収穫祭:前編
23
秋。この時期だけは農家以外の人々も本来の仕事を離れて、鎌を持ち収穫を手伝う決まりになっている。皇都への税を納めた後、収穫量に応じて各家庭へ冬を越すための食料を分けてもらえるからだ。
アリシア村の人々が広大な小麦畑で収穫に励む、どの村人も収穫の喜びに大変な作業も忘れて笑顔を隠せないでいる。「ヴァーティリア様のおかげだな」「今年も豊作で収穫祭は豪華になるだ」などと会話している。
その中、ベルも額に汗して小麦を刈っているが終始浮かない顔で黙々と作業を続けていた。ラルゴは小麦の束を肩に担ぎ上げながらそんなベルの頭をこねる。
「きっとよくなる。今年だってこんなに豊作なんだ。きっとヴァーティリア様の加護がこの地にある証拠さ」
「はい」
24
「今年も豊作でございます奥様」
「そのようだ」
シルヴァニア邸の執務室から小麦畑を眺めていたクロエは、皇都へ送る税で頭を悩ませずに済むと安堵したようであった。
「今年の収穫祭は屋敷の前庭を解放し、豪華にし領民達を労うがよい。特にノルニル村からの人々には気を配れ」
「はい、承知いたしました。収穫祭の一週間後に皇都にて晩餐会と舞踏会がございますが此方は」
「無論出る。そろそろジェラルドにも社交界になれさせねばならんしな。そうだな、ジェラルドの式典用の服を用意させておけ」
「はい。承知いたしました。御紅茶です」
「ん」
クロエは窓辺のテーブルに座り、紅茶の入ったカップに口をつける。
税の事で肩の荷が降りたと思ったら、今度は晩餐会にてジェラルドをアークリュース皇への紹介。さてどうしたものか。と再び考え込むクロエであった。
25
収穫祭まで一週間を切り、村はにわかにお祭りムード一色である。
マーシアの宿屋の食堂でも例に外れず、みな楽しみな空気を抑えられないようだ。
しかしその中の一つのテーブルに座る四人は異様な空気を漂わせていた。
テーブルに広げられた地図には細かく『×』の印が沢山かかれている。
「やっぱガセだったんじゃねーの?」
「は?そもそも君が持ってきた地図だろう?その君がそれを言うの?」
「まあまてよ、まだ再奥まで踏み込んでないわけで竜血草が無いとは言いきれないさ」
収穫祭間近だと言うのに三バカの空気は重く、どこか疲れた容姿であった。
ベルは地図を見ながら、『×』の位置と魔物の生息域を頭に叩き込んでいた。
「ベル。俺達がやるから。お前は絶対に森に入ろうとするなよ?」
「うん。わかってるよ」
そう答えるベルを見てアレックスは不安感を拭えなかったが、実際なんの成果も挙げられない自分達が偉そうにベルに言い聞かせる事が出来ないとも思った。
26
ベルは最近ボンヤリとする事が多くなった。隣りのアリアが話し掛けても気の無い返事をするばかりである。
「もうすぐ収穫祭ですね……」
「……うん」
「今年は吟遊詩人も皇都から呼ぶそうですよ!」
「……そうなんだ」
ベルにはアリアの話しが全く頭に入らなかった。それよりクレアさんの容態が悪くなる一方でどうしたらいいのかと頭が一杯だった。
唯一の希望の竜血草も見つかりそうにない……。
ふと、ベルはアリアを見ると。アリアは目に涙をいっぱい溜めてベルを見つめていた。
「……ごめん。聞いてなかったんじゃなくてその」
アリアは勢いよく首を横に振る。
「違うの……どうしたらいいのかわからなくて」
ベルは言って良いものかわならなかったけど、アリアには正直に悩んでいることもある計画の事を話そうと思った。
「僕は収穫祭の夜、迷いの森に行って竜血草を探しに行こうと思ってるんだ」
「それはクレアさんのため?」
「うん」
「でも……本当にクレアさんが喜ぶのかな?」
「え?」
「私だったらそんな危ない事して欲しくないもん」
「……そうだよね」
ベルは両掌で顔を拭うと「うん、やめるよ」とアリアに笑顔で向き直った。
それから収穫祭で会う約束をして、別れた。
帰り道、ベルは月を眺めながら歩いていた。
自分が危ない事をすればラルゴさんやクレアさんを悲しませる事になる。アレックスさんだって絶対に止めろと言っていた。
けど、どうしても竜血草が欲しかった。
心配させなくないと言う気持ちも、自分を助けてくれた人達に何かしたいと言う気持ちも嘘じゃない。
だから、アリアにもアレックスさんにも嘘をついた。その嘘がこんなにも罪悪感でいっぱいになるとは思わなかった。
収穫祭の日は領民の人達が朝まで歌い踊ると言う。自分一人くらい居なくなってもわからないだろうとベルは思ってる。
「僕は……絶対に竜血草を見つける」
誰に言うでもない決意を今日の満月に誓った。
27
ベルはラルゴや周囲の目から隠れて、竜血草探索の準備を始める。日課となっていたアリアやジェラルドにも合わない日々が続いた。
現世から履いてきたボロボロの靴に牛皮を張り。強度を高めたり。ラルゴに貰ったナイフを長棒の先で固定して槍にした。その他、カナリアからサバイバルのやり方を習っていたので準備は割とスムーズに進んだ。
夜間森を歩く上で一番不自由と思われる視界の確保は特別ベルには問題じゃなかった。どうやらベルは暗闇でも多少の光があれば、例えば月明かりなどがあればかなりの先まで見通せる目をもっていたのである。
確かに現世では暗闇の中である程度の空間把握により、物にぶつからずに歩く事は出来たが、それとは違い。今まで特に気にもしなかったがノルニル村から脱出した時も困ることはなかった。
それ故に明らかに魔物から目立つ松明などは用意しないことにした。
ベルがそう着々と準備を進めている頃。シルヴァニア邸の中庭の噴水にはジェラルドとアリアが居た。
「ベルが?迷いの森に?無茶だろ!」
「それは大丈夫です。行かないと言ってました」
「……行かないって?うん。そうだよな」
とジェラルドは少し虚空を眺めながら考えているようだった。
「それよりもジェラルド様。収穫祭が終わったら皇都へ行くそうですね?」
「ああ面倒くさいがな」
「私も行ってみたいなぁ舞踏会」
アリアは何か煌びやかな想像をしてるのか、とても目がキラキラしていた。
「へっ。楽しいわけないだろ。きっと腹の探り合いでどいつもこいつも真っ黒さ」
「そんなことないですよ!」
「いーやあるね。夢見がちなのもそろそろ止めとけよ」
「もう!」
と、アリアは怒ってその場から去って行った。
「ふんガキが」
ジェラルドはどうもベルがいないとアリアとの会話で間が持たないのを感じていた。
そしてベルが収穫祭の日に森に行くと言う話しに引っかかりを覚えた。
行かないならなぜ俺に会いに来ない?アイツはやる気なんだ。
ふん。アリアは騙せても俺は騙せんぞ。ベルばかり得意にさせてたまるか!こうなったら……フフフ。
ジェラルドは何かを思い付いて、噴水の側で暫く考え事にふけった。
27
収穫祭当日。朝っぱらからもう既にに酔った人達が乾杯を始めていた。道端には仮設のテーブルが並びその上には甘い食べ物や酒のつまみなどちょっとした料理品評会の様であり、総て無料で振る舞われる。この日はやることなすこと無礼講なのでふだん礼儀正しい人ほど騒がなければならないと言った雰囲気がある。
広場では大道芸人がなにやらバランスの悪い台の上で踊ったり、火を噴いたりして、見物客が歓声を贈っている。
他にも適齢期の若い男が女性に思いをぶつけるのに最適な日でもある。敗れ去った男達は泣きながら酒を煽るのが恒例で、夜間も村中に松明が焚かれ、朝日が出るまで飲み食い歌い踊るのである。
ベルはラルゴに「気にしなくていいから楽しんでこい」などと言われて、外に出たがやはりそうそう楽しむ気分にはなれなかった。
一応アリアとの約束があるのだがどうも足取りは重かった。
待ち合わせの広場に着くとアリアを探し始めたベルだが、どうも人が多すぎてなかなか見つけられない。ベルはどうしたものかと困っていると、背後から肩を叩かれた。
「見つけました」
振り向くとニコニコと微笑むアリアがそこに居た。ベルは「見つけるの上手いよね」などと軽口をたたこうとしていたがとっさに言葉が口を次いで出て来なかった。
普段のメイド服とは違う、可愛らしい白色のワンピースで髪もちょっとオシャレにサイドで結んでいた。
「……」
「……なにか言ってください。恥ずかしいです」
「えっと……可愛いです」
「……うう」
何故かアリアは顔を両手で覆ったまま、何処かへ走って行ってしまった。
ベルが目でそれを追うと、なにやら見たことのある年上の女性達の方へ行った様だった。
「ちょっ!!何戻って来てるの!?」
「え?ダメだった?私の必殺『純情ラブストライク』なコーデが?」
「わ、耳真っ赤」
「恥ずかしさに負けてはだめよ!」
アリアは首を横に振って「可愛いって言われた」とボソボソと言う。
「きゃー!!」
「きゃー!それは恥ずかしいー!」
「これは落ちましたね。はいやっかみやっかみ」
「もう戻ってきちゃだめよ。行きなさい。そして帰って来ないで!眩しすぎるから!」
「「それがー愛ぃー」」
アリアを追い返した、メイド五人衆はそれ遠い目で見送る。
「アタシ達にもあんな全力で人を好きになった頃もあったんだよね?」
「もちろんですお姉様」
「どうしてこうなっちゃったんだろ……」
「あきらめないで!今日はどんな汚れた女でも洗濯される日なのよ!」
「汚れ言うな汚れと」
メイド五人衆は気を取り直し、目をギラ付かせもはやハンターの様に男を物色し始めた。
「どうしたの?」
「なんでもないです!」
「?」
こうしてベルとアリアは収穫祭を周り、甘い物巡りなどして過ごした。
28
シルヴァニア邸では解放された庭園に食卓が並び、そこにはアリシア村以外の七村の村長が顔をつらねていた。
「皆今年もアークリュース竜皇国の為によく励んだな。領主として領民の働きに感謝を申し上げる。今夜は祭りで無礼講だ。よく食べよく飲み、そして厳しい冬を乗り越えようぞ。乾杯!」
「「「乾杯!!」」」
こうして宴が始まった。吟遊詩人達の楽団はリートや横笛を奏で気持ちの良い風が吹き抜けて行く。
「領主様!今年も豊作でおめでとうございます!」
「うむ」
「それで今年はノルニル村の事もあり、我々周辺の村々は少々不安を抱えております。対策をお聞かせくださいますか?」
「ノルニル村の事は私としても心苦しく思っておる。対策としては連絡を迅速化し、対抗できる兵力を駐在させ村の防衛に充てる事を約束しよう。あとで詳しい内容を書簡にて知らせる。安心してほしい」
「はい。その力強いお言葉を頂けただけで我々は安心いたしました」
「これからも頼むぞ」
恭しくお辞儀をして席へ戻る村長達。
「ジェラルド。私達は貴族であるが、領民に対しては毅然と構えた上で交流を疎かにしてはいけない。私達は領民が居なければ生きてゆけない、しかし私達が居なくても領民は生きてゆける。常に支えられて立っていることを忘れてはいけない。それが足元を見失わないための楔と心得なさい」
「はい」
クロエの隣りに座るジェラルドは、凛々しい母の姿を見ながら返事をする。
ジェラルドは大人しい様子とは裏腹に格式張った貴族と言うモノにウンザリしていた。
今日だって平民ならば、道端で騒いだり、食べこぼしを咎められることもない。貴族とは窮屈なものだとジェラルドは溜め息を付いた。
「時にジェラルド。最近は平民のベルとやらと仲が良いようだが……程々にしておきなさい。あまり密接に付き合うと後々互いに辛い事になる」
「……はい」
ジェラルドには母に質問する事も批判する事も許されてはいなかった。母が領主となったその日から、母の言う通りに立派な領主になることを義務づけられていた。
そのせいで、ジェラルドに癇癪や過剰な食欲と言う弊害が生まれていることをクロエは知らない。
ジェラルドは料理を口に運びながら、貴族なんかになりたくなかったと、どうせならばベルと一緒に冒険者か何かになってアーガイアを旅してみたいとも思った。
「お母様、僕は少々体調がすぐれないので部屋で休ませていただきます」
「そう、では先にお休みなさい」
「はい」
そうして、ジェラルドは屋敷に入って行った。
29
日が落ちて、より過激さを増す収穫祭。広場で起こる喧嘩には取り巻きが賭事を始め、いつの間にか恋仲の男女はどこかに消えた。巡回する衛士も大忙しである。
そんな喧騒も遠退く村の端の小高い丘。ベルとアリアは満点の星を眺めていた。
「ベル……あのね、その……」
「ん?」
「……」
「?」
「あ、大人になったら何をしたい?」
「んー……あんまり考えた事ないかな」
「ラルゴさんと同じ庭師になるのかな?」
「庭師もいいけど、僕は誰かを守れるような大人になりたい……かな?」
「そうなんだ」
「アリアは何かあるの?」
「私は……怪我や病気を治したりできる大人になりたい」
「似合ってると思うよ?」
「えへへ……ベルが怪我をしたら治してあげるね!」
「じゃあ、僕は……アリアが怪我をしないように守るよ」
ベルは所在なく目を泳がせて、そっぽを向く。そしたらペタとアリアの両手がベルの顔を包み、強制的にアリアと目が合う。
そしてアリアはベルのおでこに口づけした。
「え?」
「……もう、私いっぱいだから……」
「えっと……なにが?」
「もう!」
アリアは駆け出し、慌ててベルは追いかけた。
追いかけていくとアリアはシルヴァニア邸の門に入って行った。ベルは頭を掻きながら、どうしたらいいのかわからずしどろもどろになった。あーっ!と叫びたい気持ちにもなった。そしてなぜかヘコんだ。
暫く壁際でしゃがんでいたが。いくらか冷静さを取り戻したベルは今夜の計画を実行するために隠して置いた道具を取りに行く事にした。




