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二十六章 墜落



 そうこうしている内に、砂粒みたいだった星は俺の拳大まで大きくなっていた。太陽の如き光が眩しい。

「もうすぐ出口やぞ。因みにお嬢ちゃん、あそこに飛び込むと現実では何処に出るんや?まさか崩れてる最中の屋敷内とか言わんよな」

「さあ。一応彼が安全な場所に連れて行ってくれる筈だけど」きゅうん。「一キロ程度の誤差は許容してよね」

「うーん、一キロか。ギリギリ交番があるな」

「!!?」

「問題無い、フール。殺人の証拠を持っていない以上、君はただの……そうだ、サラリーマン。でしょう、社長さん?」

「そうね、一応うち月給制だし。―――だからって今月も払うとは限らないけど」

 がたがたがた。恐怖に震える煌氏を一瞥し、浮島の外でさえなければ構わん、相棒は事も無げに呟く。

「まぁ、それもそうだな」

 同意した俺に鼻を鳴らしかけたユアンは、ふと下方に目線を向けた。

「おいビトス。何だ、あの黒い流動体は?」

「だから私は―――『汚濁なる悪夢』!?しまった!奴の物が漏れ出したんだわ!!」

「危険な物か?どう言う事か説明を頼む、お嬢さん」

 リィに丁寧な口調で尋ねられ、さしもの人間不信少女も頑なな心を開かざるを得ない。

「あの喋る置時計、死体から奪われた時間を吸い出していたでしょう?それと一緒に不純物として高濃度の負の夢が流出して、そのなれの果てがあれって訳―――全く、どれだけ面倒でややこしい事態にすれば気が済むの?」

 癖なのか、無意識に親指の爪を噛む。よく見ると大分凸凹で血も滲んで痛々しい。この娘っ子、日常的にこうしたストレス性自傷行為に及んでいるらしかった。

「済まない」

 癇癪に、素直な一児の父親は頭を下げる。

「あなたに言っているんじゃないわ。諸悪の根源はそっちの狐女とケダモノ使い。大体立てる作戦が適当過ぎるのよ。暗殺と奪還だけなら、もっとスマートなやり方が幾らでもあった筈だけど?」

「おまけにミッション内容の殆どはお前に依存しているしな。フォローもロクに出来んド素人共が、無闇に理屈も分からん妖しげな術に頼るな」

「う」

「ごめんなさいエミルちゃん」ペコリ。「確かに、あなたばかりに仕事を押し付けた私達が悪かったわ。でも一つだけ弁解させて。そもそもあなたを推薦したのは、別居中のあなたのお婆様なの」

「祖母が?」不快感を顕わに吐き捨てる。「本家から紹介料でもせしめるつもりかしら?」

「いいえ。乳母から話を聞いて、お婆様は酷くあなたを心配なさっているの。アイゼンハーク家とシルバーフォックスは、意外だけど代々懇意な仲。だから跡目を継いだばかりの私に相談が回ってきたって訳」

「そう。でも私は金輪際仲良くする気なんて無いわ、オバサン」

 ピクピクッ!前髪に隠れた生え際に青筋が浮かぶも、過去の母は笑顔を崩さなかった。

「『お姉さん』でしょう、エミルちゃん?勿論、今の当主はあなただから選択の自由はあるわ。私はあくまで母さん、先代にくっついて何度か面会して、色々勉強させてもらった恩義があるだけ」

「じゃあ勉強不足ね。もうしばらく当代を返上して修行した方がいいんじゃない?」

 にべもない返答。だがその直後、少女は顔を背ける。


「……チャヴァ以外……誰も私の事なんて心配していないと思っていたわ」

「エミルちゃん……」


 呟いた彼女は、視線を正面に戻した。

「ケダモノ使い、早く出口へ向かって。悪夢に気付かれていない内に」

「OK。他の連中は黒いんを警戒しといてくれ」ポンポン。「スピードアップや、行け!」きゅうん!

 速度が上がり、前方から掛かる風圧が強くなった。気配を察したのか、瘴気の塊が凄まじいスピードでこちらへ近付いてくる。その軌道上に残っていたシャボン玉が取り込まれ、直径三メートルだった体積が一気に倍増した。


 ゴオオオオッッ!!


 急上昇した悪意に煽られ、エイの頭部が急激に持ち上がる。相対的に俺達のいる尾側が急下降し、叫ぶ間も無く滑り落ち始めた。


「ぎゃあっ!!」「ドラット!!?」


 相棒の肩を外れ四本脚で踏ん張りかけた俺を、素早くエイの突起部に手を掛けた母さんが抱えて救出する。後ろを確認するため首を動かすと、


「リィ君!」「任せろ!」


 俺達の頭上を一本のロープが舞った。直後パシッ!ユアンの鍛えた手が命綱を受け取り、素早く手繰り寄せ始める。

「済まん」

「心配無い。すぐに引き上げる」

 膝から下を宙に浮かせつつも、流石は百戦錬磨のトレジャーハンター。縄の力を借りながらどうにかエイの背まで登る。

「注意を怠らないで!また来るわよ!」

 杖から召喚した水の龍を側面に控えさせ、迎撃態勢を整えながら少女が命じた。

「あれ?俺はともかく、皆の物理攻撃も効くの―――あ、そう言やさっき祝福掛けてくれてたな。ゴメンゴメン、すっかり忘れてた」

 言って空の右手を『汚濁』へ突き出し、視線を息子へ向ける政府員。

「大丈夫かユアン?手伝わなくて」

「これぐらい何ともない。私より敵を警戒――――わっ!!」

 予期しない再度の下方衝撃に一同面食らう。

「なな!?」敵は動いていないのに、何故!?

「何慌ててるの!?奴は実体を持たない精神エネルギー、分離ぐらい普通にするわ!」それを先に言え小娘!!


「っ!!しまった!!!」


 本気の焦り声に、慌てて相棒の方を見る。位置こそ変わっていないものの、風圧に因る攻撃を受けたのだろう。首に提げていたロケットが鎖を千切られ、底知れない暗黒へ落ちていく。


「待てっ!!!」「ユアン!!?」


 瞬間的に頭へ血を昇らせた奴は、躊躇い無く命綱を手放して宝物の軌跡を追う。俺の制止の声も完全無視。ようやく握り締めた時には、完全に何も無い中空へ投げ出されていた。

(もう駄目だ!!)

 信じられないと言った表情の相棒が遠ざかっていくのを見るのが耐えられず、俺は目をキツく閉じた。




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