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領主とその息子


 翌朝。ラルゴとベルは庭師の仕事をするために、シルヴァニア家の屋敷に向かっていた。

 ラルゴはリアカーに作業道具一式を積んで引っ張っている。

 昨晩、クレアの傍らで一睡もしていないベルは、眠たさからヨタヨタと足取りがおぼつかない。


「大丈夫かベル」


 ラルゴがリアカーに乗れと気遣うが、ベルはそれに眠たそうな目で首を横にふる。


「どうやったらクレアさんは元気になるんですか?」


 ベルはしきりにその様な質問をラルゴにぶつける。さすがのラルゴも呆れ顔になる。


「何度も言うが俺やベルが慌てた所でどうにもならん。俺だってどうにかしてやりたいさ。でも誰に聞いたって『心が弱っているんだ』としか言わないし、その弱っている心を元に戻す方法も誰も知らないんだ」


「だからって……」


 ベルは悔しそうに、歯を食いしばる。それをラルゴは力無い微笑みでベルの頭を撫でた。


「きっとお前の住んでた世界では直ぐに治る病気なのかもな。でもここでは祈るしか出来ないんだ……仮にだが万能薬である龍血草でもあれば話しは違うんだろうが」


「龍血草?どこにあるんですかそれは!!」


 ベルはラルゴの右脚を揺すり、必死に聞き出そうとする。そのせいでラルゴはバランスを崩しそうになる。


「まてまて!落ち着け!俺も知らないんだ!ただ!稀に見つかった時は相当な高値で取引されるぐらいしか!」


「高いってどれくらいさ!それなら僕が稼ぐから!」


 真剣な眼差しのベルに、ラルゴはしゃがんでベルの両肩に手を添える。


「ベル。金を出せば買えるものじゃないんだ。それに運良く市場で売りに出されても俺達が一生働いたって稼げない。例えば」


 とラルゴは指差した赤い屋根の屋敷。領主シルヴァニア家の屋敷である。


「あの屋敷が即金で買えるくらいの金だ」


 ベルは小高い丘の上にあるとてつもない大きな屋敷を見て、絶句した。子供ながらにわかる憤る絶望感。必要になる莫大な金。

 瞬間、ベルは現世での医療費で頭を悩ませていた自分を思い出した。現世もこの世界も金が無いと言う事で思いが実らないのは同じなのであった。ベルは無力な自分に自然と涙がこぼれ落ちた。


「……ベル。俺はな嬉しいぞ。今まで無口で無愛想なお前が……。それがわかったからもう泣くな。男が泣いて良いのは誇りを失った時と愛する人が死んだ時の二つだけだ」


 そうラルゴはベルを抱き締めた。ベルは涙をこらえて、「はい」と呟いた。



10



 アリシア村を含む八村を束ねる、シルヴァニア家の領主。クロエ=シルヴァニアは先立った夫の代わりに領地の差配を取り仕切っているキレ者である。世間の男尊女卑の逆風をものともせず、堂々と他の貴族達と渡り合い。嫡男が成長するまでの間家督を継ぐ事をアークリュース王に直談判した気骨のある女性でもある。笑顔の表情から時に見せる恐ろしい程の冷たい眼差しから貴族達からは「氷の女王」と揶揄されたりしている。

 そのクロエは屋敷の執務室で膨大な書類を捌いていた。


「どうぞ」


「奥様、お茶の時間でございます」


「最近は時間が経つのが早いのう爺」


 クロエは机に老眼鏡を置くと、溜め息をついた。爺と呼ばれる執事長はその言葉に笑顔で応えるばかりである。


「……」


 クロエは窓から庭園を見下ろし、かつて夫が健在であった頃に自分の菜園を作り楽しんでいた事を思い出した。

 純粋に草花を愛で暖かな日差しを浴びて微睡んだ日々。宝飾品や高価な衣類に一喜一憂した日々。

 自分が夫に守られているにもかかわらず、無知で傲慢だった。夫の立場になって初めてその愚かさにも気付いた。なぜ自分はもっと夫を愛してやれなかったのだろうと。今となっては悔やんでも悔やみきれない。


「爺よ……今日は天気がよい。庭で茶を飲もう」


「それは良うございます。しかし、今日庭師が来る予定で、あまり選定はされておりませんが」


「構わぬ。美しき花を見るだけでは解らぬこともあろうて」


「はい、支度して参ります」


 執事長が執務室を去った後、クロエは少々緩んだ目元をキツく締め直した。


「私の望みはたった一つ……息子、ジェラルドを立派な領主にすること」


 そのクロエの瞳には並々ならぬ、覚悟が見てとれる。どんな犠牲を払おうとも息子のためならば鬼になる、逞しき母の姿がそこにあった。




11




「庭師のラルゴ=ウルフスタンです。庭園の選定作業をせていただきに来ました」


「おう、聞いている。そこのちっこいのはなんだ?」


「私の息子です。今日から仕事の手伝いをさせたいと思い連れて来ました」


「ふむ。よかろう。ボウズ、あまり勝手に走り回るなよ。開門ーっ!!!」


 シルヴァニア家の屋敷は重厚な石造りの門があり、一見して中の様子がわからない様に作られている。

 分厚い木の扉が軋みながら開く。


「さあて!やるぞ!準備は良いか?ベル!」


「はい!でも二人だけで終わるんですか?」


 ベルの目の前には、サッカー場の二倍位の庭園がある。


「心配するな、なにも今日だけで終わらせるわけじゃない。一週間くらいかけてやるんだ」


「へぇー」


「ほれ、さっさと取り掛かるぞ!」


 ラルゴはリアカーから選定につかう大ばさみと脚立を取り出して、噴水まで伸びる木々の前に脚立を置く。


「ベルはとりあえずこの辺の雑草を手鎌で取ってくれ。刈った草は後から片付けるからまとめて置いておくんだ」


「はい!」


 ラルゴは頭に白い手拭いの様な巻きいよいよ戦闘態勢と言った感じだ。ベルもしゃがんで、草を刈りつつ。仕事を覚えようと、ラルゴの作業にも目を配る。


 ラルゴはデカい図体の割に、繊細かつ手早く大ばさみを操り木々を長方形の立方体に切りそろえて行く。その様子にベルも真似出来るかどうか不安げな表情を浮かべたりする。


 作業を始めて一時間、同じ様な作業をしていると、ベルとラルゴに近付く人影があった。


「おい庭師のオッサン!」


 唐突にオッサン呼ばわりした。綺麗な青色のキノコみたいな髪型をした少々ふくよかな少年が仁王立ちでラルゴを見上げる。

 ベルは草を刈りながら、なんだろうなぁと見ていると。

 ラルゴがそそくさと降りてきて片膝をついた。


「ジェラルド坊ちゃん!お久しぶりにございます」


「聞いたぞノルニル村のヤツ。庭なんていいから、オレの部屋に来てそのことを話せよ」


「いや、しかしそれは」


「オレが良いっていってんだ、文句あるのか?」


 クロエの一人息子であるジェラルドはラルゴの困り顔にケラケラと笑い。ベルにとっても嫌な感じしかしなかった。

 ベルがジッとジェラルドを観察していると、ジェラルドもその目線に気が付いた。もちろんベルはサッと目線を外し俯く。


「で、お前は誰だ?」


「コレは私の息子です」


「へー。オッサン子供いたのか。おいお前、名は?」


「コレの名は」


「オッサンに聞いてねーよ」


 ベルは俯きながら、ラルゴの態度からきっとへりくだらねばならない相手だと感じ取り。言葉を選ぶ。


「僕はヴェルハルト=ウルフスタンです。此処で庭師の見習いをやっています」


「ふーん。そうか。ベルでいいな。よしベル。付いて来い!」


「え?」


「特別に子分にしてやる!」


 ベルはラルゴに意見を求めようと顔を向けると、ラルゴは無音の口と顎で行け行けと促した。


「よーし!ベル、とりあえず中庭に行くぞ!」


 とジェラルドは直ぐに踵を返し走って行く。ベルは不本意ながらも渋々付いて行く事にした。



 ベルとジェラルドはそれほど身長差はないが、少々小太りなジェラルドはその体重のせいで恐ろしく脚が遅い。

 後ろを走るベルも、やたらと間合いをとるのも難しいようで。かといって空気の読めるベルは抜くような事はしない。


 中庭と呼ばれる建物に囲まれた一角につく頃にはジェラルドの息が上がり、苦しそうに酸素を取り入れていた。


「うむ、やるっなっ……!喜べ!一次試験は合格だ!」


「……」


 ベルは何に対しての何がどういう基準で合格なのかわからなかったが、とりあえず笑っておこうと思った。

 ジェラルドは中庭の噴水の縁に腰掛ける。


「よし、ちょっとまて。うん。次の試験はオレへの忠誠度を見る」


「はい?」


「今からこの窓から中に入ってだな、お母様の眼鏡を盗ってこい」


 ベルにはもはやジェラルドのしたいことがわからず混乱していた。


「それでどうして忠誠度を計る事ができるのですか?眼鏡が無かったら困るんじゃないですか?」


「アホ!」


 理不尽にジェラルドはベルに拳骨を食らわす。頭を抑えるベル。


「いいからやれ!親分の命令だぞ!」


「はい」


「誰かに見つかったらダメだぞ!そんときは拳骨だぞ!」


「はあ」


 ベルはその理不尽な、これといって欲しくもない「子分」の称号のために悪い事をするのは気が進まなかったが、逆らう事の方が不利益をこうむりそうなので仕方無しにやることにした。


 ジェラルドから部屋の場所を聞き、ベルはゆっくりと廊下に侵入する。

 屋敷の中は窓際からの光を覗けば影の部分が多く、ベルもなれないなりに見つからない様に柱に隠れながら進む。



 場所は変わってラルゴの居る庭園。そこへ、群青色のドレスを着たクロエが執事長と共にやってきた。

 例の如くラルゴは跪く。


「ご機嫌麗しゅう、領主様」


「奥でよい。兵役ご苦労であったのう。おかげで庭の草木も伸び放題じゃ」


「も、申し訳ありません」


「なに責めておるわけではないぞ。おぬしは我が屋敷にはかかせぬと申しておるのじゃ」


「有り難きお言葉」


「しかし、あれよのう。おぬしも一人では大変であろう」


「いえ、今日は私ともう一人来ております」


「ほう」


 ラルゴは息子のベルの事を話した。一応ややこしい事を省いて、ノルニル村の孤児を引き取ったという体で説明した。今はジェラルドに連れていかれたと言う事も。


「そなたには悪いが、我がかまってやれぬ事でジェラルドも寂しいのだ。だから悪さもする。大目にみてやってくれ」


「いえ、ベルも同じ年頃の坊ちゃんと話しが出来て喜んでおります。お気遣いは無用にござります」


「苦労をかけるが、これからもたまにはジェラルドと遊んでやってくれ」


「はは!」


 そう言ってクロエは去って行った。




 ベルのすぐ横をメイド服姿の給仕が通り過ぎて行く。暗がりに小さくなっているベルには気付かず。そのまま十字の廊下を折れた。

 ベルはすでに二階へ到達し、あともう少しで部屋の前まで行けるが、その部屋の前の廊下では巡回の兵士が廊下を行ったり来たりしていて、とてもじゃないがその廊下へ出ることができない。

 暫くしてメイド服姿の眼鏡を掛けた給仕が兵士に憤慨した様子で指を差してなにやら話している。

 ベルはその一瞬の隙を突いて、ドアの前の柱に滑り込む。

 そして音を立てずにドアノブを回し、中に誰も居ない事を確認すると、体が入るギリギリの隙間を開けて執務室に入った。

 ひとまず、静かに息を整える。執務室にはビロードの絨毯が敷き詰めてあり、紙がたくさん乗っている机と応接室も兼ねているのか、磨かれたテーブルと六脚の豪華そうな椅子がおかれていた。音を立てずに見回していたベルは目的のモノを机の上に発見する。

 ジェラルドの言っていた、眼鏡を握り。ベルは脱出の方法を考える。

 部屋の外は兵士が巡回していて出たとたんに捕まってしまう。他の出口と言えばベランダに出る続き窓ぐらいのもので、とてもじゃないが出られそうにない。

 ベルはベランダの手すりから下を見下ろす。二階くらいならば降りれそうな気がするが、高さはゆうに七メートルはある。

 ベルは飛び降りることはせず、まだ何かないかと見回す。

 すると、ベランダから壁伝いに二十センチほどの出っ張りが続いているのが見えた。そのままいけば煙突掃除に使うのだろう、壁に打ち込まれたハシゴがある。

 直ぐにベルは手すりを乗り越えて、背中を壁に張り付かせカニ歩きを始める。踏み外せば骨折くらいしそうだが、ベルは躊躇もせず踏み出す。


 このまま行けば、なんとかジェラルドの元に戻れそう、とベルが思った時。

 突然隣りの部屋の横開きの窓が開いた。

 ベルの心拍数がグッと跳ね上がる。


「アリアいいこと、まずは部屋の窓を開けて換気するのです。そのあと、上から順番に掃除をはじめるのよ?床の掃除がおわったら、ベッドのシーツをはがします。覚えなさいよ?二度は言いませんからね」


 その部屋ではアリアと言う新人のメイドが教育を受けて居るところだった。

 ベルは静かに息を吐き出し、膝を折って窓の下を潜る。


「わかったら返事をしなさい。わかりましたね?」


「……はい」


「もっと声を張って、聞こえないわ」


 ベルは窓の下でその会話を聞きながら、大変だなぁなどと老齢のご隠居の様な心境で、青空を見上げていた。





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