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ラルゴとクレア




 ベルとラルゴ、その他数人の兵士は馬車に揺られながら、ひと月ぶりの故郷、アリシア村へ向かっていた。

 バズトレイル砦からアリシア村へは馬車で半日ほどかかる。馬車は大きめの荷台を馬に引かせている簡素な物で、貴族などが使う個室にドアが付いているようなものではない。

 ベルの着ている麻のチュニックはカナリアが大人用の物を仕立て直してくれたものであり、売り物としても遜色ない出来映えであった。ベルがそれを受け取った時、ラルゴが驚いた顔をしてカナリアに睨まれたのは言うまでもない。カナリア曰わく、修道女の修行で最初に任されるのが針仕事らしい。

 ラルゴはラルゴで革製のベストにズボンとラフな格好で毛深い両腕を豪快に荷台の外へ出している。重装備の防具や武器は紅蓮の聖十字軍の所有で砦に保管してあるようだ。変わりに年代物のカトラス(反りのある剣)が立てかけられている。

 朝に出て、太陽が真上を差す頃。盗賊団との戦闘の話しに花がさいて和気あいあいとしている中、ラルゴが辺りを見回して話しだす。


「そこの林を抜けたらアリシア村だ。よーし肩車してやろう」


「え、いいですよ!別に!」


「遠慮すんなよほれ!」


 半ば強引に肩に乗せられたベルはバランスを崩しラルゴの頭を掴む。そしてラルゴは不安定な馬車の上で立ち上がろうとして、倒れそうになる。他の兵士達が「おいおい」と慌ててラルゴを支える。


 馬車は林をぬけ。ベルの目に白い草原が飛び込んだ。穂先の白い小麦の畑がどこまでも続くような晴れやかな風景だった。

 ベルは思わず「わあ」と見とれていたが。他の兵士からは「そもそも立つ意味ねーだろーが!」と現実的な意見が飛んだりしている。ラルゴはベルの足を掴みながら「綺麗な村だろ?」と言う。それにベルは「はい」と頷いた。 


「あの遠くにある赤い屋根の大きな家がわかるか?」


「はい。あれがラルゴさんの家ですか?」


「そうそうそうそう。って違うわい!ありゃあな、この領地を治めているシルヴァニア家の御屋敷だ」


「へぇ」


「で俺ん家はもっとこんまいんで見えねぇが、あの近くにある。そこで、嫁のクレアと二人暮らしよ。まあ見た目は小さいが気持ちだけは負けてねーよ?」


 後ろの兵士が「気持ちって」と他の兵士達と笑い合う。

 なんだかベルは今更ラルゴに感謝したくなって「ラルゴさん、ありがとう」と呟いた。ラルゴは髭をかきながら「ばっか、ガキが親に気ぃ使うなよ」と無意味に上体を振る。「うわあー!止めてください!」「がっはっはっは!」とラルゴが荷台の上で無茶な動きをする。もちろん一番迷惑してるのは支えている兵士達であった。




 ラルゴはベルを肩車したまま、馬車乗り場で仲間達と別れて自宅へ向かう。ベルも兵士達に手を振り、別れの挨拶をする。


 ラルゴの家は木製で、屋根が藁葺き。手前には小さな畑がある。別段これといって特筆する事のない普通の家であった。


「よーし。到着ー」

 ラルゴはベルの後ろ首の襟を掴むと、地面に降ろす。

 ドアをノックしてラルゴが「俺だ!今帰ったぞ!」と言うと、暫くして扉が勢いよく開いた。

 中から恰幅の良い女の人が出て来た。ベルはその人を見上げて(ラルゴさんの奥さんってかなり年上なんだなぁ)などと考えていると、その女の人は腰に手を当てて、胸を張り息をめいいっぱい吸い込むと「ラル坊!!アンタ遅いじゃないの!クレアちゃんが大変だったのよ!!」と大声で叱った後、その女の人はちからいっぱいに右拳をラルゴの腹に叩き込んだ。

 ぐえ、と膝を着いたラルゴは喉奥から声を絞り出す。


「す、すいませんマーシアさん。ちょっと兵役が延長されまして。で妻のクレアの様子は?」


「大丈夫だよ!早く行ってあげな!」


「は、はい!」


 と、ドタバタとラルゴは家に入って行った。残されたベルはポカンとその様子を見ていたが、上方からの圧倒的な視線に恐る恐る見上げる。


 ジロリとマーシアがベルを見下ろす。すぐにベルは目線をそらし、俯く。


「アンタどこの子だい?」


「……」

 ベルは答えようもなくオロオロとしていると。それを見かねたマーシアは、ふんと鼻から息を抜き。


「とりあえずラル坊の用事が終わるまでウチに来なさい」


「……」


「わかったら返事!」


「はい!」


 有無を言わさぬその逞しい圧力に引きずられる様にベルはマーシアの経営する宿屋に向かう事になった。




 宿屋に着いたベルは、一階の食堂の長テーブル席に座らされる。マーシアは「ちょっと待ってなさい」とベルを置いたままそそくさと奥の部屋へ行ってしまう。

 ベルは言われたとおりにおとなしく座り、首だけをあちらこちらに向けている。マーシアの宿屋は木造二階建てで食堂の広さは十畳ほどである。ベルの座っている十人掛けの長テーブルの他に四人掛けの丸テーブルがあり、そこでは大柄の戦士風の男とローブを着た優男がなにやら言い合いをしている。

 ベルはそれを物珍しそうに眺めているとその二人の会話がだんだん荒っぽいものに変わっていく。


「ほう、ではガンドロフ君はガーランド帝国へ直ぐに兵をおくるべきだと?」


「そのとおり。軟弱なエルフ兵なんぞ今直ぐにでも皆殺しだ!」


「確かにガーランド帝国の中の聖十字軍が勢力を保ってる今、それは容易いことかもしれませんが。彼らはただヴァーテ教を異端と宣言しただけで武力行使していないのですよ?それでは同盟国にとっても亜人国にとってもヴェルヘルム竜皇国へ不信感を抱くだけでナンセンスです。無策過ぎますね馬鹿なのも大概にしてください」


「あ?てめぇ!今馬鹿っつったか?おい!俺に馬鹿って言ったな!コノヤロ!表出ろ!」


「そう言うのが馬鹿だってんですよ。ちっとも人の話し聞いてないじゃないですか。とりあえず暴力に出るのやめてくださいよ。単細胞」


「たたたたたたたたたタンサイボーだとおおおおおおおお!!!!!」


 単細胞を理解しているのかわからないが、戦士がローブの男の胸倉を掴んだ。瞬間鈍い音が響き渡り、戦士が勢い良くテーブルに倒れこんだ。


「あんた達!!!ケンカなら外でやりな!」


 マーシアがフライパン片手に仁王立ちで、ローブの男を見下ろす。


「いやあ、助かりましたよマーシアさん。ホント馬鹿と話すと」


「アンタも仲間よね?」


「え?まあ」


「同罪よ」


「え?」


 鈍い音が再び響きローブの男もテーブルに突っ伏す事となった。それを気にする様子も無くマーシアはベルの方へ、フライパン片手に近づく。

 ベルは身震いしながら顔を伏せると、目の前にスープとパンが乗ったトレイが置かれた。


「食べなさい。ほら、お腹減ってるんでしょう?」


 とマーシアはニッコリと笑いながらベルの横に座った。


「あ、ありがとうございます」


 ベルはパンを手にとってかじる。パンは現代人のベルでは噛み切れぬ程硬く、スープに浸けてでしか食べることができない。それからマーシアはあれこれと話しかけたが、黙ったままのベルにため息をつく。


「いいわ。ラル坊に聞くからゆっくり食べなさい」


 そう言って立ち上がったとき、奥の階段から金髪のぼさぼさ頭を掻きながら、眠たそうな目の男が降りてきた。


「マーシアさん、朝飯お願いしますー」


「アンタ今何時だと思ってるの?もう昼過ぎよ?アンタの朝ごはんはそこの坊やにあげたから、お願いして分けてもらうのね!」


「ええー!そんな殺生な!……あれ?ところでこのガンドロフとルーディ君はどうしたんだい?」


「アンタもご飯代わりに一発食らっとく?」


「いえいえ!遠慮しておきます!」


 フライパンを持ち上げたマーシアにその男は逃げるようにベルの隣に座った。


「いやぁーまいっちゃったよ。ウチの仲間が迷惑かけたみたいだねー。で、その、それ食う?」


「ど、どうぞ」


 飄々とした物腰の男にベルはトレイごと食べかけの食事を差し出す。男は「いやーすまんすまん」とパンに噛り付いた。それはもうすごい食いっぷりであっという間にたいらげてしまった。


「恩にきるぜ小僧!俺はアレックス=ラインハート!英雄になる男だ!覚えておいて損はないぜ?」


「はい?」


「まあ今はうだつの上がらない冒険者だけどな。歴史に名を残す男になるつもりだ。そのときはたっぷり恩返ししてやるからな!待っててくれ!」


「はあ」


「で、君の名を聞いても良いかい?」


「ヴェルハルトです」


「ほお、良い名だ。覚えておくぜ」


 そう言ってサムアップした自称英雄になる男アレックスは仲間のテーブルに向かって行った。

 この時、ベルはアレックスに対しての印象として笑顔を上手く造れる人だなぁぐらいしか思っていなかった。


 ベルは食器を返しにマーシアのいるカウンターをたずねると、丁度ラルゴが入り口から入ってきた。


「おうベル!ここに居たか」


 ラルゴはベルの頭をワシッと掴むとカウンターに乗り出す。


「マーシアさんベルを見てもらってありがとうございやした!」


 すると、マーシアはずかずかとカウンターにやってくるとグッとラルゴの肩を掴む。


「で、このベルって坊やはアンタのなんなんだい?」


 ラルゴは後ろ頭を掻きながら、色々あって自分の息子にしたとマーシアに説明した。


「それに、クレアも喜ぶかなぁーと」


「馬鹿っっっ!!!!!!あんた信じられない程の大馬鹿ね!!!喜べるわけ無いでしょう!!!あの子は自分の子供を亡くしたのよ!!!それを突然知らない子を息子にしますなんてよく言えるわ……」


 マーシアはベルを見て思わず口を塞ぐ。ベルは気まずさからその場を離れることにした。

 暫くラルゴとマーシアはカウンターで話し、小一時間たった頃ラルゴがベルの元に肩を落としながら歩いてきた。


「またせたな、すまん俺の考えがたりなかった」


 ベルは首を横に振り「大丈夫です。僕は一人でも」とラルゴに言った。

 ベルはラルゴの事情を考慮して一人で暮らす事を覚悟していた。むしろ自分がこれほど幸運にも良い人に出会え、さらに良い両親に向かえられるなど心のどこかで上手く行き過ぎているとさえ思っていたのだ。ベルにとっては想定の範囲内の出来事であり、その事で感傷的な足踏みをすることはまず考えもしない。頭にあったのは一人で食っていけるだけの仕事を教えてもらえるだろうか?と言う心配だけだったのである。


「何言ってるんだベル。一緒に暮らすし俺の息子には変わりない。ただ、クレアには暫く息子じゃなくてカナリア神官殿の命令で預かっていると言うことにしてほしいんだ。いいかな?」


 ベルは当たり前のように自分の想像を裏切っていくラルゴに何度も驚かされている。同時に自分のつまらなさに小ささに恥ずかしくなる。ベルは小さく頷く。


「よし!じゃあさっそく家にかえろう!」


 陽気に歩き出すラルゴとは対象的にベルは軽く目を拭って付いていく。それをカウンターの内側で頬に片手を寄せたマーシアが心配そうに見送っていた。





 ウルフスタン家の間取りは入り口から入って直ぐが、調理場兼食事部屋で右手にドアの付いた部屋が二部屋。左手には貯蔵庫へ向かう急な降り階段。他に屋根裏の倉庫に上がる梯子が立てかけられていると言った具合だ。

 ベルは入って直ぐのテーブルでラルゴに待つように言われ。そのラルゴは向かって左側の部屋に入ったっきり出てこない。

 暫くしてラルゴが部屋の中から「入っていいぞ」というので、ベルは恐る恐るドアを開ける。

 寝るだけと思われる部屋にはベッドが一つ。そのベッドの上には黒い長い髪を下ろした、酷く痩せこけている女の人がいた。女の人は虚ろな目でベルを見据えると優しく微笑んだ。


「ようこそ、ヴェルハルト君」


 そう女の人はかすれた声で言うとゴホゴホと咳き込んだ。すかさずラルゴが背中をさする。


「ベル。コレが俺の妻のクレアだ……」


「……」


 ベルは言葉に出来ない衝撃を受けていた。幼き日に目の前で弱っていった母を思い出したからである。断片的にされど、濃く刻まれた末期の笑顔。それはクレアの微笑みとリンクし、ベルを絶望へと叩き落とす。

 何故かベルの身体はグラグラと震え、ベッドに倒れ込む。力一杯シーツを掴みむせび泣いた。

 ラルゴは驚き、どうしたものかと髭を掻く。その時クレアはそっとベルの髪を撫でた。


「心配しなくても大丈夫。きっと良くなるからね」


 その後はベルが落ち着くまでずっとクレアはベルの髪を撫でていた。

 ラルゴは脇の椅子からハラハラしながら、どうしたものか落ち着かない様子だった。




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