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アリアとクレア

20


「シルバードッグに襲われただって!?」


「うん」


 ジェラルドの驚きにクッキーを頬張りながら返事をするベル。

 シルヴァニア邸の中庭の噴水には二人の他にアリアも居て。山盛りのクッキーの詰まったバスケットを抱えてニコニコと笑っている。


「砦の兵士の人達が倒してくれたんだけどね」


「……ふ。まあ俺様だったら一人でも倒せただろうね」


「そうだね」


 口では虚勢を張るジェラルドだったが、その脚はガタガタと震えて落ち着きない。


「残念だなー。外に出る事が出来れば、俺様の剣技をみせてやるのに」


「それは残念だ」


 ベルはジェラルドの話しを聞いて普通に返事をしているのだが。それがジェラルドにとって見下されているように感じた様で。ジェラルドはパンパンな顔を更に膨らませて真っ赤になる。


「ベル!俺様を馬鹿にするなよ!」


「?馬鹿に?してないよ?」


「うるさい黙れ黙れ黙れぇぇぇぇ!!」


 とジェラルドは叫ぶ様に何処かへ走って行った。


 残されたベルとアリアは顔を見合わせて、「どうしたのかな?」と首を傾げる。


 暫くしてジェラルドが真っ赤な顔で駆け寄ってきた。なぜか背中に剣を担いでいる。


「ふふふ。ふしゅ。これは我が家に代々伝わる宝剣、その名も『竜殺し(ドラメルク)』だ!その昔曾曾曾曾……えっと……とにかく!偉大なあのアークリュース王と共にドラゴンを倒したとされる御先祖様の剣だ!」


 胸を張り鼻高々に語るジェラルドに対し温度差の低いベルは「?へえーすごいなぁ」とよくわかってないようであった。


「でも、剣が凄くてもジェラルド様が凄いわけじゃ……」


「……」


「……」


 アリアの間の抜けた質問が三人の間に微妙な空気を作る。


「ジェラルド様!そろそろお勉強の時間ですよ!」


 そこへタイミング良くエレノアがやってきてジェラルドを捕まえていく。


「ベルハルトさんも平民なのですから安易に遊びに来られては困ります!アリアはいつまでサボっているの!早く仕事に戻りなさい!」


「「ごめんなさい」」


 ジェラルドは引きずられながらベルに指を指して「いつか俺様のが強い事を認めさせてやるからな!覚えていろ!」と負け犬の遠吠えの如き捨て台詞を吐いて去って行った。


「ベルさん!よかったらあの……私達の宿舎に来ませんか?まだまだお菓子がいっばいありますし」

 恥ずかしそうに俯き加減で言うアリアにベルは「お菓子が?行く!」と興味を示し、二人は給仕達が寝泊まりする宿舎へ移動した。



「俺の方が強い……。エレノア。俺はシルバードッグに勝てるか?」


「……。勝てますとも、偉大な御先祖様はドラゴンにだって勝ったのですから。もちろんキチンと鍛錬を怠らなければですが」


 エレノアは涙するジェラルドを見ない様に強く手を握った。



 給仕達の宿舎裏の洗濯場にて、アリアよりも年上のお姉さん方に囲まれているベルが居た。


「この子がアリアの言ってた?」

「私の見立てでは育て方次第でなかなか……」

「かーわいい!ほらなんか俯いちゃってるよ!」

「ちょっとーやめなさいよー困ってるでしょー」

「天は二物を与えないモノよね……あの豚がこれくらいの顔なら」

「豚って!!これは給仕長に言わなきゃだわ!」

「こらぁ」


 ベルはお菓子につられて来たのだが、なぜこんなに囲まれて観察されているのか理解に苦しんだ。


「やめてください!」


 そう叫んだのはアリアだった。お菓子の箱と鳥籠を持ったアリアは大きな声でベルの周りを包囲するメイド達をけちらす。


「あらー怒られちゃったー」

「お姉様ダメですよ!あの子本気ですから!」

「愛はいかな障害も打ち破れるのね」

「邪魔者は退散しましょ」

「そう、それが愛ぃー」


 取り巻きのメイド達は風で揺れる洗濯物のシーツの様に軽やかな足取りで踊るように去って行った。


「もう!」


 アリアは頬を膨らませ、先輩のメイド達の行き先を見つめる。


「お姉様!そこの壁から見てるのわかってるんですよ!」


 アリアがそう言うと「あらやだ」「見つかっちゃった」だのと話し声が聞こえて、今度こそ帰っていった。


「隣良いですか?」


「どうぞ」


 二人は宿舎裏の石段で腰を降ろした。


「これがクリの砂糖漬けでこっちはレーズンの入った蒸しパンケーキです」


「わ、スゴい」


 ベルは現世では甘いお菓子など到底食べられなかったので興奮し、それらを満面の笑みで口へ運ぶ。


 それを見てアリアも嬉しそうに笑う。


「この鳥は何て言う鳥なの?」


 ふいにアリアが持ってきた鳥籠に目がいったベルはお菓子を頬張りながら聞いた。


「これはブルーウィッシュと言う青い鳥です。名前はアリーです」


「アリーか。あれ?ケガしてるの?」


「……はい」


 ベルは鳥籠の隙間から指を差し入れてアリーの青い翼をなぞる。


「それで、そのぅ……さっき魔法が使えるって」


「うん」


「この子をなおしてほしいんです」


「うんうん。え?僕が?」


「はい」


 ベルは困ってしまった。確かにカナリアから魔法の使い方を習ったのだが。全く才能が無いと逆に太鼓判を押されてしまっていたので治せるかどうか不安だった。


「やってみるけど……僕は才能が無いから治らないと思うよ?」


 アリアは「それでもいい」と頷くので、ベルは目を閉じて身体の中心から掌に魔力を引っ張る努力をする。そして掌をアリーにかざす。


「ヒール!」


 若干それとは違う空気が流れたが、やはりアリーには変化がない。


「ごめん」


 アリアは首を横に振って落ち込むベルを励ます。


「あ!そうだ!アリアがやってみれば良い!」


「え?私が?」


「うん。ヒール自体はコツさえ掴めばほとんど誰でも出来るらしいから」


「……お願いしますね。ベル先生」


 先生と言う響きになんだかこっぱずかしい気分になったが、嫌ではないので「ではまず……」と先生っぽくと言うかカナリアっぽく説明を始めたベル。


「次に僕の掌に両手を重ねてください」


「はい」


 アリアの両手から伝わってくる体温にベルはどうも所在ない気持ちになったが、そこは先生として集中し直してアリアの中から魔力を引っ張る作業を始めた。


「あ、先生!何か感じます!」


「わかるの?これ?あ、ここか?」


「ああ、くすぐったいです!」


「これかな?」


「ああ……」


「もう少しだからガマンして」


「はい」


 この時、二人の背後のドアの真裏では先程のメイド達が聞き耳を立てていた。


「(ちょっとー!ね!なにやってるの!二人で!)」

「(静かにしなさいよ!聞こえないじゃない!)」

「(そんないけません!お姉様!)」

「(妄想はやめなさいよ!)」

「(あーもーうるさい!)」

「(私今スゴい壁殴りたいわ)」

「(ダメですお姉様!もう殴る壁がありませんわ!)」

「(お姉様!よければその怒りをわたくししめに!)」

「(服をはだけさせるな!服を!)」


 などと言った勘違いを受けていたことは二人は知らない。



「繋がったよ」


「あ……なんか変な感じ」


「そうしたら、お腹に力を入れてこう、内側に集めるイメージで……」

 その時、背後のドアが「ドカン」と開き雪崩込むメイド達。きゃあきゃあと再び、何事もなかったように、慌てて戻るメイド達。


「なんだ?」


「なんでしょう……?」


 仕切り直してアリアは小鳥のアリーに手をかざす。


「ヒール!」


 するとアリーの翼はみるみる、艶のある美しいエメラルドグリーンに変化していった。


「すごい!」


 と言ったと同時にへこむベル。まさかたった一回で成功してしまうとは思わなかったので相当ベルはへこんだ。


 アリアは特に疲れた様子も無く、「えへへ」と元気になったアリーに喜んでいる。


「ベル先生。ありがとう!」


「いや、はは」


 するとアリアは鳥籠の扉を開いてアリーを掴む。


「逃がすの?」


「はい。やっぱりこんな狭い檻の中じゃ苦しいですから」


 ベルはそんなアリアの横顔を見とれていた。飛び立つアリーを見送る事も忘れて。

 ベルはなんだか似ていると思った。自分が死ぬ前に病院で出会った少女と。姿形は違うけど、きっとアリアも自分とは違い、魂の綺麗な子なのだろうと。きっとその形も丸く優しい形をしているに違いないと。

 この時からだろう、ベルの中にアリアと言う大事にしたい存在が生まれたのは。それは使命感にも似たベルにとって初めての恋。な

のかもしれない───。


21



 ベルは溜め息をついたかと思うと、またボンヤリと頬杖を付き、スープをスプーンでかき混ぜる。

 そんな事を始めてかれこれ十数分。とっくにスープは冷めてしまっている。


「ハァ……」


「悩み事かな?ベル。こう言う時はお兄さんに話してみるのも手だぞ?」


 突如ベルの目の前に夕食のプレートを置いて座る。チャラくて自称英雄になる男アレックスである。


「わかるぞ。女だな?」


「え!ちち違うよ!」


「お?勘で言ったら当たったか。今日は冴えてるな」


「ほっといてよ!」


「まあまあ、慌てんなよ。オレは口は固いぜ?ほら話してみろよ?」


「信用できません!」


 ベルはそっぽ向いてパンを口に運ぶ。アレックスはやれやれと、ミートボールをフォークで刺す。


「いいよ話さなくても。ただ聞いてくれ。いいか?女の心は移り気だ。誰かにかっさらわれて手がだせなくなっちまう事がある。だからな気持ちを伝えるなら直ぐにだ。わかるか?断られたら初めからチャンスがなかったって諦めもつくが、伝えなきゃ後悔しかのこらねぇ。そうだろ?」


「僕は……そう言うんじゃないから」


「ん?いつか結婚したいとかじゃないのか?」


「えっと、結婚はしなくていいけど。ただその人に幸せになって欲しいだけで」 


「ふーんそっかぁ……良いヤツだなベルは」


 アレックスはなぜか昔を思い出すように、とても優しい目で横に流した。


「だったら、守ってやれよ?命にかえてもさ!オレみたいに逃げるなよ?」


「オレみたいに?」


「あ、いや。なんでもねーよ忘れてくれ」


「聞かせてください」


「もう少しベルが大人になったら教えてやるよ」


「ズルいです!」


「そうそうズルいんだよ大人ってのは」


 ケラケラと笑うアレックスにベルはなんだか深い悲しみの様なものを感じた。



「アナタ馬鹿ですか?そんな地図にどんな信憑性があるんですか?子供の落書きじゃないですか!」

「そう言うお前みてーな、頭硬いヤツは一生お宝なんて手に入れるのは無理さ。俺ら冒険者は少しの可能性を求めて突き進むモンだろ?」

「だから可能性が一ミクロンも無いってんですよ!この馬鹿!」

「馬鹿馬鹿うるせーな!小枝みたいな背骨へし折るぞ!ゴルァ!」


 そんなとき入口からコチラヘ歩きながら口論する、ガンドロフとルーディ。


「おかえりー良いネタ(仕事)でもあったかい?」


 アレックスが二人に向かって、テーブルに肘をついたままフォークをプラプラさせながら聞いた。


「フフフ。今回はな『竜血草』の場所を記した地図を手に入れた!」


 ガンドロフが自信満々に地図を広げて見せる。


「ん?場所はアリシア村から南東の森。『迷いの森』か?」


「ちょっとまってください!竜血草だって!?」


「おお、おう」


 予想外のベルの食いつきにたじろぐガンドロフ。その勢いにアレックスとルーディも目を丸くする。


「もし!それが本当なら!僕も!連れてってください!」


「まあまてよ。ベル。お前どうしてそんなに竜血草が欲しいんだ?」


「それは……」


 ベルは三人にクレアの病気の事を話して、どうにか治してあげたいと必死に訴えた。


「ふーむ。私としては反対ですね。噂では竜血草は深夜の月明かりでしか花が咲かず。採取するにも夜間に森に入らなければなりません。第一私達三人でも『迷いの森』に入るのは危ういと言うのにこれ以上足手まといを増やしては」


「でたよ雑学王」


「雑学とは失礼な!れっきとした知識です!」


「普段役にたたねーじゃねーか!」


 二人が互いの胸ぐらをつかみ合っている時。アレックスはと言うと、なぜか号泣していた。


「い゛い゛や゛つ゛だな゛あああベルは゛」


 ルーディとガンドロフも胸ぐらをつかみ合いながら、アレックスを凝視する。


「ベルの気持ちはよくわかった。だが連れて行く事は出来ない。ただ、見つけたら必ず届けると約束しよう」


「ちょっとまてよアレックス!竜血草っていったら売ればそりゃあ大金持ちになれるんだぞ!」


「ガンドロフ君、そう言うのを『捕らぬ魔物の皮算用』と言ってだね」


「うるせーよルーディ!」


「(ベル、約束だ。見つけたら絶対に渡す。だから一人で森に入らないと約束してくれ)」


 ベルは小声で話すアレックスに静かに頷いた。




22



ベルが自宅に帰ると、ラルゴが水桶を抱えて、あたふたしている。


「どうしたんですか!?」


「ああ!ベルか!えーと、ちょっとクレアの体調が悪くなって高熱が治まらないんだ」


「え!?」


「悪いがマーシアさんを呼んできてくれるか?頼む!」


「はい!」



 暫くしてマーシアが飛んで来て、真夜中過ぎにようやくクレアの熱が下がり。三人はホッと胸を撫で下ろした。

 そんな時ポツリとマーシアが二人に呟いた。


「だんだん弱くなってる。このままだと危ないかもしれないね」


「……」


 ラルゴもベルも一言も発する事が出来ないでいた。


 マーシアがとりあえず今晩は私が付き添うと、クレアの部屋に籠もる。


 その間もラルゴとベルはただ無言でダイニングのテーブルで座り続けた。





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