二十七章 脱出
「諦めるのは早いぞ、ネイシェ!」
ジョウンの声がした次の瞬間。耳元で凄まじい豪風が吹き荒れる。慌てて瞼を開くとユアンは尾の真下、二メートル程の地点でピタリと静止していた。
「ほら!俺が魔力で支えている内に早く助けろ!!」
「あ、ああ!!」
俺の阿呆!臆病風に吹かれている場合じゃねえだろ!命の恩人を、掛け替えのないのパートナーを救わなくてどうする!?
「援護するわドラット!」「行って!」
上下を漂う悪夢が投擲爆弾と水龍の攻撃を受け、辺り一帯に霧散する。まだ生憎消滅はしていないようだが、集合するまで邪魔はしてこないだろう。
心臓バクバクのまま人型へ変身。リィが片端を掴んだロープ片手に、魚類の背を滑走。右の爪先だけ残し身を乗り出す。ここから思い切り腕を伸ばせば―――駄目だ!後十センチ足りねえ!!リィもギリギリの所で踏ん張ってるし、もう一ミリだって余裕は無い。
「もっと腕を伸ばさんか、このエロ狐!!」
「これ以上やったら肩外れるっての!手前こそもっとおてて上げろよ!!」
「それが不可能だから頼んでいるんだ!!」
生憎死の淵でも、相棒の小憎たらしさは些かも衰えていなかった。くそっ!諦められるかっての!何か、何か手は無いのか!!?
「キィッ!」
約五センチの不安定なロープを渡り、小猿が俺の肩までやってきた。そこから左腕を伝って手の甲へ。そのまま細い腕で中継してくれるのかと思いきや、仰天の行動に移った。
「キキィッ!」シュッ!
愛らしい猿の舌はどう見ても金属製(!?)で、瞬時に伸びて丈夫なパイプ状になる。その先端をユアンがむんずと握り締めたのを確かめ、ゆっくりと縮めていく。
「フン、助かったぞエテ公。おい、そこの間抜け面。ボケッとしてないで早く引き上げろ」
「はいはい」
自分から落ちておいて何言ってんだこいつは。―――ま、物が物だ。恋のキューピットとして、今回ばかりは不問にしておいてやろう。
どうにか帰還した俺達を、慣れない素手での術を解いたジョウンが出迎える。
「よう、ユアン。宝物は無事か?」
「ただの腐れ縁だ。かと言って失くすのも癪に触る、その程度の物だ」大嘘吐きめ!
変身を解いた俺が肩に乗ると同時に、父子は正面で向かい合う。
「―――感謝する、ジョウン」ペコッ。「その……助かった」
ぎこちなく礼を言う息子を微笑ましげに見、彼は手を軽く振る。
「いいっていいって。一般人に目の前で死なれちゃ、幾らのーたらりんでも目覚め悪いしな」
「フン」
ヘラヘラした顔を見つつ、ユアンは後ろ手にデイバッグを探り、ある物を取り出す。―――それは、俺がやった紅葉の扇子だった。
「残念ながら普通の市販品だが、礼だ。くれてやる」
「本気で?わーい、ありがとうユアン!なるべく大事に使わせてもらうよ」
子供みたく手放しで喜ぶ若き父をやや呆れた風に眺め、相棒は視線を進行方向へやった。
「そら、やっと出口だ―――」
全てが閃光に包まれる中、疲労したその呟きは半分程度しか聞こえなかった。




