十章 夜道の密談
夕食後。唯一の懸念材料だった幼女がおねむのため寝室に直行し、俺達は安心してリィの骨董講座に耳を傾けた(満腹で始終うとうとしていたが、俺の分までユアンが真面目くさって聞いていたので問題無い)。
相棒の後にシャワーを浴び、階段を昇る。用意された客室へ戻ろうとすると、丁度部屋の前で母と息子が立ち話をしていた。
「何話してるの、お二人さん?」
「ああ、ネイシェさん。いえ、ちょっとジョウンの事をね」
呟き、二児の母親は溜息を吐く。
「去年の今頃は大分落ち込んでいたから心配で。だからユアンさんに、あの人の昼間の様子を訊いていた所なの」
「別に普通だったぞ。ヘラヘラとアホ面を晒して」
「そう……ならいいの。でも、もしかしたら」
「何?」
パジャマの胸元に手を当てはにかむ。
「ユアンさん達が、あの人の気を紛らわせてくれているのかも。ありがとうございます」
「は?あ、ああ……礼を言われる覚えは無いが、どういたしまして、か?この場合」濡れた頭を掻いて困惑を示す。「しかし、あのちゃらんぽらんでも凹むなどと言う事があるんだな。意外だ」
「ふふ、そうね。あ、もうこんな時間!明日は皆さんでお出掛けするんでしょう?そろそろ休んで下さいな」
「そうだな。お休み、シェニーさん」
「では、失礼する」
彼女と別れ、俺達は自室へ戻った。
「ひゃっほー!!」
予め床に敷いたバスタオルへダイブし、ゴロゴロゴロ!毛の奥に残った水滴を残らず吸収させる。
「そろそろ十時だな。ちょっと早いけど、お母さんの言う通り明日に備えてもう寝ようぜ」
ベッドに腰掛けてガシガシッ、禿げ上がらんばかりの力で髪を拭く相棒に提案する。
「………」
「どうした?まさか、こんな時のために遺跡の資料を持って来てるとか言わねえだろうな?」
「幾ら私でもそこまで準備万端ではない」
「なら―――あ、もしかして昼間会ったマダムか?」
沈黙。
「確かに来てもいいとは言ってたけど、もう時間が遅―――お、おい何やってんだ!?」
寝巻きにコートを羽織った奴は窓を開け、木枠に爪先を掛けた。
「貴様はもう休んでいろ。窓は鍵を掛けるなよ?日が変わらない内には戻って来る」
「ちょ!せめて玄関から出て」
「はっ!」タンッ!ガサガサガサッ!!
勝手知ったる様子で華麗に楓へ飛び移り、するする幹を伝って着地。そのまま市街地へ駆けていく。
「こら!せめて俺を連れて行け!!」
慌てて後を追おうと窓枠に乗るも、暗い上に枝まではかなりの距離がある。森育ちの獣族でも脚が竦むのに、あのムッツリときたらいともあっさりやりやがって!
深呼吸、深呼吸―――よし、行くぞ!
「と」「二人共寝たかー?」バタン。
左前脚が外へはみ出た状態のまま、ノックも無く突然扉を開いたジョウンを見やる。偶然か?タイミング悪過ぎるだろ。
政府員はわざとらしく部屋を眺め、最後に俺のいる窓辺を見やる。
「そんな所で何してんだネイシェ?背筋のトレーニングか?」
答えないでいると、お父さんはやれやれと首を振った。
「うちの玄関は一階だぞ。出掛けるならちゃんと回って行ってくれないと困るなあ」
「ごめ、いや!先に出て行ったのはユアンで、俺はあくまであいつを追跡しようと」
「知ってる。どうせ行き先は昼間のホテルだろ?んじゃ行くか」
「!?わっ!!」
首根っこを掴まれ、強制的に肩の上へ。そのまま部屋を出て階段を降りる。明かりの消えたリビングを通り玄関へ。外から出入口に鍵を掛け、夜の街へ繰り出した。勿論とっくに相方の姿は無い。
上機嫌に鼻歌を歌う横顔をこっそり窺う。そこには先程、彼の妻が漏らした不安の元は微塵も感じられない。
(一体どう言うつもりなんだ、この男……?)
良く良く考えてみれば変だ。公園で拾った正体不明の人間を、照会もせず自宅に招き入れるなんて。凡そマトモな神経ではない。まして相手は成人男性、普通ならそのまま放っておくだろう。敢えて面倒を抱え込むメリットなど、
「ユアンってさ」「は、はいっ!!?」
ゲラゲラ。「そこまで驚く事無いだろ。もしかして何か考え中だったか?」
「ま、まあそんな所。で、何?」
高鳴る心臓を押さえつつ尋ねる。
「―――あいつ、彼女とかいるの?」「へ?」
唐突な質問に、一瞬頭が真っ白になった。間抜けに口を開けた俺をニコニコ眺めつつ、ジョウンは言葉を続ける。
「俺には負けるけど結構美形だから、女の子にもよくキャーキャー言われるんじゃないか?」
おい。もしかしてこれ、皮肉か?良いのは顔オンリーだって、半日も一緒にいりゃ嫌でも察するだろうに。
「まさか」
「だろうな」
しかもあっさり肯定しやがった。何故訊いたし。
「性格最悪な上に激ニブだろ。童貞でなかったら、それこそ冗談はおよしのよしこさんだぜ」
言い切ってぐりぐり俺の頭を撫でる。
「ネイシェは大分遊んでそうだけどな。ひょっとして子供も何人かいたり?」
「想像にお任せするよ。でもあいつ、一応片想いの人はいるんだぜ。男だけど」
「へえ」
「つっても、そんじょそこらの女の子よりよっぽど可愛い子。自分だって仕事が忙しいのに、ちょくちょく電話してきてくれて健気なんだ」
元仲間を心配した上での行動だが、それを差し引いても小晶さんは凄く優しい。ユアンも苛立ったフリしつつ、内心メッチャ喜んでるしな。
「告らないのか?」
「無理無理。目の前に立たれただけでガチガチに緊張しちゃってさ。俺達には率直に厭味を言うのによ」
やっぱり負い目があるんだろうな、例の時計塔の件で……。何時か、その事をあいつが話してくれる日は訪れるのだろうか?
未来よりも大分人気のまばらな街路を抜け、昼間通ったシャバム郊外の一角へ。
「そう言えば、ジョウンって普段はどんな仕事しているんだ?やっぱ危険な任務ばっか?」
「いや。そいつはアムリが生まれる少し前にキッパリ止めた。今は……街の巡回、かな。報告書を上げるついでにエルへ魔術のアドバイスをする事もあるが、基本的には定時上がりだ」
「相談役って奴?凄く楽そう」
「まあ神童なんて呼ばれて、子供の時から散々危ない橋を渡らされてきたからな。本当なら退職金をたんまり貰って辞めても良かったんだが、調べてみたら子育てってどえらい金掛かるんだよー」
「あ、分かる!病院代におむつにミルク、服はほんの数ヶ月で総入れ替えだし。いや、まだアムリちゃんはいいぜ。俺の子供なんて三人中二人が反抗期真っ只中でさ、会いに行ってもずーっと不機嫌。下手に触ろうとすると殴るわ蹴るわ。ユアンで慣れてなきゃとっくにショックで寝込んでるよ」
「はは。拒絶するって事は父親だと認めているんだよ。ちゃんと接してやればその内治るさ」
「ああ、分かってる」
言われるまでもない。本気で嫌っていないのは明らかだし、帰った後で母親に泣いて謝っているのも知っている。何より両方共心の優しい子なのは、俺が二番目に良く分かっていた。
「じゃあ、明日みたいなヤバい仕事はもう滅多に無し?例えば―――不死族絡み、とか」「!?」
彼は一瞬怪訝そうな表情を浮かべた後、ゆっくり首を横に振った。
「そっか。ゴメン、変な事訊いて」
「いや、突然で吃驚しだだけだ。不死族、第七……或いは“死肉喰らい”、か」
「特に深い意図は無いんだぞ。ホントにフッと思い付いただけで」
「分かってるって。じゃあ、今度は俺から質問」
両手を頭に掛け、ニッコリ。
「―――ユアンの父親ってさ、もしかして『そう言う奴』に殺された訳?」
束の間、頭がホワイトアウトした。
「その様子だとYESか」
「い、いや、それは……」
お、おい……ユアン。手前の親父、本気で何者だ?だって今の質問、どう考えても、
「おっとネイシェ」
現役政府員は人差し指を唇の前に当て、もう片手でまだ明かりの点いた目的地を示した。
「今の話、ユアンには内緒だぞ。折角懐きかけてるのに、まーた離れようとしかねないからな」
「あ、ああ」ガクガク。「言わない、絶対に言わない」
「宜しい。んじゃ、そろそろ迎えに行くぞ」
そう囁き、お父さんは抜き足差し足でホテルの裏側へ回り込み始めた。




