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二十一章 運命の出会い


 


「ハッ!!」「チッ!」「わあっ!!」


 母の手から精確に俺達の軌跡を予測した投げナイフが閃く。しかし流石は実力派トレジャーハンター。間一髪の所で転進し、髪の毛数本の犠牲で回避した。

「少しは攻撃して来たらどう?それとも私の魅力にメロメロなの?」

「寝言は寝てからぬかせ、ババア狐が」舌打ち。

「まだ私は二十代よ、坊や。口の利き方に気を付けなさい」

 額にうっすら青筋を立てながら冷静に諭す。この頃はまだギリギリ顔面に出てたんだな。でも同じ年頃の姉ちゃんより既に大分落ち着いている。

 次の一手を考えていたその時。赤狐の鋭敏な耳が、頭上の大気の動く気配を察知した。


「おいユアン。何かが落ちて―――危ない、母さん!!」


 一体誰の仕業だ!?蝶番の破壊された木製のドアは、一直線に母へと落下していく。しまった!都会派の銀狐族は、俺達赤狐族より聴覚が劣る。他の六種と比べれば本当に僅かな違いだが、一瞬の判断の遅れを齎すには充分だ。

 本体のままでは距離があり過ぎる。神速の早業で人型に変化し、自らの危機に脚の竦む彼女へ覆い被さった。


 ガンッ!!


 瞼の奥に火花が飛ぶ。どうやら数分意識を失っていたようだ。目を開けると、元に戻った俺は柔らかな太腿に乗せられていた。

「しっかりして、『ドラット』……目を覚まして、お願い……」

 え、ちょっと、どうして父さんの名前で俺を……そうか!ユアンが教えたんだな。四半世紀以上前とは言え、流石にまだ産んでもいない息子の名を吹き込む訳にはいかない。そう言えば父さんが昔話してくれた。ある日突然住処に母がやって来て、驚く間も無く求婚されたとか……げ、若しや俺のせい? 

 上気した頬、完璧にメイクした目尻にはうっすら涙さえ浮かべて、すっかり誤解した彼女は俺を抱き締めた。

「良かった!具合はどう?傷は痛む?」

「えっと……大丈夫。少しズキッとするぐらいだ」

 丁寧にハンカチを巻かれた頭を上げ、辺りを見回す。後頭部を直撃した忌々しいドアを、屈み込んだユアンが調べていた。

「うん。眩暈もしないし、もう平気だよ」

「本当?」

 毛並みを優しく撫で、熱い吐息を掛ける。

「ごめんなさいドラット、私を庇ったばかりに……」

 何処からどう見ても一目惚れした母は、瞳をうるうる。

「別にこれぐらい平気だよ母、いやミーヌさん」慌てて訂正する。

「呼び捨てで構わないわ。ああ、もしこの傷が元で障害者になったら私、一体どう償えば……いいえ、最悪脳内出血で突然死する事だって……」

 シクシク。悲観極まりない予測を立てながら更に噎び泣く。

「ま、まさかー」

「可能性は充分あるわ。せめて住所を教えてもらえれば、もしもの時でも駆け付けられるのに……そうだ、御家族への慰謝料も用意しなきゃ」

 殺してる!それ完全に殺してるよ母さん!!

「いや、流石に見ず知らずの女性にそこまでしてもらう訳には」

「知らないのはあなただけよ!目を覚ますまでの時間は、私にとっては十年にも等しかったの」

「大袈裟な」

「酷い人ね。つれない態度で乙女心を弄んで。ねぇトレジャーハンターさん?」

「何分礼儀を知らん田舎者だ。それぐらいで赦してやれ」

 つまらない色恋事の駆け引きには飽き飽きだ、と言わんばかりに相棒は肩を竦める。助ける気は毛頭無いらしい。

 仕方ない。家族の歴史を歪めないよう、俺は慎重に言葉を選んで応えた。

「そうか。君には随分辛い思いをさせてしまった、済まない。俺が暮らしているのは―――」

 四年前までの住処の森を教えると、彼女はパッと目を輝かせた。目的は達せられたから、もう泣き落とす必要無しって訳か。天晴れな程現金な女だ。流石闇組織のボス。

 俺を胸の前で抱え上げ、母は検分が終わって立ったユアンに向き直る。

「置時計が目的だと言っていたわね。手伝えば本当に証文を返してくれるの?」

「ああ、初めから在処さえ聞き出せばそのつもりだった。一方的に事態をややこしくしたのは貴様等だ」

「そうかもしれないわね。―――分かった。上に行って、エミルちゃんに即刻術を解くよう言うわ。ファンには時計を外まで運ぶのを手伝わせる。その代わり」

「ああ、好きにしろ。但し、事が終わったら返してもらうぞ」

「勿論」

 チュッ、ギュッ。頬にキスされた上、キツく抱き締められる。俺は抱き枕じゃないぞ!?ああ、父さん御免。でも弁解しておくと、幾ら美人でも処女(だよな?)で未婚は完全に射程外なんだ。罷り間違っても近親相姦は無いから。

「で、どうやって戻るつもりだ?見た所階段らしき物は無いが」

「心配御無用よ。ちゃんと別れた時用のアイテムを預かっているから」

 淡々と言うと、母は石舞台の端まで歩く。手を伸ばせば、傍に浮かんだピンクのシャボン玉に触れられそうだ。

 ジジジ……。胸元のチャックを開け、十センチ程度の筒状の物体を取り出す。犬笛か?

 彼女はそれをふくよかな唇で銜え、息を吹きかける。


 ヒュー、ヒュー。


 やけに間の抜けた音の笛だ。こんな掠れた音色、一体この広大な夢世界の誰が聞いて―――お。前方から何やら巨大な物体が接近中。あれは……体長十メートルはあるエイだ!

「おい、まさかあれに乗るのか?」

 夢らしく可愛らしいデフォルメののっぺり魚類を見つつ、ユアンが不審げに呟く。

「そうらしいわね。エミルちゃんの話だと、笛を吹いた時点で一番近くにいた動物が来るそうよ。丁度いいじゃない、七人で乗っても余裕だわ」

「三度目とは言え、相変わらず得体の知れん世界だ……とっとと脱出するか」

 糞真面目な奴。俺は御伽噺の世界みたいで段々楽しくなってきたぞ。折角来たんだから、少しは童心に帰って面白がればいいのに。

 エイはつぶらな瞳をこちらに一瞬向け、身体の左側を陸地に付けて停泊した。こんもり膨らんだ頭部を母が撫でる。

「可愛い。宜しくお願いね、エイさん」

 きゅうん。ぺたんこの生き物が高い声で鳴いた。




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