四章 暗殺と予知
「美味いだろ、ここの豚の生姜焼き」
とうに亡くなった父親に話し掛けられたが、奴は疑惑の目を向けただけで返事せず。仕方ないので代わりに俺が答えた。
「ああ、とっても」もぐもぐ。「連れて来てくれてありがと、ジョウン」
卓上で箸を使い、ジューシーな肉片と白米を交互に口へ放り込みながら礼を言う。それから相棒に、親父さんにそう敵意剥き出しにすんなよ、アイコンタクトを送る。
「喜んでもらえて光栄だ。二人は付き合い長いのか?」添えられたキャベツの千切りを掻き込みながら訊く。「随分仲良しみたいだけど」
「分かる?コンビ組んで四年、相性バッチリのベストパートナーなんだぜ俺達」
「おい」
「ほー。俺なんて基本ずっとぼっちだからさ、そうやって話相手がいるだけでも羨ましいなあ」
「そう言えば今日は仕事?昼休みなら俺達に構わず、そろそろオフィスに戻った方がいいんじゃない?」
「あー……うん」がっくし。「いや、ちゃんと午後は出勤するさ……あー、取り敢えずエルの所行くか。潜入前にアンドレ邸の事を二、三報告しとかんと」
まさかのサボりだった。本気かよ、この四面四角の息子にして?
「アンドレ―――郊外に住んでいた、富豪のか?」
ようやくまともな反応を返した息子へ、父は揉み手で話し始める。
「生憎まだ存命在住だよ。全く、あれだけ評判悪い金貸しは最早絶滅危惧種だぞ?何処で訊き込んでも恨みつらみのオンパレード。死ねばいいのに、呪われろ糞親父、あんたも政府員なら早くあの蛆虫に十三階段を登らせろ、そんなのばっか。公僕の分際で言っちゃなんだが、本気で何時誰に殺されてもおかしくないぞありゃ」
「その口振りだと貴様、まるで奴がくたばるのを予期しているようだな」お前もな。「何か根拠でもあるのか?」
「予知だよ」「は?」「へ?」
素の声が出た俺達に対し、甘辛いタレの付いた箸先を向ける。
「『数日以内に奴の額に風穴が開く』息抜きに酒場へ行った奴のお抱えパティシエへ、そう預言しやがった大馬鹿者がいたんだ。で、店だから当然他にも人がいた。噂は一夜にして政府館まで届き、運悪く俺にお鉢が回ってきたって訳」
「ハッ、大変だな公僕は。そんなデマでも律儀に調べねばならんとは」
「ああ、それはダイジョーブ」
ニヤッとし、わざとらしく声を潜める。
「―――奴が死ぬのは確定的だ。だから俺の仕事は暗殺者の逮捕だけ。大体、護衛なら屋敷中にガードマンとドーベルマンがわんさといるしな。それに向こうだってホイホイ入れたりしないさ、脛は傷だらけだし」
「何故死ぬと言い切れる?」
「その無類の甘い物好きが『特別な能力者』だからさ。俄かに信じられんとは思うが、とにかくそこだけは動かない事実だ」
ダンッ!!叩き割らんばかりに強くテーブルを打つ相棒。
「奴か……成程。それなら致死率は百パーセントだ」
柳眉を逆立て、今にも誰彼構わず噛み付きそうな表情でそう吐き捨てた。何だ、この何時に無い怒気は?いや、むしろこいつは―――殺気、か?
「知っているなら話は早い。そんなこんなで何時起こるか分からん犯行の瞬間まで、ふてぶてしさ満点の被害者を見張らにゃならん。けど個人的には明日が怪しいと思ってさ、今日はこうして英気を養ってるって訳」
「明日と思う根拠は?」
おや、意外と興味があるらしい。亡き父の仕事だからか?
「奴さんは普段メイドとパティシエ以外屋敷へ絶対入れないんだが、豪邸だとメンテナンスが大変だろ?で、一週間に一度、業者やら客を招き入れる日を決めているんだ。それに、明日は雲一つ無い晴天。悪人を成敗するにはうってつけの好日和だしな」
「そんな大勢の人間が出入りするんじゃ、却ってやりにくい気がするけど?」
俺の疑問に、それがそうでもないんだな、ジョウンはちちちと人差し指を左右に振った。
「半ば隠居した男を訪ねる人間なんてそうそういない。現にパティシエから聞いた話じゃ、客はいっつも多くて二人だとさ。子供が病気なんですー、手術のためにお金を貸して下さいー、とか言って部屋にさえ入っちまえば向こうの勝ちさ」えらく堂に入った棒読みだなあんた!
「ボディチェックは無いのか?」顎に手を当てて相棒が尋ねる。「死因から推測するに相手は銃器、又はそれに類する凶器を持っている筈だ」
「勿論、入口でガードマンが靴の裏まで調べるらしい。恨まれてる自覚はあるからな。二人掛かりでたっぷり三分は費やすそうだ」
だとすると持ち込みは難しそうだな。
「狙撃の可能性は?」
「屋敷の窓は全面防弾硝子だ。その上、二階の主人の部屋の前には大きな楓が植わっている。俺も散々敷地の樹に登って調べてみたが、狙うのはかなり難しいな」
大の男が木登りに勤しむ情景を想像し、思わず頬が綻んだ。にしても、血が繋がってるのかと思うぐらい見事に正反対だな、この親子。
タイムスリップに関しては、残念だが現時点では認めざるを得ない状況だ。見覚えはあるが所々異なるシャバムの街は、ユアンの言によれば自身の子供の時とほぼ同じらしい。念のため食堂の新聞と書籍も(店主に睨まれ、きっちり十倍返しで震え上がらせてから)残らず検めたが、矢張り六百七十七年以降発行の物は一つも無かった。
「ならどうするつもりだ?今の話を聞く限り、お前も侵入しない限り現行犯逮捕は出来んようだが」
「その通り。ユアンは頭の回転が速くて助かるな。随分若いみたいだけど、学校出てからずっと宝探し屋を?」
「初対面の貴様には関係無い」
眉を顰め拒絶した息子と、怒らない怒らない、ひょうきんに両手を広げる父親。その横顔はとても良く似ていた。




