十七章 悪党一味登場
「っ!?」
バッ!俺達三人は一斉に顔を頭上へ向ける。次の瞬間、器用にも角っこで両手両脚踏ん張った訪問販売の女と目が合った。屋敷の前ではスーツだったが、今はピッタリした全身黒タイツを着用している。グラマラスではないが、中々均整の取れたスタイルだ。普段から鍛えている姉ちゃんにも負けな……え?
「お、おいユアン」
「やっと気付いたか、性欲の権化が」
度を越した悪態も、今回ばかりは素直に受け入れざるを得ない。幾ら変身しているとは言え、二度も血の繋がった家族に気付かなかったのだから。
「へえ、えらく美人の蜘蛛だなー!巣は張っていないけど」
「君がアンドレ氏を殺したのか?とにかく降りて来るんだ。危害は加えない」
「―――そうね。見つかった以上、こうしていても意味が無いわ。ああ、疲れた」
リィの提案に実の母、二十八年前のニース・ミーヌは素直に頷き、タンッ!軽やかに降り立つ。その重力を感じさせないしなやかな動きは、現在に残してきた姉と瓜二つだ。
「一体何時から気付いていたの?」
「最初からに決まっているだろう、女狐。貴様、慌てて登ったせいでしばらく尻尾が垂れ下がっていたぞ?笑いを堪えるのにどれだけ必死だったか」
「マジで?俺全然気付かなかったぞ?」
「私もだ」
俺も勿論。けどあの百戦錬磨な母さんでも、若い頃はこんな凡ミスしたんだなあ。
しかしすぐカッとなる姉ちゃんとは違い、恐らくまだ独身であろう彼女は優雅に一礼した。その隣にちゃっかり偽パティシエが並ぶ。
「それは迂闊だったわ。でも大丈夫よ、どうせすぐに忘れてしまうから」
「え?」
「協力者の証文は?」
「バッチリここに。後はあいつからボスの分を取り返すだけや」
容姿に見合わない若い声と独特のイントネーションで説明し、真っ直ぐにユアンを指差す。
「たかが二人で何が出来る?こちらは四人。多勢に無勢だぞ」
「いいえ、三人よ。―――出て来なさいお嬢さん、お仕事よ」
「とっくにいるわ」
空間を切り裂いて現れた第三の敵は、まだ十代半ばの少女。栗色の髪と目を持ち、結構可愛らしい顔立ちだ。但し大人達とは違い無表情の上、不機嫌そうに唇を尖らせている。
大小数十個のサファイアを嵌め込んだ装飾の金の杖を構えた彼女は、心底つまらなそうに室内を見回す。無残な死体が視界に入っても、眉一つ動かさず。
「まだ運搬用バイパスは完成してないわ。何の用?」
「彼等を少しの間眠らせてもらえる?『現の夢』へ間違って入って来たみたいなの。しかも私の大事な借用書まで盗られて」
ウツツノ、ユメ?何じゃそりゃ?
「嫌。契約書にはそんな事書いてなかった」フィッ。「この空間の維持でかなり力を使っているの。それぐらい自分達で何とかして」
「そんな薄情な!お嬢ちゃん、考え直しておくれ」
哀れっぽく男が言うも、彼女は全く聞く耳を持たない。―――ここまでのやり取りで、一つだけ分かった事がある。このトリオ、俺達以上にチームワーク悪っ!
「おいおい、仲間割れか?―――じゃあ俺から一つ提案だけど、お姉さんがうちのユアンと決闘したらどう?負けた方が勝った方の言う事を何でも一つ聞くって条件で。あ、勿論命に関わる怪我は無しね」
軽くとんでもない案を出したジョウンは少女に向き直る。
「夢を分割する程度ならそう力も使わないし、規約違反にも当たらないだろ、お嬢ちゃん?」
「……まぁ、早く終わるなら何でもいいか」
呆れ顔で杖を軽く振る。途端、俺達の立っていた床が音も無く抜けた。
「わっ!!」「くっ!」
落下しながら見たのは信じられない光景だ。頭上には今までいた部屋『のみ』が浮いていて、周囲には極彩色の空間が何処までも続いている。所々に浮いた俺達よりも大きい色とりどりのシャボン玉は、覗き込むと一瞬俺達でない人間の顔が映った。
「ボサッとするなネイシェ!女狐も落ちて来ているぞ!!」
「分かってるよ!それより問題は何処まで落ちるのかだろ!?あと着地出来るか!!?」
コートの襟にしがみ付きどうにか分離は免れているが、かなりの落下スピードだ。これで下が普通の硬さだったら、まず間違い無く相棒は一巻の終わりだ。しかし俺は日頃の行いが良いから大丈夫だろう。
「心配無い。あの小娘、やる気も無いが殺す気も皆無だ。それに私はこの程度では死なん。普段から素行の悪いエロ狐はうっかり墜落死するかもしれんがな」
「あぁ!?喧嘩売ってんのか手前!!」
「フン。―――現の夢、か。ビトスの奴め、厄介な真似をしてくれたものだ」
「知り合いか?」
「小晶の友人だ。それだけ聞けば満足だろう?」
良く分かっていらっしゃる。
「あいつは一定区域を現実から遮断し、閉ざされた夢の空間で好き勝手出来る力の持ち主だ」
「??」
「部屋に入って、父が窓を開けようと四苦八苦していただろう?現の夢を展開した空間は、一部例外を除いてあらゆる侵入・脱出手段を封じる。外界からの刺激もな」
「ああ。だから作業の音が聞こえなくて、逆に銃声がしても誰も来なかったんだ」
「私達が扉を開けた時、恐らくまだ夢は完全には閉じていなかった。閉鎖されていれば、仮令ノブを銃弾で破壊しても決して開かなかった筈だからな。―――つくづく運が悪い事だ。性質の悪い疫病神が憑いているのかもしれん」
互いの視線が数秒間交わり、沈黙が降りる。
「後で覚えてろよ」
「そっちこそな。そら、どうやら終点に着いたみたいだぞ」
眼下に現れたのは、石柱の立ち並ぶ円形の舞台。おお!熱意の割に決闘のロケーションは中々じゃないか!
しかも気が利く事に、床の数メートル手前から不思議な上昇気流が起こり、落下速度がゆっくりになった。余裕で着地。
トンッ。「やれやれ、やっと到着か」「みたいね」
数秒遅れて母さんも数メートル右に着陸。気流で乱れた銀髪を直し、不敵に微笑む。
「さて、お膳立てもしてもらった事だし、早速始めましょうか」
「待て。まだ私が勝った時に何をさせるか発表していないぞ?」
「随分自信過剰な発言ね。伝統の秘密組織シルバーフォックスの長、このニース・ミーヌに勝てると思っているの?」
「そっちこそ(娘以上に)自意識過剰だな。―――アンドレ氏の所有するダイヤモンド製の置時計、知っているか?」
「ああ、奥のベッドルームにあったあれね。もし本物だとしたら、きっと天文学的な金額だわ」
「安心しろ、本物だ。生憎中身が無くて動かんがな。あれを屋敷の外まで運び出すのを手伝え。つまり」
「人払い?無欲な人ね、そんな事でいいの?確かに売れば高いでしょうけど、そこまで価値があるとは思えない……何だか興味が湧いて来たわ」
ブンッ!広げた両腕、その掌中がキラリと光る。
「ユアン避けろ!!」
警告の一瞬前に、相棒の爪先は床を勢い良く蹴り上げる。左に避けた残像を追って母の十八番、研ぎ澄まされたナイフが放たれた。
キンッ、キッ、キィンッ!
「流石お前等の母親だ。短所だけ見事に遺伝させおって!」
「母さんはあらゆる武器のエキスパートだ!多分まだまだ隠し玉を持っているぞ!」
対するこちらは剣と銃だけ。正面切って戦うには些か心許無い。
「チッ!だがあいつ等の援護は期待出来ん、とっとと取り押さえる!!」
言うなり腰の剣を抜き放ち、ユアンは戦闘開始を宣言した。




