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十六章 現場検証



 屋敷唯一の住人、アンドレ氏の私室。

 まず目に入ったのは正面の黒檀のデスクと、黒革張りの硬そうな椅子。そして―――こちらに向いたまま背凭れに寄り掛かり、額にピー玉大の穴を開けた男の死体だった。その両眼はカッ!と見開かれ、突然の事態への驚愕と加害者に対する復讐心に満ち満ちている。

「お、とうとうか」

「やった!は、早く証文を処分しないと!」

 興奮した菓子職人が大慌てで部屋の左側、キングサイズベッドの隣に据え付けられた金庫へ駆け寄る。色は黒。大きさは、畳んで押し込めば大人一人収められそうなぐらい。つまりそこそこデカい。お陰で部屋のインテリアのバランスが崩れていた。

「おい貴様。現場を荒らしてもいいのか?」

 一旦ドアを閉め、死体の傍へ行くジョウン達から離れ、俺とユアンは男の真後ろに立つ。

「五月蝿い!店を取り戻すチャンスは今しか無いんだ!!」

 叫んで金庫のダイヤル錠を闇雲に回すが、勿論運任せで開く筈も無い。余りの焦燥でマトモに思考が回っていないらしい。

「チッ!―――分かった。開けてやるから少し離れていろ」

 言うなりパティシエを突き飛ばし(乱暴者め!)、銃口をダイヤルへ向けた。


 バンッ!バンッ!!「ひゃっ!!」


 火花が飛び散り、施錠構造が破断する音が聞こえた。すかさず指紋対策に手袋を嵌め、分厚い耐火扉を開く。中には権利書やら借金の誓約書が、容量の半分程度入っていた。現金は他の所に隠してあるのか、紙幣一枚無し。チッ!

 ガサッ、ガサッ……。「何処だ、何処だ……」男は一心不乱に紙束を引っ掻き回し、捜索を開始する。

「おいユアン。発砲して大丈夫なのか?銃声を聞き付けて誰か来るんじゃ」

「その心配は恐らく無いよ」

 死体の後方に立ち、窓の施錠をガチャガチャしていたジョウンが言った。その隣ではリィが、不本意に開いた空洞を鑑定用ルーペで観察している。前職は医者でもしていたのか、このオッサン?

「どう言う意味だ?」

「んー、まだ確定的ではないけど、現に足音一つしていないだろう?多少騒いでも問題無いって事」

 確かに人間より数倍良い赤狐の耳が、不気味なぐらい音を拾っていない。……え?ちょっと待て。屋敷の外では大勢の職人が働いているんだぞ?この部屋、防音仕様なのか?

「成程。それより何か分かったか、骨董屋?」

 言いつつ何故か債務者の隣に屈み込み、例の鋭い目付きで書類を検め始める相棒。手伝い、じゃないよな?大体俺等、彼の名前さえ知らないし。一体どう言う風の吹き回しだ?

「ああ、どうやら凶器は銃ではないようだ。後頭部から射出された筈の銃弾が何処にも残っていないし、傷口周辺に特有の火傷も見当たらない」

「なら何だ?」

「傷口の直径は凡そ三センチ。長さは」手杓子で頭部を測る。「最低三十センチはあるだろう。但し刃物ではない。傷はほぼ完全な円形だ」

「つまり針状の物、か。他に外傷は?」

「特には見当たらないな」

 答えつつ、彼は何故か顎に手を当てて仏さんを見つめる。何か気になる事があるようだ。

「けど、部屋の中にそれらしいブツは落ちていない。犯人が持ち去ったのかな?」

「いや。そいつが殺されてから殆ど時間は経っていない筈だ。何せ部屋に飛び込んだ時点で、まだ頬が微かに痙攣していたからな」

 あの一瞬でそれが見えたのか!流石は我が相棒!!

「確かに、遺体はまだほぼ平熱だ。凄い観察眼だな」

 リィに褒められ、軽く顎を上げる。

「って事は犯人は俺達の前に部屋に入り、犯行後素早く出て行った訳か」

「いや、それも違う」

「え?」

「見つけた。―――成程。矢張りそう言う事か」

「あ、ちょっと!?」

 何時の間にか選り分けていた数枚の書類を手に、奴はサッと立ち上がる。それから天井を一瞥後、嘆息。

「余計に抜いて、もし後で気付かれたらどうするつもりですか!?早く戻して下さい!!」

 怒ったパティシエが引っ手繰ろうと腕を伸ばすが、勿論トレジャーハンターが一度手にした物を奪わせる筈が無い。一歩身を引いて難無く避け、空振りした男はそのまま勢いで床に転がった。

「債権者は今そこでくたばっているぞ。貴様、一体誰にバレるとぬかすつもりだ?」

 反論しながら書類束を丸め、コートのポケットへ無造作に突っ込む。

「返せ!!」

「聞き捨てならん台詞だな。お前の証文は既にあるだろう?なのに何故赤の他人の物まで欲しがる?」

 成程、確かにそうだ。取り返したならさっさと逃げればいい。ここにいては良い事が無い所か、下手したらこの怪しい一味の仲間(但しプリティ赤狐一匹を除く)として捕縛され、殺人幇助の濡れ衣を着せられかねないもんな。

「あ、いえ……私の説明が足りず済みません。実はあなたの持っている書類は、私の知人の物なのです。彼女も奴に唆され、不当な借金で困っているんです。どうか返して頂けないでしょうか?」

「貴様、嘘は良くないと学校で習わなかったのか?」

 懇願を鼻を鳴らして一蹴した後、遂に決定的な一言を放った。


「お前と、天井に無様に張り付いたあいつの本当の目的はこいつだろう、偽者?」




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