三十章 別れ
アンドレ邸の庭先へ戻ると、一旦報告に戻ったのかジョウンは不在だった。芝生に半ば突き刺さったダイヤクロックは、魔術が解けているのか普通に視認出来た。
淡く輝く機械の正面に立ち、ユアンは赤くなった目元をもう一度拭った。その肩口から俺は口を開く。
「丁度良い。戻って来ない内にとっとと行こうぜ」
別れを言えなかったのは残念だが、元々会う筈の無い人間だ。しかも現代ではとっくに亡くなっているし……そうだ、今度二人で墓参りしてこよう。こうやって無事戻れるのも、全部彼のお蔭だ。是非何らかの形で感謝の意を表したい。
「―――ユアン?どうしたんだよ、黙り込んで」
質問には答えず、相棒は時計を上から睨み付けて話し掛け始めた。
「おい、時計。貴様はアンドレ氏に乞われるまま、幾度と無く奴を時空転移させたんだよな?」
ブーン。動力を回復した時計は、不可視の内部機構から動作音を奏でる。
「つまりお前は、所持者を任意の時空間へ飛ばせる訳だ」
「YES。シカシ時間軸ハ常ニ一定ヲ保タネバナラズ、プラスマイナス零ガ原則デス」
「ああ、分かっている。用件自体は半時間もあれば終わる。それなら大した影響はあるまい」
俺にはチンプンカンプンの単語の羅列だが、賢い相棒には通じたようだ。
「??何言ってんだこいつ?解説してくれないかユアン?」
「状況が分かって言っているのか?正直一刻の猶予も無いが……まあいい。おい時計、今阿呆狐に説明するから少し待っていろ」
腰に手を当てての高圧的命令に、了解シマシタ、置時計は素直に従った。
「例えば貴様が現在から一時間前の世界に行ったとする。そして未亡人を口説くでも何でもいいが、とにかく目的を遂行して今へ戻ってきた。さて、ここで大きく二つ問題が発生する訳だが分かるか?」
「えっと、まずは俺が二人いるって問題だろ?イチャイチャしてる俺と、夢世界にいる俺が同時に存在しちまう」
「その通りだ。今回のように誕生していない時代ならいいが、後一年遅かったら非常に拙い事になっていた」
あ、そっか。赤ん坊とは言え自分自身に会っちまうもんな。他人はともかく、どんな影響が出るか分からない。
「で、もう一つってのは?」
「やれやれ、もう降参か?いいか?そのタイムトラベルに因って、貴様の心身は余分に時を過ごした。僅か一時間だが時計を常習して一ヶ月二ヶ月、年単位になればどうなる?」
「え?あのオッサン、んなヤバい真似を」
確かに過去に行って黒歴史を変えられればなー、と誰しも一度は思うが。アンドレ氏はその欲望赴くまま最大限発揮したって訳か。常人ならまあお試しに使ってはみるだろうけど、それ以上はそうそう用件自体が無い。しかし、抹殺しなければならない敵の多い悪党は場合が違った。
「ああ、オーパーツがエネルギー切れ寸前になるぐらいにはな」
「じゃあこのまま戻ったら、俺達も一日分余分に年を取るのか!?」
「YES」
「一日後に転移すれば何の問題も無い―――五年前のプルーブルーへ行った後に、な」
俺を降ろし、時計だけにこっそりプランを囁く。再び顔を上げたユアンは決然とした表情で俺と視線を交わらせ、それから小さく頭を下げた。
「―――さよならだ、ネイシェ」「えっ!?」「歴史を変えれば、恐らく私は政府員のまま定年まで過ごすだろう。そうなればお前達と関わる可能性は殆ど無い」
心の何処かで覚悟はしていた。目的が達成されたら、こいつは潔くトレジャーハンターを辞める。即ち―――コンビ解消。分かっていたさ。だから俺は、
「あ、ああ……俺も嬉しいよ。頑張った甲斐があったな。おめでとうユアン」
祝福の言葉に、奴は四年間一緒にいて初めてのはにかみを見せた。
「なあ。仮令一生会えないとしても、俺達の絆は永遠だよな?」
「切っても切れない腐った縁だが、正直悪くはなかったぞ。お前は女関係以外、そこそこ分別を弁えたパートナーだった」
右の前脚を差し出すと、ガッチリ奴の右手が握った。熱くて広くて逞しい、正に男の手だ。
「達者で暮らせよ、ネイシェ。但し、女を引っ掛けるのは程々にな」
「手前こそ小晶さんと良い仲になってろよ。何なら俺が教授に行ってやろうか?」
尻尾を振りつつ割と本気で言うと、奴もまんざらではない表情で口角を上げた。―――ダイヤクロックが『それ』を告げる前までは。




