。赤い髪と瞳で赤属性を宿して生まれたきた者同士、わざわざ先天的主属性でない白属性を選んだところが決別に他ならなかった。
あの頃は耐えるしかできなかった。
けれども今のアイゼンはあのときのままではない。
「ランゼン、嘘をつくならもっといい嘘ついて。語り部の民は言語に秀でて、言ったことも聞いたことも一語一句記憶できる。『さよなら、アイゼン。もう出会うこともないだろう』って言ったのは誰!?」
「…………あはは、はははは!」
ランゼンは空を仰いで高笑いをした。
「痛いところ突かれちゃったなあ。こうして愛しの姉と再会できたのに、嬉しくないのかい?」
小首を傾げながらアルカイックスマイルを浮かべたランゼンは作り物だった。里で一緒にいたときと違って、生き生きとしたものを感じられない。率先して自ら動いていたというのに、ここにいる彼女は裏で糸を引く人形使いのようだ。
アイゼンはランゼンの全身をくまなく見つめ、心を奮い立たせる。
「会いたいのはあるがままのランゼンであって、偶像じゃないっ」
「はあ……夢から目覚めたいとは愚かな娘子よ。おとなしく、たゆたっていればいいものを」
ランゼンであった何かは霧散し、甘い夢は唐突に終わりを告げる。
先ほどまで二人部屋にいたはずなのに、壁や床がなくなり、前後不覚のままアイゼンは底なし沼に落とされた。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪
足元もわからない溺れるような感覚に、アイゼンは必死にもがいた。
溺れたのは小さい頃に湖に落ちたぐらいだ。あのときはランゼンが気付き、大人を呼んでくれてすぐに救助された。
今はもう水の中だから、助けは求められない。水面から鼻と口を出そうとしても、沈んでいくのでむなしい。
――抵抗をしても無駄だ。貴方は夢から目覚め、より苦しい選択肢を選ばれた。
水の中だというのに男の語りかけるような声がはっきり聞こえた。
もしかしたら直接頭の中に語りかけているのかもしれない。
――ええ、その通り。最愛の姉に会わせてあげたというのに、なんてもったいないことを。
(あれはランゼンじゃない。偽物に会っても全然嬉しくない)
――まあいいでしょう。貴方が生け贄になってくれるまでこの辛苦は続く。
現実ではないと頭でわかっているのに、呼吸が苦しくなっていく。
水の中で息をしたら死ぬという常識を手放せず、とらわれた魔法から抜け出せない。
(……いない)
背中にも腰にも頼れる相棒は紐づけられていない。
首が絞められるような感覚はソルの攻撃を受けて寝込んだ日に見た夢と同じだ。
そのときの夢には自分と同じくらいの年頃の少女がいた。橙色の髪をおさげにさせて、痛みをひた隠しにしながら歌い続けた彼女の姿を忘れられない。
そうだ歌おう。自分には詩が遺されている。
数えきれない詩の中から自身と周囲を鼓舞する詩を選ぶ。
剣をとれ、声を上げ、地を鳴らし、震え立たせよ。
恐れずに前へ進め。通った道に希望が宿る。
恐れたら足踏みしろ。仲間があなたにたどり着く。
詩をそらんじている間は呼吸が楽になる。息をしっかり吐けているからだろうか。己の世界に浸っているからだろうか。
男の声を遮って歌うため、己の声しか聞こえない。
歌いながら目をつむり、どんな世界が広がっているかまぶたの裏に描く。
ここは水の世界ではない。
強いて言うならばどこでもない場所。頭に響く声の持ち主と自分がこれから築く世界。
歌い終わりとともに目を開ければ、資料室で出会った黒いローブの人物が目の前に立っていた。
「どう言われようと、生け贄にはならない」
「馬鹿を言うな。息ができず、苦しいだろう。赤属性が水を怖がるのは恥ずかしくない」
「息はできる。声も出る。詩が世界を広げていく。審美眼は真を示す」
「何を言う。苦しい、助けてほしいと命乞いをしろ。生け贄になると一言でも発したら、その通りにしてやろう」
姿を現したせいか、声は目の前の男から発せられていた。
やりとりは平行線で根比べになりそうだ。
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