三十一章 存在を賭けた戦い
「―――ソレハ、不可能デス」
一瞬で凍り付いた空気の中、無機物は淡々と続ける。
「シュミレーションノ結果、ソノプランヲ遂行スルト九十・九パーセントノ確率デ、七百一年。アナタハ洪水ニ巻キ込マレ、救助サレナイママ衰弱死シマス」
「な、な―――何だって!!?」
確かに、森を襲った大洪水は俺を数キロに亘って押し流した。保護された後も原因不明の高熱が数日続き、半死半生の目に遭ったのだ。って事はユアンが通り掛からなかったら、あのまま鴉に啄ばまれ一人寂しくお骨に……嫌だ!そんなの絶対赦さないぞ!!
「な、なあユアン。願いを叶える方法は、きっとまだまだ沢山あるさ。何もこんな危険なブツを使わなくたっていいだろ?」
常に冷たいが、こいつも鬼畜外道ではない。大切な相棒を犠牲にするなんて、考えただけで良心の呵責で死んでしまうに決まっている。
「帰ったら俺の奢りで何でも好きな物食わせてやるよ。あ!前欲しがってた古代語の辞書も是非プレゼントさせてくれ。何てったってお前は、俺の宇宙一大事なパートナーなんだからな!」
生=必死。この土壇場になって、俺は世界で最も重要な真理を体得した。
(頼む!いつもの冷笑で、ああ、こんな物に頼ろうとした私が馬鹿だった、と言ってくれ!!)
すると相棒は頭を上げ、極自然にこちらへ微笑みかけた。良し、俺の渾身の一念が通じたか!?
「―――ネイシェ」「だろ?大体、俺の命を引き換えに願いを叶えたって虚しいだけ」「死んでくれ」「そうそう、死んだら絶対後悔する――――な、何だとコラ!!!」
怒りで振り上げた右前脚を掴まれ、そのまま芝生に投げ付けられた。しかし伊達に二十年以上赤狐族をやっていない。空中で華麗に一回転後、着地。
「お前、自分の言っている事が分かってるのか!!?」
「当たり前だ」溜息。「発言を撤回する気は無い」
裏切り者との距離は三メートル弱。攻撃するなら人型に変身するべきだが、まずは様子見だ。
「理解してもらおうなどとは思わん。だが……貴様と小晶では天秤に掛けるまでもない、それだけの話だ」
眉間のクレバスを深くし、腕を組む。
「それに貴様の存在させた場合のメリットとデメリットを並べると、圧倒的に後者が大きいしな。消滅しても特に問題は無いだろう」
「あぁ!?手前、喧嘩売ってんのか!!?」
嘆息。
「客観的事実を述べるぞ?まず貴様はミーヌ家、シルバーフォックスの後継者ではない。そのくせ外でポンポン私生児を作り、経済的被害は甚だしい事この上無し。しかも根っからのヒモ体質で、一人前に稼ぐ技能も持ち合わせていない。はっきり言えば何処へ行っても迷惑千万な輩」
「止めろー!!!」
クリティカル連発の精神攻撃に、慌てて耳を塞いだが既に瀕死状態だ。
「何だよ!俺の存在自体が悪なのかよ!?これでも毎日一生懸命に生きているんだぜ!警察のお世話になった事は無えし、未亡人達の心の支えになろうとあれこれ努力してきたんだ!―――なら、こっちにも考えがあるぞ!!」
精神統一後、本日二度目の変化。後脚で立ち上がり、ボクシングのファイティングポーズを取る。
「ここで手前を葬って、歴史から永久に消してやる!そして現代に戻ってシェニーお母様に告る!!エッチも一杯してやるからな!!」
「おい、何でそこで突然母さんが出てくる!!?止めろ暴走下半身狐!!どれだけ他人に迷惑を掛ければ気が済む!?」
怒りに鞘ごと剣を外し、上段で構える敵に俺は叫ぶ。
「正々堂々素手で勝負しやがれ、この卑怯者!」
「ケダモノ風情が命令するな!パートナーの情けだ、さっさと引導を渡してやる」
今まで散々喧嘩してきたが、今回は気迫が全く違う。真剣だ。本気で目的遂行の邪魔者を排除しに掛かっている。
(けど、俺とこいつじゃ元々の戦闘経験値が違う。変化も五分しか保たないし、長期戦は不利だ。勝つには一撃必殺、姉ちゃん直伝アッパーカットを決めるしかない!!)
握った拳に力を込め、呼吸を整える。技を極めるチャンスは一回だ。落ち着いて相手の動きを見ろ。隙を逃したら一巻の終わりだ!
「行くぞ!!」
「フン、来い」
オーパーツを審判席に、俺達は互いの存在と生命を賭けて疾走した。




