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十四章 出発



 翌朝。


「じゃあ行って来るよ、二人共」「ええ」「いってらっしゃいパパ!!」


 母娘に見送られ、俺達三人はフィクス家を後にした。つまり眠ったら元の世界に戻っていた、なんて御都合主義の夢オチは残念ながら回避された訳だ。

 目的地へ向かいつつ、おいジョウン、唐突にユアンが口を開く。

「ん、何だ?」

「昨夜奥方が貴様を心配していたぞ。個人的には時間と労力の無駄だとしか思えんが、身重の女の言葉だからな。一応伝えておく」

「言い方が率直過ぎるわ!」

 バンッ!反射的に後頭部へ蹴りを一発入れた俺に対し、珍しく奴も反省したようだ。済まん、小さく頭を下げて謝る。

「ああ、別に気にしてないからいいよ……そうか、まだ分かるぐらいには落ち込んでるんだな」

 嘆息。

「公僕は辛いよね。仮令自分が正しいと思っても、宇宙の秩序的に間違ってたらそっちに合わせにゃならん。そう思わないか、ユアン?」

「さあな。だが……政府が時に愚かで無能と言う事には同意する」

「なーる。よく御存知だ」

 広げた扇子には鮮やかな蒼の朝顔。風雅な事で。

「けど辞めたら辞めたで面倒そうなんだよなー。元神童だからってあちこちからスカウトが来まくっても困るし、一生エルの監視付きってのもなあ」

「自惚れだ。昼行灯にそこまで価値を求める奴がいるものか」

「言うねえ。しかも的を射ている」

 失礼な物言いにも、父親は朗らかに笑って返した。

「辞めたいの、ジョウンは?」

「全然。生活費の事も当然あるが、何より誰かの下ってのはえらく気楽だからな!どれだけ暴れても責任は全部上司持ち!おまけに三食おやつ昼寝付きの職場なんてそうそう無いだろ?」

 ずるっ!心配した俺達が馬鹿だった。

「フン」

 鼻を鳴らしつつ、それでも息子は何処か安堵の表情を浮かべた。



 数十分後。骨董屋リィとの待ち合わせ場所、アンドレ邸前へ無事到着。週に一度しかない屋敷解放の日とあって、玄関前には既に何組か業者の姿があった。俺達以外は全員、手に重そうな仕事道具を担いでいる。

「植木屋に窓掃除、向こうのデカい保冷バッグのお姉さんは何だろ?」

「多分高級食品の訪問販売だろうな。似たような鞄を持った奴が家に来た事ある」

 ジョウンが答える。そりゃまぁ、広い庭付きの御立派な一軒家ですから。

(ん……?あれ、でもあの女、最近何処かで見た事あるような……)一体何度目のデジャヴだよ、俺。

 着ているのは、カッチリ肩パットの入った黒のスーツ。長い銀髪は纏めて肩へ流しているため、白くスベスベの項が覗いている。真っ直ぐ屋敷を見つめる横顔を確認したが、いまいち思い出せない。

「なあユアン。あの女なんだけど」

 こんな事で頼るのは癪だが、相棒の記憶力の良さには何度も助けられた。案の定肩を竦め、鬱陶しげに溜息を吐く。

「やっぱり知ってる奴か。誰だ?」

「阿呆が。それぐらい自分で思い出せ」

 うーむ。俺とこいつの共通の知り合いで女性と言うと、そう多くはない筈だが……駄目だ。サッパリ思い付かない。

 諦めて閉ざされた玄関へ視線を移す。扉の右側には執事らしき初老の男性が立ち、腕時計で時間を確認している。


「遅くなって済まない」


 待ち兼ねた低音ボイスに振り返り、俺達は軽く目を見張った。

 リィは昨日とほぼ一緒の服装に革鞄と言う出で立ちで現れた、ある一点を除いては。

「や、やあリィ君。随分可愛くなったね……」

 お調子者のジョウンでさえ、布紐で逞しい背中に負われた娘の元お友達に若干引く。

「どうしたの、それ?」

「いや。昨日妻に電話でこれを送ると言ったら、是非私の体臭を付けてきて欲しいと頼まれてしまってな」照れからか頭をポリポリ掻く。「聞くとあの子にとって小さい頃からの安眠剤らしく、無下に断るのもどうかと思ってな。済まないが今日一日、見て見ぬ振りをしてくれ」

 小さい頃?娘さんはまだ充分幼児の筈だが、引っ掛かる言い回しだな。

「なら仕方ないね」

「お前も大概苦労性だな。―――私達は別に構わん。きちんと仕事さえしてくれれば文句は無い」

「そう言ってもらえると助かる。ありがとう」

 了解を得、彼は胸を撫で下ろす。

「それより店主さんは?やっぱり来られなさそうなの?」

「ああ、昨晩から急に熱が上がってな。だが心配無い、今は小康状態を保っているよ。薬が効いて眠っている」

「そうか」顎を上げる。「まあ大丈夫だ、奴はまだまだ死なん」

「大袈裟だな、ユアン君は」クスッ。「と言う訳で三人共、昨日話した手筈通り頼む」

「OK」

 俺が短い親指を立てると、大男も無言で同じ動作を返してくれた。お!意外とノリがいい人なんだな。うちのユアンも見習って欲しいもんだぜ。


「お、そろそろ開けてくれるみたいだぞ?」


 ジョウンの呟きに、俺達は一斉に正面を向く。一礼した執事が暗褐色をした両開きドアの取っ手に手を掛け、ゆっくり内部へと押し開いた。




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