二十三章 時に囚われし愚者
コッ、コッ、コッ……。「何の音?」
距離を取って対峙する天才少女が、訝しげに薄い眉を寄せた。
「それに、この気配……あなた達以外にも邪魔者がいるみたい」
「でも、もう完全に閉めているんだろう?そんな事あるのかい?」
「偶には」
パッ!ワンピースを翻し、屋敷の模型の傍まで浮遊して移動した。杖を掲げ、意識を集中させる。
「―――変ね。この侵入者の夢、まさか……」ブワッ!!「きゃっ!!?」
突然夢の力で建てられた模型が真っ二つに割れ、中から有り得ない人物が現れた。
「―――ミスター・アンドレ!?何故……さっきは確かに死んでいたのに!!?」
蘇った悪徳金貸しは、スーツの胸の前に金剛石百パーセントの置時計を浮かべ、噂通り強欲な眼差しを俺達に向けた。
「貴様等、私の屋敷で一体何をやっている!!?」
怒号の瞬間、凄まじい突風が巻き起こる。体勢を崩したエミル嬢を慌てて支えた。
「触らないで!」
「おっと、ゴメンゴメン」
少女はサファイアの先端を掲げ、未だ額に穴が空いた死人と相対する。
(何だってこの状態で動いていられる?まさかこいつ、“死肉喰らい”の類じゃないだろうな……?)
奴等に関する厄介事など、『スカーレット・ロンド』だけで充分だ。
(にしてもハイネ君、今頃何処でどうしているのやら……)
「出て行け、盗人共め!!」
又もや突風。二度も吹き飛ばされるのは不愉快なので、前に立って扇子で力を逃がした。
「止めて下さいよ、アンドレ氏。俺達はただの善良な通りすがりで」
「ん?貴様、見た事があるぞ!うちの庭先に無断で寝ていた政府員だな!?懲りずにまた入り込みおったのか!」
げ、覚えられてたのか。う……背後から冷たい視線を感じる。
「何だ、前科者だったの。道理で」
「いやエミルちゃん、それは全くの誤解だ。俺は別に覗きとかじゃなく、純粋に昼寝愛好家としての好奇心から」
「五月蝿い!!」ブワッ!「妖術士共め!とっととこの訳の分からん空間を元に戻せ!そして二度と私の敷地に足を踏み入れるな!!」
「そう喚かないで下さいよ。叫ぶ度にこっちへ物理的に響いてくるんですから」
頼みつつ、冷静に敵を観察する。
(さっきリィ君と確かめた時、百パーセント鼓動は止まっていた。瞳孔も完全に開いてたし、生きている筈が無い。あれが幻覚でない証拠に、致命傷もまだちゃんと残っている)
ならどう言うカラクリだ?貫通した脳味噌はどうなってる?
考えていると、フウッ。透明な時計内の空洞に、不意に蒼白い光が満ちた。
「ピピ……エネルギー再充電マデ、後三○、一一、一二、七、四〇デス」
時計から響く人工音声がそう報告を入れた途端、悪党は金歯を剥き出した。
「そんなに待っていられるか、ポンコツめ!いつものように『先貸し』しろ!!」
「再思考―――予備バッテリー残量、一・八パーセント。フル充電スルマデ転移ハ使用不可デス」
「??何言っているの?それにこの声、まさかあの時計が喋って……?」
転移……成程、時空転移って意味か。SF漫画知識を総動員して推測するに、どうやらこの金貸し、今までこの時計の力を目一杯悪用して商売敵を潰してきたようだ。幾ら用心深い人間でも、過ぎた時まで防御する事は出来ないもんな。
(しかし三十年十一ヶ月十二日、ついでに七時間四十秒しないと使えないとか……これは非常に拙い)
妻と同色の銀髪と赤毛狐コンビを脳裏に思い浮かべ、痛む米神に左手の人差し指を添えた。
(どうにか後一回、何とかして使えるようにしないとな)
そのためにはまず、この時駆ける強欲者から時計を奪還しなければ。俺は左側に歩み寄っていた夢使いに視線を向ける。
「アイゼンハーク嬢。どうやらあの時計が、時間を戻してアンドレ氏を動かしているらしい。引き離すのを手伝ってくれないか?」
扇子を再度広げ、戦闘体勢に入る。
「獲物にホームグラウンドを好き勝手されるのは嫌だろう?」
「そもそもの原因は、あいつ等の爪の甘さでしょ?―――まあいいわ。通路が要らなくなった以上、さっさと夢を収束させて帰る」
「まだ死体に戻らないと決まった訳じゃないけど、御協力感謝感謝」一礼。
「何をゴチャゴチャ言っている!?時計よ、私をこいつ等の過去へと飛ばせ!目障りな!抹殺してやる!!」
「充電中、使用不可デス」
どうやら蘇生で電力をほぼ使い切ったらしい。それもエネルギー不足の非常に不完全な姿で。つまり―――例の突風以外、アンドレ氏に攻撃手段は無い。となれば先手必勝!
「水よ!!」「吹き荒れろ!!」
水の龍が竜巻で突進力を得、時計を避けてカーブを描き、奥の死に損ないに直撃する。
「ぐわっ!!」
弾き飛ばされた主人は慌てて懐を探り、小型拳銃を取り出した。しまった!まだそんな隠し玉があったのか!?
「く、くそっ!殺してやる!お前等全員、殺してやる!!」
そのまま近くにいた少女へ、迷い無く照準を合わせる。今度はこっちが慌てる番だ。
「エミルちゃん!」バンッ!
夢使い得意の空間転移も、咄嗟に向けられた殺意には間に合わず。血の気の薄い頬に、一筋の赤が伝う。
「ちぃっ、外したか!なら次は当ててやる!!」
「あなたに次は無いわ」
冷徹な女性の声が聞こえた次の瞬間。左斜め下方から巨大な物体が俺達に急接近した。その先端でキラッ!銃口が光る。
バンッ!「がぁっ!」ブシャッ!!
流星の如き一発。鉛玉はアンドレ氏の後頭部の生え際からつむじを一直線に貫き、見事爆散させた。




