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八章 我が家への帰宅




「さっきは済まなかったな」


 ユアンの生家、フィクス邸へ向かう道中。ジョウンはそう言って額に手を当てた。

「まさか選りにも選って、あのタイミングで聖王様が来るとか……有り得ねえ」

 溜息。

「あの人、誰?美人だけどすっげー怖かった」

 思い出してぶるぶる。

「―――聖王ジプリール。政府館と聖族の長にして、大父神に仕える四天使の一人だ」

 代わりに説明した相棒はガッ!突如激しく地面を蹴り上げる。

「チッ!そうか、この時代にはまだ奴『も』いるんだったな……」

 抉れた場所を睨み付け、心底悔しげに囁く。

 聖王って言うと、小晶さんは聖王代理だっけ?二ヶ月以上会ってないけど、元気にしてるかな―――ん?そう言や、過去のあの人は何処にいるんだろう?居場所さえ分かっているなら、定期船に乗って会いに……あ、駄目だ。パスポートは数年毎に定期更新される。今持っているのじゃ到底使えない。

「ところで、さっきの泥と言うのは?」

「俺も詳しくは知らないが、ある日突然聖王様が持ち込んだ物らしい。一階の研究室に保管されているが、興味があるなら明日アンドレ邸へ行く前に見ていくか?」

「いや、結構。―――出来る事なら」

「ん?」

「今すぐ箱詰めして焼却処分するべきだ。あくまでも私の個人的な意見だがな」

 へ?お、おい!?危険物なのかよその土っころ!!?

「そうだな。俺も一回チラッと見たが、禍々しい魔力がプンプンしてた。実害が出てない内にこっそり捨てちまった方がいいかも知れん」

 同意に、何故か奴は肩を竦めた。 

「―――個人的な意見だと言っただろう?幾ら怪しかろうと、上司の命令を反古にしてどうする」

 ??あ!もしかしてこの先、そいつが元でとんでもない事件が起こるのか?しかし阻止したら未来が変わり拙い事態を、例えば小晶さんとこいつが出会わないとか、引き起こす可能性が生まれてしまって……ヤバ!俺も充分気を付けて行動しねえと、最悪存在抹消も有り得るぞ!!

 納得したかは分からないが、ジョウンは得心が行った風に微笑む。

「ま、それもそうだな。いよいよ危なくなったらエルが止めるだろ。下っ端の俺には関係無い」

 いっそ清々しい程の無責任発言に、思わず安堵の息が漏れる。逆に歴史改変を未然に防いだ息子は渋面を浮かべていた。

 秋の夕日が沈んでいくのを見つつ、大通りから雑木林へ入る。

「この奥に家があるの?」

「両親の遺産で無駄に大きい家さ。三人暮らしでもまだ全然広いから、二人共遠慮せず寛いでくれよ」

 しばらくして林道が開け、広がった光景に俺は目を丸くした。

 秋らしい色とりどりのコスモスやマリーゴールド、その他諸々が咲き誇る花畑の中に建つ一軒家。甘い香りがすると思ったら、庭の端にオレンジの花を沢山付けた金木犀が一本植わっていた。


 ガチャッ。「シェニー、アムリ!今帰ったぞー!」「お邪魔しまーす」「失礼する」


 リビングのソファには、フリルの可愛い白パジャマを着た二歳ぐらいの女の子。その腕には真っ白で赤い目のウサギのぬいぐるみが大事そうに抱かれていた。その長い耳をジョウンが引っ張る。


「ただいまアムリ!!」「おとーさん!!」ぎゅー、ちゅっちゅっ!ず、随分派手なスキンシップをする親子だな……。


 抱擁を終えた未来の女医は、不思議そうな目で俺達を見る。

「それ、おにーさんのぬいぐるみ?」俺を指差して尋ねる。

「いや、これでも一応ナマモノだ」

「ネイシェって言うんだ。こっちはユアン。宜しくな、アムリちゃん」

 肩からソファに降り立ち、前脚を差し出す。幼女は優しく握った後、好奇心全開で全身を撫で回してきた。

「わ、ふかふかであったかい!」

 ポンッ!放り出したウサギちゃんを父がキャッチし、今夜家に泊まるお客さんなんだ、そうべたべた触っちゃいけないよ、優しく注意した。

「うん……」

 名残惜しげに手を離し、戻って来たお友達を抱える。と、今度は大きな弟の方に興味を示した。

「何だ、餓鬼?ジロジロ見るな」

 子供相手には考えられない口の利き方だが、意外にもその態度が幼女の信頼を得たようだ。


「おじさん、おんぶ!」「は?」「おんぶしてー!」


 言うなりソファから飛び降り、ウサギちゃんごとズボンにしがみ付く。姉の強引な行動に、本気で焦り出すユアン。

「こ、こら止めろアムリ!?離れんかっ!!?」

「おんぶしてくれなきゃやだー!!」ばたばたばた!

「おい貴様、変な所を叩くんじゃない!!」

 尻を拳骨で手加減無く小突かれ、マジで青筋を浮かべる。

「くくっ。大分気に入られたみたいだな」ニヤニヤ。「もうすぐ晩飯だし、ちょっとの間遊んでやってくれよ。飽きっぽい子だから、きっとすぐ放してくれるって」

「チッ!……仕方ないな」

 背を向けて腰を屈め、乗れ、と命令する。わくわくしながらコートをよじ登る少女の両脚を抱え、すっくと身を起こした。

「おじさん、ざらざらしてるー」

 砂を吸ったコートに掌をゴシゴシ。

「止めんか。あと私はまだ三十前だ。せめてお兄さんと呼べ」「かみもざらざらー!」「止めろ!」

 両手で遠慮無く銀髪を弄られ、あられもない悲鳴を上げる。しかし実姉相手に手を上げる訳にもいかず、歯を食い縛ったまま耐えた。ケケッ、いい気味だ。


「あら、今日は随分騒がしいのね」「おかーさん!」


 エプロンで手を拭きつつ、二十八年分若返ったシェニーお母様登場。残念ながらこの時点では未亡人でないため、俺を引き付ける例の魅力は皆無だ。でも美人で笑顔も可愛いらしく、普通に好感度は高い。

(さっき産婦人科がどうとか言ってたけど、まだお腹は出てないな……)

 この目の前の偏屈者が産まれると知らされたら、気の良い御両親はきっと酷くショックを受けるに違いない。流産しても可哀相だし、言わぬが花、って奴だな。

「邪魔している」

「こんばんはシェニーさん」

 揃って挨拶すると、アムリの面倒を見てくれてありがとう、もう少しでローストチキンが完成するの、沢山食べて行ってね、そう言ってくれた。お!彼女の出て来た扉の向こうから、やけに良い匂いが……じゅるり。

「……それは楽しみだ。母さんの、いや」失言に口元を押さえる。「私の母も、事あるごとに半日掛かりで焼いてくれた」

「お母様に敵う味だといいんだけど。ほら、アムリ。お客様を困らせては駄目よ」

 流石は母親。後ろに回り込んでサッと赤子を抱え上げ、スタンバイしていた父親の背中へ。

「おとーさんはちくちくー」ごそごそ。「ついてたよー」小さな親指と人差し指で、服に刺さっていた数本の芝生を抓んでみせる。

「また勤務中にお昼寝?バレたら仕事虫さんに怒られるわよ」

「今日の分はもう済んだからだいじょーぶ。頼んでた部屋の準備は?―――さっすが我が奥様!じゃ着替えのついでに二人を案内してくるわ。上がっている間にリィ君が来たら、リビングで待っててもらってくれ」

「ええ、分かったわ」

 家主に案内され、俺達は階段で二階へ。昇ると左右に二つずつ、計四つの扉が見えた。右側手前を指差し、説明を始める。

「あそこが二人の部屋。向かいは将来アムリに使わせるつもりで、今は空いている。じゃ、荷物置いたら降りてこいよ。?どうした?」

 声を掛けられた瞬間、ドアを見つめたまま放心状態のユアンの肩がビクッ!となった。

「っ!?あ、ああ……分かった」

「おいおい、あの程度で歩き疲れたのか?」

「まさか……この部屋は、二人目の子供用に?」

「一応そのつもり」

「そうか―――では、一晩借りるぞ」

「どうぞどうぞ。さーてと」

 階段を挟んだ反対側へ向かうジョウンを見送り、相棒はドアを開けた。




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