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十三章 奇跡のチャリティーショー



「ところでライブは楽しめたのか?」

「ああ、勿論」

 瞼を閉じ二時間前の龍商会ビル、そのロビーで繰り広げられた光景を思い出す。病を乗り越え成長した鮮烈な二つのテノールと、歌声に寄り添う温かなピアノ演奏。それらが奏でるハーモニーを聞くため集まった大観衆。そして、主役三人の満面の笑顔を。

「そう言えば前座を君の友達が務めていたよ。ほら、あの猿回しの」

「フールが?」

「ああ。前会った子の子供かな?火の輪潜りをさせたり、投げナイフで的を射抜いたりさせてた。中々面白い見世物だったよ。随分お捻りも稼いだみたいだ」

 俺も二組へ、コンビニで使えるコーヒーのタダ券を人数分寄付してきた。金は……うん。俺、実は給料日前なんだ。

「そうか。なら近い内に顔を見せに来るかもな」

 奥の簡易キッチンで淹れた茶を啜る親友は、そう言ってはにかむ。

「今度は湯呑みの一つでも買ってくれるといいんだが」

「そりゃ、リィ君の店の物は殆ど万単位だからね。俺達みたいな庶民はそうそう買えないって」

「まあな。だからいつも娘や私達と散々話だけして帰っていく。うちは冷やかし禁止だと何度も言っているんだが」

 白髪混じりの頭を掻く。

「ところで、会場でエル君には会ったか?彼も今日、一番下の息子さんと聴きに行っているらしいんだが」

「ああ、吃驚した!俺、こう見えて勤務中なんだよ」

 畳の上をゴロゴロ。

「それこそ普段通りじゃないか」クスッ。「付き合いが長いんだ。エル君も君のサボり癖は重々承知している」

「いやいやリィ君!俺は過去の事件関係者の様子を見に行ったんだぞ。立派な仕事だよ」

「そうだな」

 苦笑を聞きつつ、瞼を閉じて再度回想を始めた。




『やあ、久し振りだね』

 俺の呼び掛けに、行列の前にいた四十代の夫婦が振り返る。

『あなたは、父の時の……』感慨深げに呟き、高等部時代より若干薄くなった頭を下げた。『その節は大変お世話になりました』

『止してくれよ壬堂君。ここにいるって事は、君も三人のライブを見に?』

『はい。「あいつ」からあの時の部員全員に連絡があって、それで』

『「OBでも募金だけはちゃんとしていけ」だなんて、如何にもあの子らしいわ』

『全くだ』

 言いつつ彼はポケットから一枚の紙片、手作り感満点の割引券を差し出した。

『うちのバー、最近改装オープンしたんです。良ければ今度立ち寄って下さい』

『ありがと。是非』苦笑。『不肖の息子達でも連れて行かせてもらうよ』

 三人でそんな風に話していると、済みません!ちょっと通して下さいー!!俺達の列の真横を、三脚やカメラを抱えたセーラー服の学生達が駆け抜けていった。

『うちの学園の新聞部ですよ。にしても元気だなあ。俺達の在学中は殆ど幽霊部だったのに』

『記事があるだけで大分モチベーションが違うんでしょうね。それに皆が読んでくれる話題だし』

『それもそうか』

 開場時間になり、一斉に列が動き始める。先にスペースを確保していた同級生と合流した壬堂夫婦と別れ、俺は特設ステージの正面へ。真ん前では先程の学生達、はるばる“赤の星”ラブレからやって来た新聞部がいた。撮影準備をし、主役達の登場を今か今かと待つ。そして、


 ビルを揺るがす歓声と共に三人組の声楽グループ、『カーネッティア』が登場した。


 黒いタキシードのポケットに、トレードマークの白いカーネーションを挿したリーダー。第一テノール担当のハイネ・レイテッド、旧姓レヴィアタ君が一歩前に出て一礼する。

『まさか、こんなに大勢の人達が僕等の歌を聴きに来てくれたなんて……感無量です。今日は精一杯歌わせてもらうので、宜しければ最後までお付き合い下さい』

 そう挨拶すると、右隣にいたプラチナヘアの女性にマイクを渡す。まだ二十代に見えるハイネ君と母親程も年の離れた妻、キュクロス・レイテッド元教師は両手で受け取って口元へ。

『私も吃驚です。あ、そうだ!来年CDアルバムを出すので、良ければ買ってみて下さい。良い気分転換になると思います、以上!はい、ロウ君パス!!』

 最後に回ってきたマイクを渋々握る、四十代半ばの第二テノール。その瞬間、新聞部のカメラのフラッシュが一斉に焚かれた。


『理事長先生、こっち向いてー!』

『明日の一面なので、お三方共笑顔でお願いしますー!』


 生徒達の要望に、ラブレ中央学園の最高責任者は満面の笑顔でVサイン。その左手の薬指には二人と同じ、金色のリングが燦然と輝いていた。

『おい客共。聞き惚れるのはいいが、帰りにちゃんと寄付していけよ?俺達の歌はタダじゃねえんだからな』

 〆の挑発的な言葉にも慣れたファン達は、はーい!と明るく返事した。

『理事長先生ー!今日で禁欲生活何日目ですかー!?』

 生徒のフリして質問した俺を見、テノール二人がギョッ!となる。

『ジョウンさん!見に来てまでわざわざそんな質問しないで下さいよ!?おい、答えなくて』

『四日!こいつと来たらライブに響くって触らせてもくれねえんだよ!』

 グイッ!『ぎゃっ!止めろ!!』背後から頭一つ分小さい、十数年時の止まっていたリーダーを強引に抱き締める。

『ああもう、ヤらなさ過ぎて童貞に戻っちまいそうだ!』

『毎回毎回公衆の面前で何言ってんだ、このド変態!色情地獄に堕ちろ!!あと触るな!』

 腕ずくでマイクを取り戻し、ついでに鳩尾へ一撃。痛がるメンバーを尻目に、ピアノの前でスタンバイしていた先生に合図を送った。




『来てくれたんですね、ジョウンさん』『勿論』


 ライブが終わり、俺は彼等に呼ばれてステージの上へ。病が完治した後も逞しい右手を握り、再会を喜び合う。実年齢は一回り、見た目は二回り以上年の離れた若夫のそんな姿を見て、元教師のピアノ兼ソプラノ担当者が微笑む。そしてその後ろには、如何にも早く帰りたそうな理事長先生。

『素晴らしい歌だったよ。これからも三人で良い曲を作っていってくれ』

『はい。ジョウンさんも、また是非ライブに来て下さい。出来れば今度はきちんと休暇を取って―――ですよね、エルシェンカさん?』

 振り返った聴衆の中。半顔が青紫色をした副聖王は、黒いサングラスを掛けた次男坊を抱えて大きく頷いた。

『全くその通りだ。あ、ちょっと済みません』

 人混みを掻き分け、特設ステージの上へ。

『ほら、かなで。カーネッティアさん達だよ』

 その呼び掛けに、先天的盲目の幼児はやや方向を外して腕を伸ばす。その細い手首を父親が軌道修正した。

『こんにちは。まいにちCDきいています。おあいできてとてもうれしいです』 

『え、本当に?ありがとう!』

『へえ、中々見込みのある餓鬼だな』

 憧れの三人と握手し、幼いファンはサングラスの奥にある瞳を輝かせながらモジモジ。両親や上の二人と違い、この末っ子は見た目通り恥ずかしがり屋で大人しい。将来苦労しないといいけど。

『奏は絶対音感の持ち主で、三人の出している曲を全部演奏出来るんだ』

『凄い!随分練習したでしょう?頑張り屋さんね。将来は音楽家に?』

『さあね。それは本人が決める事だから』

 上司がそう締め括ると、待ってましたとばかりにアンコールの大合唱が響き渡った。

 結局新譜を含めた二曲が急遽演奏され、チャリティーライブは無事閉幕した。彼等の次の活躍の舞台は年末、新しく建て替えられたシャバムの音楽ホールだ。会場は広いので、きっと今日の数倍の動員数になるだろう。


『あー、やっと終わった!早く帰ってベッドに直行しようぜ』

『いい加減にしろ!僕は大迷惑だって言っているんだ!!』

『まあまあハイネ君。結婚指輪を交換した仲なんだし、私の分も頑張って』

『キュー先生まで何言ってるんですか!?』


 仲睦まじい三人を眺めていると、何時の間にか隣には壬堂夫妻が。

『あんなだけどロウ君、天才的手腕で先代の数倍学園を大きくして、無駄に宇宙の富豪ベストテンに入ってるんだよなあ。だから自分がシンデレラボーイだって、気付いてないのかなハイネ君は』

『でも週四回の男だわ』くすっ。『私達は精々年一かしら、恵?ちょっと羨ましいかも』

『感化されるなって。俺達、もうそんな年じゃ……まあ偶には、な』

 おやおや、お熱い事で。そんじゃま、結婚三十年目を越えた俺はそろそろ行きますか。



(本当、ハイネ君を助けられて良かった……)

 これで少しは『ホーム』に、俺が植えた同名の樹の下に眠る彼女にも顔向け出来そうだ。

 寝転がっている離れは目の前に高い塀があり、十月ともなると四時以降は陽の光が入らなくなってしまう。残暑も去り、掛ける物無しで寝るには些か寒い。タイムリミットはあと、ざっと一時間半って所か。

「もう一眠りしたら帰るよ。ふぁ」

「君は相変わらずだな」

 寝返りを打ち、本格的午睡に突入。隣から親友の苦笑が聞こえた。




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