六章 謎の赤い貴婦人
「おいおい、何処行く気だユアン?」
「黙れ!あと付いて来るな!!」
別の依頼主の所へ行ったリィと一旦別れ、食堂を出た直後。予想通りパートナーは猛烈なる反抗期を起こし、俺を肩に乗せたままとっとと郊外へ歩き始めた。
「正面から行った所で門前払い喰らうだけだぞ?リィ君もああ言ってくれたし、明日皆で一緒に行こうよ」
「そんな時間は無い!」
「ユアン、ここは親父さんの言う通りにしといた方が」
小声で諭すも、予想通り頑固者は全く耳を貸さない。すると突然、背後の足音が消えた。
サッ。「ストップ」「っ!?」
どうやって回り込んだ!?いきなり俺達の前に現れたジョウンは、朝顔の描かれた扇子を広げて行く手を遮った。苛立つ相棒に睨み付けられても、飄々とした表情を全く崩さない。
「分かった分かった。なら一つ賭けをしようじゃないか」
「賭けだと?」
「俺が勝ったら、時計を見つけるまで子犬のように大人しく付いて来る。で、お前の勝ちなら望み通りここでお別れだ。邪魔はしないから、思う存分不法侵入で暴れてくるといい」
「フン、貴様にしては魅力的な提案だな」こら!実の父親に何て口をほざきやがる!「乗った。で、勝負は何だ?殴り合いなら手加減しないぞ」
「おい!俺はこう見えて頭脳派の魔術師だ。腕力で戦うつもりは更々無いぞ!?」
拳を握り締めるのを見、両手をパタパタ交差させる。
「私の方は別に魔術を使っても一向に構わんぞ?要は術が発動する前に決着を付ければいい、それだけの話だ」
「いやいや、暴力反対!」
半歩退き、ガチで慌てふためくジョウン。一方見せつけるように腕を振りながら、無表情に息子は言い放った。
「流石は昼行灯、聞きしに勝る腰抜け振りだな。戦わないなら、自動的に私の不戦勝だ」
「ネイシェ、ユアンはいつもこうなのかい?―――いつもはもっと酷い?OH、NO!」
お父さん、若干この状況を楽しみ始めてないか?あ、ヤバ。相棒がボチボチキレそうだ。
「おい、賭けの内容は?」
「あ、しまった!勢いで思い付いたはいいけど、肝心の中身を全然決めてない。ネイシェ、任せた!」
「え!?」
「ほら、パートナーが決めるならこいつも納得出来るだろ?一つ頼むわ」
横目でこっそり様子を窺うと、飛ばされた殺人視線とモロにかち合った。ぐあっ!
「え、えっとじゃあ、僭越ながら私めから御提案を……」
赤毛の下は噴き出した冷や汗で、既にグッショリ濡れていた。拙い。このままだと直接手段の前に脱水で殺される。ええと、なるべく公平な賭けになって、すぐに結果が分かりそうな物―――お。
「ジョウン。あそこは何だ?」
林道の先、家にしては広くて綺麗な白亜の二階建てを指差す。入口には黒い燕尾服を着た執事が直立不動中。時折左右を見回している事から、どうやら人を待っているようだ。
「シャバムセントラルホテル。最高級エステとリラクゼーションを目的とした宿泊施設だよ。女性客は勿論、男性客にも至れり尽くせりと大好評。とにかくサービス満点で、一日一組しか客を取らないって話だ」
エステねえ。マッサージしてくれるのが熟練の腕の未亡人なら行ってみたいけど、きっと一泊で鳳凰亭の宿代数ヵ月分なんだろうなあ。
「ふーん。じゃあさ、今日の客が男か女かなんてどう?悪くな」
「女だ」即答。「幾ら礼儀正しく清潔とは言え、野郎に出迎えられて嬉しがる男はいない」
言うなりユアンは樹の陰に凭れ掛かり、実証のため入口を観察し始める。
「じゃあ俺は男だな。因みにここ、男女問わず大体あの支配人さんがウェルカムしてるぞ」
「ハッ!良く手元を見てみろ昼行灯。男に花を渡すか普通?」
「本当だ」
奴の言う通り、執事は左手に白い薔薇を一輪所持していた。お、これはいきなりお父さんに不利な証拠だな。
するとジョウンは顎へ手をやり、へー凄い観察眼してるなユアン、素直に感心し始めた。おい!
「じゃあ胸ポケットにハンカチと一緒に入った、あの洒落たライターはどう説明する?こう言う所に来る女性が喫煙者ってのはまず無いと思うが」
「大方部屋に用意したキャンドルにでも点けるんだろう。でなければ支配人自身が煙草を吸うか。何れにしろ決め手にはならん」
冷静な反論に目を細め、政府員は微笑ましげに奴の顔を見つめた。ん?まさか……いや、幾ら何でも気付く訳無いよな。
カツ、カツ、カツ……さっき来たばかりの道から、硬質な靴音が聞こえてくる。
「早いお着きの先方で助かるな。おいジョウン、そこに突っ立っていると邪魔になるぞ」
「ああ」
息子の隣の樹に寄り掛かり、足音の方へ視線を動かす。
「おお、えらい美人さん。でも……ん?あれ、もしかして……」
「私の読み通りだろう?素直に負けを認めて去れ」
会心の笑みで言い放ちつつ、一応確認のため背中を幹から離し、来訪者へ目をやった。
「やれやれ、とんだ時間の浪費だ――――っ!?な……!!?」
凝視したまま硬直する相棒。その目の前を、ベージュ色のドレスを纏った貴婦人が颯爽と通り過ぎる。到着に気付いた執事が一歩前に出る。
「失礼。御予約頂いたマクウェル様でいらっしゃいますか?―――お待ちしておりました。ようこそ当ホテルへ」
最敬礼。
「あら。わざわざお出迎えなんて、噂に違わぬサービスね」
深紅のルージュを引いた唇が開き、素直に喜びを表す。
「長旅でお疲れでしょう。すぐにお部屋へ御案内致します」
手荷物の革トランクを受け取り、こちらもどうぞ。流れるような動作で、ウェーブした赤い長髪の生え際へ薔薇を挿し入れた。柔らかな花弁から移った指の匂いを嗅ぎ、貴婦人は又も微笑む。
「まあ、良い香り!」
「アーユルヴェーダの施術前に、これと同じ今朝摘みの薔薇風呂を御用意しております」
「それは素敵ね。今から入るのが楽しみだわ」
「喜んで頂けて光栄です。御期待に添えるといいのですが」
自信満々に謙遜のポーズを取り、彼は片手を差し出して本日のゲストを建物内へ導いた。
「待て、魔女!!!」突然の激昂に、一瞬奴の肩から全身が浮き上がる。
わなわなと拳を震わせ、自分を射抜かんばかりに見つめる男に対し、貴婦人は何故か頬を綻ばせた。
「あら、格好良いお兄さん。ええそうよ、私は怖い魔女なの。ふふふ……」
少し待っててもらえる?支配人にそう頼み、彼女は真っ赤なハイヒールを鳴らして俺達に近付いてきた。
「―――一人、なのか?」
「?どう言う意味?」
首を傾げる彼女に、いや、別に何でも、焦って顔を背ける。
「気になる人ね。何か言いたいなら最後までハッキリ口にして。でないと」身を乗り出し、超至近距離で美女は唇を窄める。「その乾燥気味のリップにキスしちゃうから」
「冗談をほざくな!貴様には息子とあいつが」
「!!!?」
それまで余裕たっぷりだった表情に、隠し切れない驚愕が走る。後ずさって十数秒後、彼女は艶然とした笑みを向けた。
「あなた―――一体何者?面白い人ね」
これまた真っ赤なマニキュアを塗った人差し指で、余計な肉の付いていない顎をそっと引っ掻く。
「どうして『あの子』の事を知っているの?」
「説明した所で、どうせ今の貴様では理解出来ん」
「舐められた物ね。自分で言うのも何だけど、私は馬鹿じゃないわ」
「知っている」
「ならどうして!?」
ムキになった貴婦人を尻目に、相棒は黙って政府員を振り返る。
「―――ジョウン。賭けは私の勝ちだが、貴様の提案に乗ってやる。何処へなりとも好きに連れ回すといい」
「納得してもらえて嬉しいぞ。案内人より遥かに高圧的なのがちょっち気にはなるけど」
ぽんぽん。肩を叩き、親愛の情を示す。
「貴様がなよなよし過ぎているだけだ。―――邪魔をして悪かったな、魔女。行け。支配人が待っているぞ」
困惑と若干の怒りを表す彼女に、堪らず俺はフォローを入れた。
「済みませんマダム・マクウェル。こいつ、この年になっても口の利き方が全然なってなくて」
弁解しつつ耳を前脚で掻く。さっきから妙にむずむずする。俺自慢の未亡人センサーが原因不明のエラーを出し続けているせいだ。
「別に怒ってなんていないわ、可愛らしい赤狐さん。ただ彼に興味があるだけよ」
米神に指を当てて数秒後。ミセスはくるっ、ホテルの方へ振り返った。
「―――私は明日、昼二時の定期船で帰るわ。気が向いたら遊びに来なさい、色男さん」「………」
だんまりに肩を竦め、直立不動のオーナーの元へ戻る。
「待たせてごめんなさいね。あ、そうだ。お風呂の前にドリンクを一杯頂ける?定期船の中でコーヒーしか飲まなかったから、もうカラカラなの」
「はい、勿論。お部屋に当ホテル自慢のトロピカルフレッシュジュースを御用意しております。施術前には効果を高める薬湯も召し上がって頂きますが、まずは存分に咽喉の渇きを潤して下さい」
「口コミで聞いた美容ジュースね。楽しみだわ」
歓談しつつ二人がホテルへ入り、扉の内側で客を待っていたメイドが閉めた。バタン。




