二十八章 疾走
ドサドサッ!!!「いたっ!?」「きゃぁっ!!」
芝生に勢い良く顔を突っ込む。異界から投げ出された衝撃に、周りで複数の悲鳴が上がる。
「いてて……おい、潰れて死にそうや!はよどかんかいボケ!!」「キィッ!」
「あら、そう。少し待ってて」
整えた眉を明らかに吊り上げた母は猿回しの背中から降り、腕を組んで殊更ニッコリ笑う。
「あ、いやボス。俺はてっきり飛か政府員かと思うて」
「でも重かったんでしょう、圧死するぐらいには」
「いやいや!よく記憶を探ると、ガルムよりもずっと軽かったです!」
「そう、ありがとう。―――でも、次の給与査定は覚悟しておく事ね」
必殺の一言を放ち瓦礫と化したアンドレ邸、それを見つめる幼い仲間へ振り返る。崩れたてほやほやなのか、まだ周囲をもうもうと土煙が舞っていた。
「で、早速始めるのエミルちゃん?」
「当然。時間が経過すればする程、夢は拡散してしまうわ。出来れば終わるまで人払いしてて欲しいんだけど」
「分かったわ」
ポシェットから白い携帯を取り出し、番号を押し始める。
「何処へ掛けてるの、お姉さん?」
「この街の警察署。副署長はシルバーフォックスのメンバーなの。これ、オフレコにしておいてね」
「ああ、あの若禿げ。勿論。じゃ俺はエルの奴にしばらく邪魔しないよう言っとこう」
言葉とは裏腹に、一人芝の上をゴロゴロするジョウン。その隣でリィが背中へ結んだ紐を外し、娘への贈り物の状態を確かめていた。毛並みは濡れてはいるが、幸い特に目立った汚れは無いようだ。
「―――ええ、宜しく」
ピッ。携帯を仕舞い、母は名残惜しげに俺を見つめる。
「とうとうお別れの時ね、ドラット。後始末が終わったら必ず会いに行くわ。待っててね」
「一生懸命なのはいいけど、あんまり根詰めるなよ」
「私を気遣ってくれるの?嬉しい!」ギュウ、チュッ!「あなたのために一生懸命頑張るわ!!」
改めて御免、父さん。結局俺には、最後までこの人の魅力が分からなかったよ。しばらくしたら押し掛けるけど、後は宜しく。
「さあ、こっちの準備は完了よ。行きましょうエミルちゃん」
「え?」
鳩が豆鉄砲喰らったような顔。
「チームリーダーとして、最後まで付き合うわ。そう言う訳だから煌、ランチの買い出し行って来なさい。もうお腹と背中がくっ付きそう、三十分以内にお願いね」
「え、ちょボス!?」
「あ、時間内に戻って来なかったらクビだから」
悪魔の微笑みの後、携帯を再び開けてピッピッ。
「ちゃんとタイマーもオンにして、と」
「ぎゃあっ!!は、はい!行くでガルム!」
「キィ!」
ドタドタと大通りへ走り去るコンビ。
「―――しょうがないわね。じゃあ、さよなら」
説得は無駄と悟った少女は、そう言って杖の先端で空間を切り裂く。そして腕を絡めた母ごと、あの極彩色の世界へ消えていった。
「さて、では私もそろそろ船へ戻るよ。色々報告する事が出来たしな。それに依頼人も鑑定品も瓦礫の下敷きな以上、さっさと帰宅して店主を布団に入れてやらないと」
「うん。もし無事な物が見つかったら改めて呼ばせてもらうよ。バイバイ、リィ君。くまちゃんも元気でね」
「付き合ってくれてありがと、リィ。さよなら」
「フン、またな」
骨董屋と彼に抱えられたぬいぐるみを見送り、とうとう三人になった。そう言えば初めてこの過去で目覚めた時も同じ面子だった。昨日の今日なのに、何だかもう随分懐かしい。
ゴトン。「!!?」
重い物が着地した音に振り返り、危うく俺の小鳥の心臓が止まるかと思った。純金剛石の置時計は無事、極悪金融業者からパワーを取り戻したようだ。針は相変わらず動いていないものの、全体を静かに蒼白く光り輝かせている。
「やったぞユアン!これで」
「ああ……」興奮から生唾を呑む。「ようやくだ……おいジョウン、何をモタモタしている?とっとと」
「ユアン、今一時四十分だぞ?」ニコニコ。「確か二時に帰るとか言ってなかったっけ、あの赤髪の美人さん。別れの挨拶に行かなくていいの―――」
台詞の最後を聞く前に、奴は駆け出した。俺を肩に乗せたまま、全力疾走で船着場へ向かう。
「あ、やっぱ行くんだー。じゃあ戻って来るまでこれ、悪戯されないように魔術でカモフラージュしておくからなー」
まるで緊張感の無い声を背後に聞きつつ、林を抜けて大通りへ。背後からの激しい靴音に、同じ目的地へ向かっていたリィが振り返る。
「おや、ユアン君にネイシェ君。そんなに急いで何処へ」
「説明している暇は無い!」
「悪いリィ、お先!あ、奥さんと娘さんを大事な!!」
自分でもよく分からない別れの挨拶をする間に、宝探し屋が素早く横を抜ける。呆気に取られつつも、急き過ぎて転ばないようにな、彼らしい優しい言葉を掛けてくれた。




