内なる闇
12
「あぁ……?おう」
待ちくたびれて寝ていたジェラルドをベルは起こし、眼鏡を差し出す。
「おお!!まさか本当に盗ってこれるなんて!!すげぇ!才能あるぞお前!」
「はあ」
「じゃあ次の試験はな」
とジェラルドは考え始めてうんうんと唸っている。
ベルは早くラルゴの手伝いをしたかったのだが上手く抜けられそうにないため、黙ったままジェラルドの顔色を伺っている。
暫くして、中庭に先ほどの兵士を怒鳴り散らしていた、眼鏡のメイドが現れた。
「見つけましたよ、ジェラルド様!さあ!部屋へお戻りください!今日の授業が残っております!」
「げ!エレノア!」
メイド服の給仕兼家庭教師のエレノアは三角眼鏡を中指で押し上げると、ロックオンしたようにベル達の方へ迫ってくる。
「ベル!悪いが試験はまた今度な!」
とジェラルドは眼鏡をベルに押し付けてどこかへ駆けて行った。
と思ったらすぐエレノアに捕まった。ジェラルドは残念ながら足が遅いのである。
ベルもその後を追いかけたのでエレノアが暴れるジェラルドを取り押さえているところに遭遇していた。
「ええい!離せエレノア!勉強なんかつまらん!」
「いいえ!なりません!ジェラルド様はゆくゆくはシルヴァニア家の当主になられる御方!遊んでいる場合ではないのです!」
「うるさい!ベルぅ!オレを助けろ!」
ベルはどうしたものかと眼鏡を握ったまま二人に近づく。
すると眼鏡に気づいたエレノアはあわててベルの手から眼鏡を奪い取った。
「これは?!奥様の眼鏡!なんでこんな所に!?」
エレノアは驚き目を見開く。と、瞬間ジェラルドは緩んだエレノアの腕から飛び出した。
「コイツがお母様の部屋から盗みだしたのさ!オレは取り返そうとしていたのだ!」
ジェラルドはニヤニヤとしたり顔で得意気に言い放つ。
なんてややこしい言い方をするんだよとベルは思ったが、弁解しようとエレノアに向き合った時。
「ちょっと衛兵!この子供を捕縛しなさい!」
「!!」
何を思ったかエレノアは直ぐに衛兵を呼んだ。ベルはその後説明も虚しく衛兵にスマキ状態で縛られてしまった。
「これはオレへの忠誠を計る試験だぁぁぁぁぁ!決して口を割るなよ!ハッハッハーッ!!」
ジェラルドはそのまま自慢気な表情でベルに指を差したままエレノアに引きずられていった。
衛兵に肩に担がれたベルは、特に抵抗する気配も無くおとなしいモノであった。それは抵抗したところで逃げられるわけがないと言う冷静な考えと、抵抗することでより一層疑われてしまう事を嫌ったからである。
さらにベルは自分はどうなろうと大した問題ではないが、ラルゴさんに迷惑がかかっては困ると。いつもながら大人染みた事を考えていた。
その時、衛兵の前に群青色のドレスを着た女性、クロエが現れた。
「なんの騒ぎです?」
「ハッ。この者が奥様の眼鏡を盗んだとジェラルド様お付のメイドから報告がありまして。たった今捕縛した所であります!」
クロエは衛兵から眼鏡を受け取り、ベルの顔を覗き込んだ。
「お前がベルだね?よいよい、わかっておる。大方ジェラルドにそそのかされたのであろう」
クロエは衛兵に縄を解くように命じると、「お行き」とベルをラルゴの元に向かわせた。
「奥様。よろしかったので?」
衛兵が解いた縄を両手に持ちながら呆然とベルを見送る。
「イタズラに怒ってもしかたなかろう。それより、簡単に盗まれるとは貴様ら少々弛んでおるのではないか?コレが本物の盗賊であったらどうするのじゃ?」
「申し訳ございません!我らも一から鍛え直しまする!」
衛兵は片膝をついて頭を下げる。
「言葉はいらぬ。次は結果で示すがよい」
そう言うと颯爽とクロエは執事と共に去って行った。
13
仕事を終えて、帰宅したベルとラルゴは井戸から水を汲み上げ、揃って体を拭く。
ベルはラルゴの傷だらけの背中を見て、うわ!と驚いた。
「ガハハハ。カッコいいだろう?傷は男の勲章だからな!」
「クンショー?」
「逃げずに戦ったって証拠だ」
ベルは自分の腕の傷を見て、あの大きな犬を思い出して身震いする。勲章どころか痛い思い出でしかない。ベルは出来れば勲章なんて増やしたくないと思った。
その後、ベルとラルゴはマーシアの宿屋で食事を取りながら、今日の出来事をラルゴにの話すとガハハと笑った。
「お前は正しいな。でもあれだ、悪いとわかってても一緒にやってやるのも友達だぞ!」
「友達?」
「しかしあまり屋敷の人たちの迷惑になるような事はするなよ!」
なんて会話をしながら、ラルゴは早々に食事を片付けてマーシアに貰ったスープとパンをクレアのために持ち帰る。
「お前はゆっくり食べて行け。俺は先に帰っているからな」
と言ってラルゴは手を上げて出て行った。
ベルが硬いパンをかじっていると、ドタドタと雪崩れ込む様に入り口から三人の武装した若者が倒れ込んだ。
「うわ!ヤッベ!超血ぃ出てるしっ!」
「逃げ切ったか?ハァッ。ついてきてないよな!な!」
よく見るとその三人は、この宿屋に泊まっている、チャラい冒険者アレックス。そしてガンドロフとルーディであった。ちなみにルーディは青い顔をしてガンドロフに背負われている。
「マーシアさん!水を!水!」
「なんだい騒がしいね。アンタら薬草採集に出掛けたんじゃなかったのかい?どうしてそんな怪我してるのさ?」
マーシアはアレックスに水を差し出すと、青い顔をしているルーディを片手で拾い上げて床に寝かす。
「いやーちょっと薬草が見つからなかったんで、足を伸ばして森の奥までいったんスよ。そしたらゴブリンがすげー居て……」
「オイ、違うだろ。それは問題じゃないんだよ、その後のオーガがヤバかったんだよ!」
するとルーディが目を覚ました。
「うう……」
「そうそうどっかの魔術師様が魔力が切れて卒倒するまではなんとかなったんだ」
「ガンドロフ君……そもそも君が無策に突っ込むから仕方無しに魔法を使う羽目になったんじゃないか……」
「お前の援護なんて期待してねーよ!」
「いいえ、死んでましたね。バカは死ななければわからないんですね」
「テメーを運んだのは俺だぞ!」
「だからそれとこれとは」
ガンドロフとルーディの言い争いが始まった。ベルはパンをかじりながら、賑やかな人達だなぁと少々達観して眺めていた。
「まあまあ、今言い争ってもしょうがないだろ?とりあえず、汚れをとって飯にしようぜ」
「……」
「……」
アレックスの意見に渋々立ち上がる二人。
「おや?キミは……えーっと。バル……ヴェルハルト君!ヴェルハルト君だろ!」
突然隣りに座ったアレックスに驚くベル。
「ほほー。今日は豆と肉のスープですか」
アレックスの生唾を飲む音が聞こえたのか、ベルはトレイを遠ざけて「あげませんよ」と警戒する。
「ハハハハ。わかってるって!マーシアさんの飯は美味いからなー楽しみだなー!」
と、アレックスは厨房にまで届く大きな声で言い。チラリと横目で厨房にいるマーシアの反応を見ている。
マーシアは少し具材を足した様に見えた。
アレックスはベルに向かって小さくガッツポーズをする。
「ヴェルハルト君のおかげで、今夜の夕食は少しばかり豪華になりそうだ。また助けてもらったな!」
サムアップするアレックスにベルは苦笑いを浮かべた。同時にアレックスさんはなんて前向きな人なんだと思った。
14
ラルゴはクレアに寄り添い、木のスプーンにすくったスープをクレアの口元に寄せる。
だがあまり食欲が無いようで、二、三口飲んだ所で止めてしまう。
「食べないと良くなるもんも良くならんぞ?」
「ごめんなさい」
ラルゴはランプの置いてあるエンドテーブルにスープの器を置く。
「まあ無理は良くないが……」
「ベル君はどうだったの?」
意気消沈していたラルゴにクレアはベルの事をたずねる。
するとラルゴは、ベルがクレアの心配をしていたこと、そして領主の子息であるジェラルドと遊んだ事、それについて初めて愚痴ったこと。あったこと全てを伝える。
話してる内に表情がほぐれていくラルゴをクレアは微笑ましく静かに耳を傾けていた。
「ただいまー」
部屋の外側でベルの声が響く。ラルゴはニヤリと笑うと再びスープの入った器を手に取る。そしてスプーンでスープを軽くかき回す。
「勘違いするなよ?俺はお前が一番好きだ。お前が居ないと俺は何にも出来ないんだ」
ラルゴは熊の様な巨体を小さくして俯く。
そのなんだかいじらしく可愛らしい姿にクレアは初めてラルゴに会った時の事を思い出した。自然と笑みがこぼれる。
「わたしも……ぐ、ゴホッゴホッ」
「ほら白湯だ」
「ん……」
「落ち着いたか?」
クレアは小さく肯く。すると部屋のドアからベルが申し訳なさそうに顔を出した。
手にはほうれん草の様な草が握られている。
ラルゴが手招きする。
「あの!宿屋のお客さんに薬草もらったんです!クレアさんの病気に効くかもって思って!」
ラルゴはベルの頭を捏ねながら薬草を受け取る。
「おおそうか」
「ありがとうねベル君」
ベルの持って来た薬草は主に切り傷や火傷に効くものであった。しかし二人にっとって薬草の効力はどうでもよくそれよりも、ベルの心に癒されたのであった。
14
ベルは屋根裏部屋のベッドで寝転がりながら、考え事をしていた。
自分がこの世界に来て、数日の間。色々な経験をし、幸運にもラルゴさんやカナリアさんのような良い人達にも出会えた。特にラルゴさんには感謝してもしきれない。父親から解放され、寝る時も物音を気にする必要もなくなったし。なにより優しく自分の事を考えてくれる。クレアさんの事もあるが、自分はこの感謝の気持ちをどうにかして返してあげたい。
ベルはそんな事を考えながら眠りについたのだった。
ベルはまた夢の中にいた。今度は以前まで住んでいた乱雑に家財道具が散らばったアパートである。
そこには別の自分が部屋の隅で三角座りをしていて、父親が煙草をふかしながら寝そべり。テレビを見ている所だった。
「おい」
と父親が言うとその別の自分は両手を頭を庇うようにして。防御した。
ああこれは見たことがある。このあと父親に何故かボコボコにされるのだ。
しかしどうしたことか、別の自分は懐から包丁を取り出して、父親を刺した。
それは物凄く凄惨な様子で、何度も刺して、返り血を浴びた別の自分はもはや動かない父親を足蹴にニヤリと笑う。
「簡単じゃないか?お前はこうしたかったのだろう?」
別の自分はその血塗れの両手で自分の両肩を掴む。
「お前はコソコソと隠れて過ごせる程優しくない、死神に魅入られた子だ」
自分はぶんぶんと首を横に振る。
「いいさ。だが忘れるな。お前の中に僕じゃない俺がいると言う事を。いつかお前のそのお人好しが生命を侵す時。俺がお前の身体をもらう」
「僕は普通に……普通に暮らしたいだけだ!」
すると血塗れの自分はニヤリと笑いながらスッと闇に消えて行った。
ベルは汗だくで目を覚ました。外はまだ暗がりで現世で言う所の新聞配達に行く時間である。
ベルは起きて裏の井戸で顔を洗うと、朝餉に使う薪と水汲みを始めた。
「おお、おはようさんベル。早起きだな」
「ラルゴさん明日から水汲みと薪を運ぶのは僕がやります」
「ええ?いや。うん悪いな」
「はい」
本当はただ長く寝られないと言うベルの体質なのだが、その妙な迫力にラルゴも気圧されたのであった。




