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三十二章 回収者達




 ドオオォォォーーーン!!!


 青空に走る一筋の雷。打ち据えられたダイヤの時計は、電力を取り込んで一瞬強力な光を帯びる。その余波が周囲へ拡散し、丁度俺達のいる庭をすっぽり覆ってドーム状になった。

「ほー、バリアか。って事は、外へ出るのは得策じゃないな」

 樹上で事の趨勢を観察していた俺は、そう一人呟く。

 地面からの通電が直撃し、死闘の真っ最中だったコンビは引っ繰り返って見事に気絶していた。仲良くお天道様に腹を見せて、ぷくく。上から見てると蛙みてえ。

 発光の治まった置時計に視線を戻すと、何時の間にか傍には黒ずくめの二人組が立っていた。背丈からするに、どちらも十代。性別は分からないが、片方は身体の所々に不自然な隆起があり、やや大きかった。


「やっと見つけたぞ、TT-二〇七九。アンリ」

「はい」


 少年の声に応え、小柄な方が時計の文字盤に触れる。ローブから出たその指は淡く緑色に光り、しかも半分透けていた。

「システムチェック開始――――完了、エラー九百十三個確認。バッテリーも二十パーセントまで劣化してる」

「本気で?システムがバグったのは確かだが、TT本体にんな無茶なプログラムは組まれてないぞ。まさか……この宇宙の奴に使われた後か?」

「そうみたい。詳しくはレコードを解析してみないと分からないけど。ところでこの人達」少女が倒れた二人に目をやる。「もしかして、ワープ砲の余波に当たったのかな?」

「みてえだな。ま、しばらくすりゃ起きるさ。出力は最低限だったし」

 軽く言った後、けど参ったな、少年は唸る。

「もし使用者がいるなら、そいつも捜し出して回収しねえと。処置が遅れたら、時間エネルギーの汚染でボロボロになっちまう」

「その必要は無いぞ」

「「!!?」」

 枝から地上に降り立った俺に対し、少年は全身で警戒を顕わにした。腕を伸ばし、怯える相方を庇う。

「ああいや、俺は怪しい者じゃない。この街の治安を守る―――そう、しまっちゃうおじさんだ、不思議な若人達よ」

「『そう』って言ってる時点で違うじゃねえか」

 危険は無いと判断したのか、腕を下ろす。

「別に嘘付かなくても何もしねえ。俺達はこのポンコツと、こいつを無断借用した奴を回収しに来ただけだ。心当たりがあるなら教えてくれ」

「ああ。この」瓦礫を指差す。「元屋敷の主が君等の機械を劣化させた犯人。でもさっき時計が死体からエネルギーを取り返していたんで、多分問題無いだろう」

「何だ……なら一安心だね、アシェル君」

 そうだな、少年が頷く。

「じゃあとっととこいつ抱えて戻るか」

「あ、ちょっと待った。そいつ等なんだけどさ」

 間抜け面を晒した二人組を指差す。

「俺の息子とその親友なんだが、どうやら時計の力で未来から飛ばされたらしいんだ。何とか戻してやってくれないか?―――出来たら、この時代の記憶を消してくれると有り難いんだけど」

 このまま現代に帰還したが最後、どちらかが生き残るまで殺し合うか、一生喧嘩別れになるのがオチだ。

「あなたの子供さん?えっと、因みにこの時代では既に誕生してますか?だとすると多少ややこしい手順が必要に」

「あ、それはだいじょーぶ。まだ妊娠四ヶ月だから。ネイシェも多分生まれてない」

「それなら接触には当たらないな。じゃあログで元来た座標を確認するか。ちょっと待ってな」

 時計の正面で屈み込み、光る空洞に躊躇い無く手首から先を突っ込む少年。見えた手は機械百パーセントで、引っ張られた袖からコードらしき物が二本覗いていた。

「初対面で言うのも何だけど、あんたとは他人って気がしないな。何でだと思う、アンリ?」

「うーん……アシェル君が怠惰の悪魔だから?」

「へー、それなら納得。俺も怠けるの大好き。一日中ゴロゴロ寝てたい!」

 本心からの欲求に、真面目に仕事しろよオッサン、今に首チョン切られるぞ?悪魔のくせに至極真っ当な返答をしやがった。

「ふふ、アシェル君が動かないのは電力不足の時ぐらいよね」

「ふぅん。でも悪魔君、傍目には普通だね」

 偶に宇宙に出現する、同名を冠した黒い化物とは全く異なる形状だ。

「今は人界用に一応変装しているんです。脱いだら結構凄くて」

「SAN値が下がるぐらい?」

「あんたを不定の狂気に落とすのは、さぞや至難の業だろうな」

 そんなお喋りをしつつ指をピクピク。この宇宙の技術力を遥かに越えた装置は、異界の技師の操作(?)にこれまでと異なる反応を返す。


「ピピ―――マスター・アシェル、認識完了シマシタ。管理者モードニ移行シマス」

「転移ログ展開」


 次の瞬間、時計の真上に蒼い巨大スクリーンが現れた。機械には滅法疎いが、見た目はパソコンのモニターに似ている気がする。

 画面を高速スクロールしていく数字の羅列を見上げた悪魔の横顔は、思った通り幼い。精々十五、六歳か。まあ、実際は見た目より遥かに年を取っているだろうが。

「この周りの壁はさ、やっぱ外と空間を切り離すため?」

 同じく暇そうな少女に尋ねる。

「はい。バリアの外は現在、時間が完全に停止した状態になっています」

「成程、だからあんな凄い音がしたのに誰も来ないのか。因みに君達がこの置時計の開発を?」

「ええ。過去に戻ってデ、友達の恋人を助けようと思って二人でコツコツ作成したんです。でも想定通り時空転移は相当難しいみたい。バグを解析している間にも勝手に飛んでいっちゃうし、もう!」

「アンリ、部外者に愚痴るなよ。―――やっぱ技術的に無理だな。ここまで試作を重ねてきたが、プログラム以外の不確定要素が多過ぎる。帰ったら即効でバラすぞ」

「はい。はぁ、折角フィズちゃんが喜んでくれると思ったのになあ」

 落胆し、細い肩を落とす。

「しゃーねーよ。となると後は、お母さんの品種改良した喋る薔薇頼りだな。上手く命令を聞くようになるといいが」

 流石は異界人、発言内容が根本的に違う。―――待てよ。

「あのさ。君等は平行世界の存在を立証しているのか?」

「え?」

「この宇宙じゃSFって言うんだろ?サイエンス・フィクション。確かめられてねえから」

「何の話?」

「ほら、ヴィヴィが一時期ハマってたアレだよ。結局収拾付かなくなって放り投げた」

「ああ」

 ぽん。半透明な手を叩く。

「へえ、じゃあ既に方法も確立している訳だ。因みにこう例えば、決まっている風な運命を変えるにはどうしたらいい?」

「おい、頭にお花畑咲いてるんじゃねえのかオッサン?若しくは人生悲観し過ぎだぞ」

 突っ込みつつ、記憶を探るように重たげな頭を振る。

「―――あ、そうだ。確か、時空移動を経た物を持っていると確率上がるとか言ってたな」

「ほー」

 それは良い事を聞いた。しかし直後にパートナーが返答する。

「でもそれ、たった五百四十二分の一ででしょう?余りこの人の参考になるとは思えないけど」

「それもそうだな―――よし、見つけた。本当に消していいんだな?」

 スクリーンの一点を見つめ、少年が再度確認する。

「ああ、頼むよ」

「んじゃアンリ、着地点の設定頼む」

「うん」

 変身が解け、本体に戻った赤狐の傍に寄る少年。耳の後ろを三本指で握り、ピッ。「はい、終了。こっちも」ピッ。

「おいおい、ちゃんと昨日今日だけ消えているの?えらく一瞬だったけど」

 日常生活に支障出るレベルの記憶喪失は(端から見れば面白いだろうが)困る。

「大丈夫だって。多少残ってても思い出せないようにプロテクト掛けたし。おっと、準備が出来たみたいだ」


「―――設定完了。転送開始シマス」

 

 時計が放射する一層強力な光が、芝生にこの宇宙とは明らかに異なる因果の陣を描き出す。

「巻き込まれないように離れてろ、オッサン。あと、悪かったな」

「いや、とても貴重な経験をさせてもらったよ。こっちこそありがと」

 おどけながら礼を言うと、怠惰の悪魔はフードの下で唇をへの字に曲げた。

「……変わった奴。行くぞ、アンリ」

「はい。ではお元気で、しまっちゃうおじさんさん」

 一礼した拍子にフードがずれ、頭頂部に生えた二本の角が覗く。そしてメッチャ清楚系可愛い子ちゃんの御尊顔が!

「きゃっ!?」

「何やってんだよ」

 相方に因ってフードを被り直された直後の出立は、正に一瞬だった。


 バシュンッ!!!

 

 耳を劈く爆音。光速を越えた高エネルギー体が青空へ昇り、あっと言う間に見えなくなる。


「―――やっと終わったな」


 公園で倒れた二人を見つけ、持ち物を検めてからまだ一時間も経っていないみたいだ。コンビの言動とパスポートと言う証拠が全てを語り、疑う余地すら無かった。にしても、

(あの可愛い子が男だって?ユアンの奴、いいなぁ)

 ロケットの黒髪美人への羨望から溜息を吐く。と、時が動き出した後方から複数の気配。

「フィクスさん、何ですか今の雷は―――え、気分が良かったからつい?困りますなあ。あなた、この間も警察署の上に登って屋根を落としたでしょう?」

 巡査部長がそう言っている間にも、彼の左右から若い警察官達がジリジリこちらへにじり寄って来ている。

「―――うちの署長が副聖王様に相談した所、今度悪さをしたら遠慮無く捕まえて好きにして下さい、と仰っていたそうですよ」

「いやー、頼りがいの無い上司を持つとお互い辛いねー」

 あっはは。一人分の乾いた笑いが周囲の林に響く。

「でも悪い、昼寝の時間だ。硬いスチールテーブルとパイプ椅子じゃよく寝付けないからさ、謹んで辞退させてもらうわ。―――風よ!!」

 朱色鮮やかな紅葉の扇子を掲げ、瞬間移動の魔術を展開。呆気に取られた警官等の背後を取り、そのまま大通りへと駆け出した。




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