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九章 合流




「へえ、綺麗に掃除してくれてるなぁ」「ああ」


 ユアンがデイバッグを書き物机に置く間に、俺は真新しいベッドシーツへダイブ!糊が少々利き過ぎてゴワゴワするが、鼻を擦り付けるとラベンダーのフレグランスが優しく香った。

 ガラッ。勝手知ったる様子で窓を開けた。それから姉の指摘に従い、クローゼットに置いてあったブラシでコートの砂を掃い始める。身嗜みは勿論だが、こいつはトレジャーハント用に誂えた特注品だ。仕立て直すとなると、かなりの時間と金が掛かってしまう。それに加え、使用して四年以上の立派な愛用品だ。そうそう手放せる物でもない(の割にほぼ同じ歳月を過ごした俺は一度捨てようとした訳だが)。

「ここ、未来のお前の部屋なんだろ?懐かしいか?」

「まあな」

 袖口に柔らかな馬毛を滑らせつつ、三メートル先に立つ楓の樹を見やる。

「昔はよくここからアムリとあそこに飛び移って、母さんに怒られたものだ。落ちたのも一度や二度ではない」

 ベッドサイドから下を覗くと、来た時も見たコスモスの花畑が広がっている。緩衝材は一応あるが危険には違いない。小さい頃から頑丈だったのか、こいつ。

「へー。天才も餓鬼の頃はやんちゃだったんだなー」

「ぬかせ。私は無理矢理やらされていただけだ」

 苦笑しつつブラシを戻し、コートを丁寧に椅子へ掛けた。窓を閉めて、バタッ。仰向けで俺の隣に倒れ込む。


「―――帰れるかな、俺達?」「当たり前だ。こんな所でくたばってたまるか」吐き捨てるように答える。


「姉ちゃん、今頃すっげー心配してるだろうな」

「女狐が来なかったのは不幸中の幸いだ。あいつまでいたらお守りが追い付かん」

「子供扱いかよ俺達!?」

 自慢じゃないが俺は結構役に立ってるぞ?姉ちゃんみたいに資料へジュースを零したり、発掘したオーパーツをうっかり燃えないゴミに出したりしないもんな。そう言うと、相棒は口の中で苦虫を潰したような表情を浮かべた。

「な、何だよ?一昨日だって労いの肩叩きしてやったじゃん」

「あの筋繊維ごとブッた切る連撃がか?宇宙中の按摩師、並びにマッサージ業界人へ謝罪した方がいい」

 確かに鉄板並みに硬かったので、つい姉に習ったばかりの空手チョップで解そうと奮闘したが。いやでも、鍛えてねえ赤狐の腕力なんて大したもんじゃないだろ?

「それに貴様、最近やけに昼飯の差し入れが多いな。それも同じ店のカツサンドばかり」

「ぎくっ!!」

 マジかよ。いつかのハンバーガーの件もあり、勘付かれる心配は万に一つも無いと高をくくっていたのに……。

「女狐に何と誤魔化しているかは知らんが、女遊びは程々にしろ。今度こそ全身の骨を折られるぞ」

「そいつは勘弁。くれぐれも秘密にしといてくれよ」

 図書館の帰り道でパンが美味いから、と言う尤もらしい理由で納得させているのだ。姉も時々朝食用のパンを買っているし、そうそう店員の清純系未亡人目当てだと気付かれはしないと思うが……ぶるぶる。

「え、えっとユアン・ヴィー様。偶には別のパンがお宜しいでしょうか?」

「別に。食えれば何でも構わん」

 そっけないお返事。本気で(俺の今後の人生も含めて)どーでもいい様子だ。……うん、今度からカレーパンも献上する事にしよう。


「―――来たようだ」「?」


 起き上がった相棒の頭に乗る。窓の外に広がる黄昏の中、リィが土産らしき紙袋を手にこちらへ歩いて来るのが見えた。連れの店主の姿は無い。どうやら一人のようだ。

「降りるぞ」「おう」




「ようリィ、仕事はもう終わったのか?」


 リビングに戻った俺は、幼女と和やかにじゃんけんをする骨董屋に声を掛けた。

「ああ。本当はもっと早く来るつもだったのだが、鑑定額で依頼人と多少揉めてしまってな。最終的に納得はしてもらえたのだが、つくづく人商売は難しい。じゃんけん」

「ぽん!わーい、またかった!」

「はは、強いな」

 快活に笑ってパーを引っ込め、頭を撫で撫で。その長身の隣にある土産は、包み紙に栗羊羹と書かれていた。

「へえ、意外と子供好きなんだリィ君」

 大皿一杯に乗ったローストチキンを運びながらジョウンが言う。オーブンから出したのに、まだジュージューと脂が焼ける音がする。たっぷり掛かった香草の匂いと相俟って、凄く美味そう!

「私にも同じぐらいの娘が一人いるんだ。生憎単身赴任で滅多に会いに行けないが」

「まあ、お子さんがいる年には見えないわ。うちのジョウンもだけどね」

 シーザーサラダと取り皿をトレーで運搬するお母様の発言に、鑑定師は照れ臭そうに頬を掻く。

「そうだ」

 料理をダイニングテーブルへ置いた政府員は、リビングの棚の上にあったテディベアへ手を伸ばした。中々上質な毛で作られた可愛らしい熊だ。今度俺も娘達にプレゼントしようかな?

 幼女はテディベアをチラッと見たが、すぐにウサギを抱え直した。完全に興味ナッシングのようだ。

「一歳の誕生日に買ったんだけど、僅か二日で飽きられてしまったんだ。貰ってくれると正直有り難い」

「高い物だろう、いいのか?」

「遊んでもらえないと、ぬいぐるみだって悲しいよ」

「そうか。なら」

 ふかふかの胴体を掴んで受け取る。

「ありがとう。大事にする」

「ところで連れの小父さんはどうしたんだい?来ていないようだけど」

「レストランで見てもらった通り、彼は今朝から熱と咳を出している。こちらには小さいお子さんもいるので、今は船で休んでもらっている所だ」

「おい、明日はアンドレ邸に行くんだぞ?大丈夫なのか?」

 ユアンが眉を顰めて問う。

「心配は要らない。仮令店主が寝込んでも、代わりに私が案内する。寧ろ、いない方が人手不足の説得力が増すだろう?」

 ほう。会った時から只者ではないと思ったけど、中々頭の回る男だ。これは頼もしい限り。

「それもそっか。―――で、俺達は事前知識を仕込んでおかなくて大丈夫なの?」ジョウンが尋ねる。「せめてボロが出ない程度にはお勉強がいるんじゃない?」

「ああ、成程。覚えてくれれば私も助かるが、残念ながら送られてきた資料は船に置いてきてしまった」

「口頭でいい」

「そうか」ジャケットの懐から革手帳を取り出し、「では食後に少し時間を貰おう。二人もそれで構わないか?」

「勿論」「OK」「いいよー!」「駄目よアムリ。大事な仕事のお話なんだから」

 つられて手を上げた娘を嗜め、支度が整いました、皆さん席に着いて下さい、フィクス夫人はニコニコと告げた。




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