二十九章 返事
「こんな所までお見送りありがとう。本当に夢みたいな二日間だったわ」
シャバム船着場の最東。定期船に乗り込むタラップにハイヒールの爪先を掛けた貴婦人は、そう言って支配人にウインクした。他の船と違い辺境方面、終点“黒の星”の乗り場に乗客はまばらだ、少しぐらい通路を塞いでも平気なぐらいには。
「また是非予約させてもらうわね。その内坊やも一緒に―――あら、本当?そう言って貰えると嬉しいわ」
差し出された自身のトランクを受け取り、互いに一礼。支配人は踵を返し、出口へ向かって行った。貴婦人も手を振り終え、タラップを上り始める。
「待てっ!!!」「!?」
制止の叫びに、コツコツ歩むハイヒールが止まった。優雅にドレスの裾をはためかせ、眼下へ赤い瞳を向ける。
「あら。もう来ないかと思ったわ、色男さん。?どうしたの?随分息が上がっているけれど」
「貴様には、関係無い……!」
全力疾走で笑う膝に手を置き、ぜーはーぜーはー。強がった相棒を、彼女は昨晩より一層興味深げに眺めた。
「わざわざ会いに来てくれたのは嬉しいけれど、生憎もう出発時刻なの。この便を逃したら、今日中にお家へ帰れなくなってしまうわ」
「誰が会いになど来るか……!私はただ……貴様の質問に、答えを返しにきただけだ!!」
「?」
紅潮した頬を上げ、腹の奥から絞り出すように、奴は叫んだ。
「―――遠い将来あいつは、貴様の愛息子は元気になる!掛け替えの無い友人達との信頼を得、多くの苦しむ連中を救済し、そして……明るい、未来を……生きるだろう」
預言を聞かされた貴婦人は束の間目を丸くした後、嘘、と返した。
「本当だ!魔女、貴様に信じてもらう必要など無い!だが」
「ならどうして―――あなたは泣いているの?」
「!!!?」
瞬きと同時にぽろっ……新たな雫が石畳に落ち、黒く吸い込まれた。
出港のベルが鳴る中、コツ、コツ、貴婦人は一段ずつタラップを降りてくる。
「でも、嬉しかったわ。あなたみたいな人が傍にいるだけで、坊やは充分幸せよ」
トランクを持っていない右手が、ユアンの後頭部に添えられる。
「―――だから早くあなたの居場所へお戻りなさい、不思議な旅人さん」
噎せ返るようなホワイトローズの香りに包まれ、柔らかく厚い唇が泣き濡れる額に当てられた。




