二十章 『天才』対『神童』
「へえ、こいつは見事だ」「!?」
現の夢、中心部。周囲には宇宙空間が広がり、その真ん中には精巧なアンドレ邸の模型が置かれていた。傍には件の夢使い。作業に没頭していたが、俺の呼び掛けで振り向いた所。
数十分の一に縮められたミニチュアの二階。丁度死体のある部屋の窓から伸びた蒼き光線の先端は、まだ何処にも繋がっていない。
「何処まで運ぶつもりだい?惑星間移動ともなると相当大変だろう」
「“白の星”、環紗のホテルの一室よ」言って右側、大きな白い星を指差す。「詳しく知らないけど、そこに犯人役がいるらしいわ」
「ははぁ、そいつに無実の罪を着せちゃう訳だ。君達もワルだね」
「―――あんな奴等、仲間じゃない。私は依頼されただけ」
まだあどけない少女は眉根を寄せ、心底不快そうに吐き捨てた。相当頑なだな、保護者二人が扱いに困っていた訳だ。
「へえ、じゃああの大人達と組むのは初めてなんだ、『天才』殿。それはさぞややりにくいだろうね。二人共、『こちら側』に関しては明らかに素人さんだし」
「知った風な口を」
噂に聞いた事がある。代々夢使いを輩出してきた幽族の大貴族。その一族の中でも特に能力に秀で、十に満たずして『天才』と讃えられた若き当主の名を。
俺は片脚を一歩下げ、扇子を持った腕を胸の前にやって優雅に一礼した。
「お初にお目に掛かります、エミル・アイゼンハークお嬢様」
挨拶にも無表情は一切崩さず、視線を再び模型に向ける。
「あれ、気分を害した?」
「別に。―――集中の邪魔だから戻って。どうでもいい仕事だけど、やらないとあいつ等に怒られる」
「あいつ等って、お父さんや親戚達の事?でも前金は払われているんだろう?」俺だったら適当言って逃げるな、と心の中で続ける。
「興味無い。どうせ成功しても何も貰えないし」
稼いだ報酬は奴等の道楽へ、か。伝聞通りの下衆一族だ。確か前当主は亡くなって久しい。味方になったであろう母を喪い、彼女が心を閉ざしてしまったのもある意味当然と言えた。
「じゃあエミル嬢。君は心許せる人間が全くいないのかい?」
「……何故そんな事を?子供だからって口先三図で篭絡しようと思っても無駄よ」
「酷い言葉使うなあ。俺はただ『同胞』として知りたいだけだよ」
この空間を制している主は彼女。三人を無事現実世界へ帰すためにも、まずはこのガチガチの警戒をどうにかして解かないと。
俺は娘、アムリに向けるのと同じ極自然な笑顔を浮かべた。
「俺も昔から魔術の『神童』なんて呼ばれててさ。大人達に期待される気持ちが少しは分かるんだよねー」
「期待?」軽蔑。「金蔓を手放したくないの間違いでしょ?」
うわ。想像以上に酷えわ、こいつは。彼女以外の無能なアイゼンハーク家の豚共め、地獄に堕ちろ!
「因みに俺の両親は早々に教育を諦めたよ。お陰で初等部はしばらくサボれたが、エルに目を付けられたのが運のツキだったな。あいつときたら帰宅時間を見計らって呼び出すわ、長期休暇に泊まりで仕事手伝わせるわ。鬼だよあれ、仕事の鬼。あー、今からでも児童虐待で逮捕出来ねえかなー」
言っている内に段々昔の思い出が蘇ってきた。
「まあ、小遣いくれた上に魔術書ならどんな高いのでも買ってくれたし、コーヒー飲み放題で割の良いバイトだったんだけどね」
「……何の話?」
「そう言や、シェニーと初めて会ったのも本屋だったな。俺が漫画読んでる横で、ガーデニングの本を取ろうと梯子に登ってて」
その時の光景、とりわけすっ転んで見えた白いパンツを思い出して無意識に頬が緩む。
「急にニヤニヤし始めた。何、この気持ち悪い大人……」
「でも実は俺、白よりピンクが好きなんだよなあ。自分のもピンクオンリーだし」
「一体何の話よ、この変態!?」
ブンッ!子供には些か重量のある杖を振るい、背後に五本の水柱を出現させる。マトモに当たれば抵抗虚しく押し流され、あっと言う間に下へ真っ逆さまだ。
「ほー、流石。その年でもうそこまでコントロールが利くのか」
言いつつ水流の軌道を読み、まずは二つ回避。しかし攻撃を外しても天才はあくまで冷静さを失わず、避け切れない角度で残りの三本を同時に放つ。
ゴゴゴゴッッ!!「風よ!」
投扇の構えを取り、魔術の防御壁を展開。直撃を避けつつ水をいなした。
「成程、神童は伊達じゃないって訳?」
「まーな。そうだ、自己紹介がまだだった。俺は聖族政府の」
「いい」折れそうな細首を横に振る。
「遠慮しなくていいぞ、エミルちゃん。ほら、お兄さんともっと色々お喋りしよう」
「……後で殺した分の報酬も請求しておこう、キャッシュで。こんなに労力を使っているんだもの、チャヴァにお菓子を買う権利ぐらいはあるでしょ?」
「へー、その人って乳母か何か?そうかそうか、是非沢山買って行くといいよ」
「言われなくてもそのつもり。―――だから、さっさと死んで!」
再び発生した水柱が揺らめき、荒れ狂う三匹の龍へと昇華した。更にパッ!後退して杖をもう一振りすると、少女と瓜二つの幻が左右に一体ずつ現れる。そして三つ子は一様に、まるで脚から羽根が生えたているかのように夢世界を自由に飛翔し始めた。
「おーい!待ってくれよー!!」
扇子を掲げ、俺も風を操って宙を舞う。
追い掛ける俺に横から龍達が牙を剥き、顎で噛み砕こうと口を開く。それを疾風を駆使しつつ巧みに避け、ようやく一人の後ろ姿に手を掛けた。が、
「ハズレ」ブシャッ!
幻影は一瞬にして水へと変わり、盛大に浴びせ掛けられる。咄嗟に扇子を振るうも、遅れたせいで髪の毛をずぶ濡れにされた。
「うぅ……水遊びにはもう辛い季節だぞ、レディ・アイゼンハーク」
ブルルッ。体温を奪われ、寒さが身に応える。明日風邪引いてるかも。
残った二人が全く同じタイミングで口を開く。
「無駄よ、ここは夢の世界。幽族でないあなたが私に勝てる筈無い」
「何事もやってみないと分からないさ。先生に言われなかったかい?」
「学校なんて行った事無いもの。でも、どうせ生徒をいいように操る詭弁でしょ?」
つくづく捻くれたプリティガールだな。下にいる誰かさんとさぞや気が合いそうだ。
(にしても、こんな人間不信でよく他人の夢を渡れるな。それとも……『だから』なのか)
端から拒絶していれば、同調の末取り込まれる危険性は無い。それが仮令魂に優しく寄り添う、本来あるべき夢使いの姿でなかったとしても。
「あなたが何を思っているか、大体想像が付く。―――同情なんて要らない。すぐ死ぬ人からは特にね」
このツンツン娘め。大人のテクニックで何としてもデレさせてや……いや、駄目だって俺!目的が違うだろ!殺人犯の逮捕はどうした!?
(とまあ、一人漫才はさておいてだ)
どちらが実像か、既に俺には分かっている。天才と褒めちぎられても所詮子供。まだまだ爪が甘い。
「それは困るな。後数ヶ月で二人目の子供が生まれるんだ。遺産と遺族年金で困りはしないと思うけど、そもそも死ぬのが嫌」パサッ。扇子を垂直に構える。「と言う訳で、ここからは本気で行かせてもらうとするよ」
「そう。じゃあ私も」
杖を振るいながら一回転。一気に八人も増えた少女は、無表情のまま一斉に水龍を放った。
ゴオオオッッッ!!!
溢れ出す清流の量は先程までの比ではない。この攻撃で確実に窒息死させる気だ。
「おお、怖い怖い」
大仰に驚きつつ、悟られないよう本物の様子を窺う。
「さよなら」
彼女はそう呟き、本物だけが嵌めた当主の証、銀の指輪に触れる。
「そいつはどうかな―――夢幻を吹き荒れる想いよ、我が手を通し嵐となれ!!」「えっ!?」
魔力とは違う感覚が扇子を伝い、風速数百メートルの竜巻となって現実化。おお、久し振りだが案外出来るもんだな。
「そんな!有り得ない、男が夢を使えるなんて……!!?」
龍を悉く呑まれ驚愕しつつも、天才は何とか次の一手を出そうとした。だが遅い。先に俺が彼女の腕を捕らえた。
「っ!!?放してっ!!!」
「あ、今見せた通り、俺に夢使いの術は通用しないよ。ついでに言えば戦闘経験値が違う上、今のお嬢ちゃんは冷静さを失っている。賢いから分かるよね?どう足掻いても無駄な状況ってのはさ」
尚も抵抗しようとするエミルへ、俺はそう告げた。勿論半分以上ハッタリ。確かに一見有利に見えるが彼女の打てる手は、それこそ物理攻撃を主として、幾らでもある。特に反対の手にある重い杖は、本気で振るえば立派な鈍器と化す。
「う、うう……!」
耳まで真っ赤にし、今にも泣き出しそうになって唸る。よし、堕ちたな。
「素直に言う事を聞いてくれるなら、何も危害は加えない。まずは幻影達を消してもらえる?」
「―――せば」
「ん?」
「殺せばいいでしょ!?子供でも知っているわ、殺人幇助は有罪って事ぐらい」自虐的な笑み。「しかも私の場合、犯罪者共の手伝いをするのはこれが初めてじゃない。叩けば幾らでも埃が出る。一生牢屋に閉じ込めておけるわよ。どう、嬉しい?」
つくづく餓鬼らしくないお嬢ちゃんだ。彼女を安心させるため、俺は弁解する。
「勘違いしないでくれ。俺はあくまで政府員、逮捕は警察の仕事だ。でも、どうしても補導して欲しいなら狂喜乱舞で悪戯するけど?」
「結構よ、このロリコン!!」
ボカッ!先端に嵌ったサファイアが脇腹にジャストミート。俺は苦鳴を上げて腕を外した。




