二十二章 決闘の終焉
「キキィッ!!」「でやっ!!」
左右から同時に伸びる主従の攻撃に、私は銃を構えて応戦する。
バンッ!ガキィッ!!「ギィッ!?」
マグナム弾の衝撃で、持ち主ごと鋼鉄の凶器を弾き飛ばす。間髪入れず、度重なるダメージで金メッキの剥げかけたトロフィーを左腕で受け止めた。
「放せや!!」
「争いを止めてくれるならな」
「却下!なら力づくや!!」
生身の半月板を狙った蹴りを避けるため、止むを得ず一旦距離を取る。すかさず追撃を仕掛けてきたガルムを、まだ熱い銃身を振るい払い除ける。小猿は唸り声を上げながら、天井隅に両手足で張り付いた。
「いい加減にしてくれ!私を殺した所で、アイシャが君を選ぶとは思えない」
個人的には頼って欲しいと思うが、強固な意志を持つ彼女の事。そうなれば気心の知れたハーミットと二人で娘を育てる道を選ぶだろう。
「何や、その自意識過剰発言!?たかが実験体の分際で十年早いわ!!」
このままでは埒が明かない。それにこれ以上、二人を相手するのは体力的にキツ過ぎる。一か八か、ユアン君達のいる下へ落ちてみるか?三対三ならどうにか勝ち目も、
ゴゴゴ……!!
迷う頭上で何かが低い音を立てる。私が見上げる間にも震動を伴って段々と大きくなり、正体が知れた時には二十メートルまで接近されていた。
「っ、洪水だ!!」
「どっちの仕業や!?アカン!ガルム、はよこっち来い!!」
ところがここでハプニングが起こった。あれ程飼い主に従順だった小猿がその場に立ち竦み、耳を塞いで完全に蹲ってしまったのだ。しまった!過去に暁十字で受けた実験が原因で、ガルムは水に酷いトラウマを、
「ちっ!選りにも選って、ここで水恐怖症が再燃しおったか!?」
叫ぶなり、彼は怯え切った相棒の元へ駆け出した。大量の水流に小さな身体が押し潰される寸前、硬直した小猿を抱き抱える。
「キィ……」「しっかりせい!俺がおる、せやからお前は何も怖がらんでええ!!」
次の瞬間、一人と一匹の姿は白い水飛沫に掻き消される。数秒後、再び現れた彼等は危機的状況に陥っていた。
「ぐっ……がはっ!」
壁に突き刺さったガルムの舌を両腕で掴み、宙吊りになったフールが吐血した。衝撃でトロフィーは遥か奈落へ落としてしまったらしい。更に急流から相棒を庇った代償に胃が傷付いたようだ。丈夫に見えるが、元々フールは虚弱体質だ。研究者時代もそれが元で、しょっちゅう骨折や内臓損傷を起こしていた。暁十字に入ったそもそもの目的も、不自由な自身の肉体を治す為だと聞いている。
「ガァ!」
酸素を求めて開きっ放しの口、止まらない涎の間から猿は必死に呼び掛ける。
「心配すんな。まだいける……けど、この状況はかなりヤバいな。上がろうにも握力が保たん……!」
支えている小猿にしても、刺さった舌が抜ければ主人諸共真っ逆さまだ。
ゴゴゴ……!!!
拙い!第二波は明らかに先程より音が大きかった。辛うじて壁にしがみ付く二人に、この激流を耐え切る体力は到底無い。加えて、近くにいる私が巻き込まれない保証も無い。だが、
「フール!!」
ギリギリまで上半身を乗り出し、元同僚に右腕を差し伸べる。それを見て彼が目を剥いた。
「何のつもりや、飛……!?同情ならいらん!さっさと逃げんかい、この卑怯者!!」
「断る。君等はアイシャの数少ない友人だ。このまま見殺しにしては、彼女に申し訳が立たない」
論争の時間すら惜しい。無理矢理片手首を掴む。
「おい、止めんか!!」
グイッ!人工腕の最大能力を使い、彼を一気に引き上げる。安全地帯で手を放し、すぐさま残った小猿の救出へ。
「アガァッ!」
「帰ったらピーナッツを好きなだけプレゼントする。だから暴れずに、落ち着いて舌を仕舞うんだ。出来るね?」
私の言葉を解したのか、するすると霊長類は凶器を収め始めた。まだ恐怖に震える背中を抱え、主の隣まで運ぼうとした。
ゴオオオッッッ!!!「拙い!」慌ててガルムを胸の前に抱え、身を屈める。「フール、伏せ―――!」
放った警告ごと、二人と一匹は水に飲まれる。窒息を防ぐため慌てて口を閉じ、人工皮膚に覆われた鉄の爪を床に突き立てようとしたが、滝の如き激流の前では余りに無力だった。
「ぐっ!げほっ!」
鼻と口から肺に入りかけた水を吐き出す。押し流されて空中を舞いながら上方、後から落下してきた猛獣使いに声を掛けた。
「フール、落ちた時の対処法は!?」
「残念ながら無い。悪い、俺も召喚の笛を貰っとけば―――けどな」
ふっ、憑き物が落ちたように表情が和らぐ。
「最後に、アイシャと可愛いお嬢ちゃんの顔が見れてホンマ良かった……俺の完敗や、飛。その代わり、絶対幸せにしてやるんやぞ?」
「まだ死ぬと決まっていないだろう。諦めるな!」
それに、ここは異空間。待っているのが硬い地面とは限らない。希望を捨てるにはまだ早い。そうだろう、くまちゃん?
「―――飛。もし俺が死んだら、ガルムと俺の懐の証文を頼むわ。こいつを渡して初めて、あの菓子屋は業突く張りの借金取りの呪縛から解放されるんやからな」
遺言に、私は黙って首を横に振る。
「奪還に奔走した君から直接返された方が、依頼主もきっと嬉しいさ。それに飼い主以外とガルムが入浴するとはとても思えない」
「キィ!」
前歯を剥き出し、腕の中の小猿が応える。
「ほうやな……ったく、つくづく手間の掛かるペットやで―――お、飛!前見てみい!」
歓喜の声に従い、どうにか体勢を反転させる。途端、白く巨大な物体が視界一杯に映った。
「わっ!!」「ぎゃっ!!」ドサドサッ!
ガルムを庇って思わず手を付くと、ぐにゅう、やけに柔らかくぬめった弾力がした。しかも微かに動いているような、
「あら煌。また血を出しているけど大丈夫?」
元同僚の現在の上司は、何故かネイシェ君を抱えながら激突した私達を覗き込む。その後ろにはユアン君。鞘付きの剣で乳白色の床をひたすらポカポカと叩いている。
「貴様、右と左も分からんのか!?最短距離で飛べ、この平た生物め!!」
きゅうきゅう。ハムスターにも似た高い鳴き声が聞こえ、地が震える。生き物だったのか、この浮遊物体。
「ああ、もう大分治まったわ。それよりボス、こいつが例の笛で呼んだお助け動物?」
「ええ、巨大エイさんよ、可愛いでしょう?でも気分屋で、中々エミルちゃんのいる所へ昇って行ってくれないからああして」
ポカッ!きゅうん!
「乱暴やな。調教の基本は褒め殺しやで?―――おい、兄ちゃん。替わるわ」
胸を押さえつつ上体を起こした部下を、成功したら査定に入れておくわ、お願いね、優しいのか厳しいのか分からない命令を下した。
「はいはい、ここは数々の動物を手懐けた実績のある俺に任しとき」
「チッ。おい猿回し、くれぐれもこれ以上罠に嵌めようとはするなよ?そのヘラヘラ面に風穴空けたくなければな」
物騒な警告を残して操縦席、エイの頭部をあっさり明け渡してユアン君はこちらへ歩み寄った。未だ震える小猿、続いて私を一瞥し口を開く。
「見事にずぶ濡れだな。そいつも娘にやるのか?」
私が簡単に事情説明(但し前の職場の事は省き、二人は単なる昔の知り合いとした)すると、彼は如何にも興味無さそうに鼻を鳴らした。
「暗殺の直接犯は奴か?」
「正確にはこのガルムだが心配無い。彼は主人の命令が無い限り攻撃しない」
「だといいがな」
「ガルムはお前とちゃうわ、この唯我独尊小僧!」「キィ!」
ピョン!声に自ら跳び出し、走り寄って主の胡坐の上へ乗った小猿。その頭をフールはくしゃくしゃと撫でた。
「あーあ、お互いびっしょびしょやな。現実に帰ったら、まずはホテルで風呂入らんと」
それからしばらくはエイの信頼を得るため、彼は話し掛けつつひたすらあちこちを撫でた。そして、
「よっしゃ、行け!」きゅうん!
信頼の声を上げた魚類は、機敏な動きで遥か上空への旋回を開始した。




