十九章 元同僚達
「にしても、真面目一本槍のお前までなぁ……こらいよいよ暁十字も衰退かいな。しもた」掌を額に当てる。「お前等のチームが抜ける分かってたら、俺残ってたのに」
「?」
「ほしたら、今頃アイシャの管轄は俺が……ああ、悔しい!」
成程。確かにフールは別チームにも関わらず、時々あの子の話し相手をしていた。年も近いし現状が気になるのだろう。
「いや、心配無い。アイシャは」ズボンのポケットを探り、パスポートの中に入れた家族写真を取り出す。「この通り元気だ」
差し出した瞬間、ブチッ。何かが切れる音が聞こえたような気がした。
「お、おい飛……この抱えてる赤ん坊、誰や?」
「アイシャと私の娘だ。そしてこれは彼女へのプレゼント」くまちゃんを示し、「今年で二歳になるが、幼い頃の母親とそっくりだろう?私と血が繋がっているとは思えない程快活な子だよ」
「娘……やと?」
「ああ。可愛いだろう?」親馬鹿だが、思わず自慢が口に出る。「もう一人前に喋って、近くの街にも歩いて行けるそうだ」
妻の電話では、誰にでも挨拶する極めて明るい子に育っているそうだ。近所の森の小動物も平気で触り、凡そ怖がると言う事を知らないらしい。きっとこのぬいぐるみも、娘は友人同然に扱ってくれるだろう。
「―――飛。他の連中は別目的やろうけど、お前は何でこの屋敷に来おったんや?」
「ああ。それは」
特に隠す必要も無い。私は鑑定依頼の件を話し、金剛石の時計の事を尋ねた。
「そいつならさっき寝室で見たわ。―――へえ、あの生意気な銀髪と狐公、あれが狙いなんか」
「ああ、どうしても必要らしい」
昨日の食堂やフィクス家での必死な様子からも、それは明らかだ。特にユアン君は随分思い詰めた目をしていた。私も何か力になれるといいのだが。
「って事はおちゃらけ黒髪だけか、政府の犬は。やっぱ悪い噂は広がるのが早い早い」
感心しつつ、何故か小猿の背中をポンポン叩く。
「ほーかほーか……なら、俺も遠慮は要らんな」
「?」
「行け、ガルム!」「キキィ!!」「何!?」
跳び掛かってきた猿の口がカッと開く。その暗闇から、暁十字の遺伝子操作に因って鋼鉄と化した長い舌が伸びた。
「飛、死にさらせや!!」
「っ!!」
慌てて凶器の軌道を避け、死体を盾に距離を取る。
シュッ、ガガガガッッ!!
舌先に接触したデスクは直径三センチ、死体と全く同じ形状の穴が開いた。まさか本当に彼が犯人だったとは!鋭い先端は側面を見事貫通し、しかも刃零れ一つ無かった。
「待てフール!元同僚の私達に戦う理由など」
「あぁ!?何言うてるんや、このすけこましロリコン野郎!」
わなわな震わせた拳を開き、壁際にあった飾り棚を開ける。金メッキの優良金融業者記念トロフィー(この状況に極めて矛盾する物証だ。異議あり!)をむんずと掴み、持ち主の目の前で堂々と窃盗する。
「実験体やぞ!!それもあんな純真可憐な子を!おんどれ、研究者として恥ずかしくないんか!!?」
「誤解だ。私はただアイシャの頼みを聞いて……」
罪悪感を刺激され、鈍い反論しか出来ない。それがまた彼の怒りに油を注いでしまう。
「お前みたいな仏頂面のサイボーグ野郎に……あぁ、くそう!ほんな間違いが起こるんやったら、あの時告っとったのに!!」
「何?フール、あの子の事が好きだったのか?」
「今頃気付いたんか、このアホんだら!しかも勝手に過去形にしくさってからに!!ますます赦せへん!!」
ブンッ!手にした鈍器を振り、舌を一旦仕舞ったパートナーに口笛で合図を出す。
「ブッ殺したれ、ガルム!!」
「キキィ!」
子猿は自らの頭上で手をベチベチ叩く。すると一本だった凶器が口内で真っ二つに分かれた。
(まるでB級ホラー映画のような光景だな……しかしどうする?)
腰のホルダーからマグナムを抜き、安全装置を外す。弾はポケットに予備が十数発。
(暗殺者になったとは言え、彼はアイシャの友人だ。無下に殺す訳にはいかない)
こんな事なら店主、ハーミットに麻酔銃でも借りてくれば良かった。
考えていても仕方ない。この部屋は大の男二人プラス猿が立ち回るには余りにも狭い。しかも遠距離攻撃の私には極めて不利な状況。一刻も早く戦いの舞台を移動しなければ!
そう考え、向かったのは入口のドア。銃口を蝶番へ構え、発砲。
バンッ!バンッ!!
鋼鉄製の両腕に強い反動が伝わり、生身の胴体が衝撃でビリビリ痺れた。耐久性は実験で保証されているものの、破断しないか時々不安になる。
銃弾が炸裂し、上下の留め金が周りの本体ごと綺麗に外れた。それでも尚不可思議な外部の力で扉は張り付いていたが、タックルすると外側へ勢い良く吹き飛んだ。
ガキィンッ!!
あ!そう言えば、この下にはユアン君達が……ま、まあここは異界だ。必ずしも現実世界の物理法則に沿ってはいないだろう。彼等は反射神経も良さそうだし、そうそう当たりは、
「待たんかい!!」「っ!!」
元同僚が背後から振り被ったトロフィーを避け、慌てて壁をよじ登る。私の人工腕はアルカツォネ並の腕力と、僅かな隙間でも掛けられ、体重を支えられる鋼鉄の指を標準装備している。どうにかそれを駆使して天井裏へ逃れ、素早く下方へ銃を構えた。
「キキィッ!」
先に飛び出してきたのは矢張り、身の軽いガルムだ。四本脚で器用に壁に張り付きながら伸ばしてきた舌へ照準を合わせ、発砲。
バンッ!バンッ!
流石は生まれた時からフールに調教されていただけの事はある。子猿は巧みに両手脚を使って銃弾を最小限の動きで回避し、とうとう私と同じ場まで登りつめた。
「キィッ!」
「止めるんだ二人共!私は君達を攻撃したくない!」
「何を今更甘っちょろい事を!」
相棒と同じぐらい軽快に上がってきた彼の顔面は、怒髪天を突いてトマトのように真っ赤だ。
「本気を出さんなら、お前をブチ殺してそのぬいぐるみ、俺がお嬢ちゃんに持っていったる!アイシャに相応しい男は俺や!!」
まさかここまで彼が嫉妬深かったとは……完全に計算外の事態だ。
動揺を抑えるため、空いた左手で背中のくまちゃんに触れる。ふかふかだ。これをあの子に贈るまで、私は死ねない。
心中で言い聞かせながら二度深呼吸をすると、動悸は大分鎮まった。―――良し、やれる。
撃った分の弾を籠め直し、私は改めて猛獣使い達と対峙した。




