18話
第十八話 接触
黒パーカーは動かなかった。
道路の向こう。
俺達との距離は二十メートルほど。
近くもない。
遠くもない。
逃げようと思えば逃げられる距離だった。
なのに。
誰も動かなかった。
「知り合いか?」
スーツの男が聞く。
「知らない」
即答だった。
本当に知らない。
記憶を探っても出てこない。
学校の先輩でもない。
近所の人でもない。
ネットの知り合いでもない。
少なくとも俺はそう思っていた。
「……どうする?」
美咲が小声で聞く。
その声には少し緊張が混じっていた。
正直。
帰りたかった。
面倒事の匂いしかしない。
でも。
向こうは明らかに俺達を見ている。
いや。
俺を見ている。
このまま逃げても追いかけてくる気がした。
「話だけ聞く」
そう言うと二人が驚いた顔をした。
「珍しいな」
スーツの男が言う。
「俺もそう思う」
本当にそうだった。
普段なら絶対逃げる。
だが。
ここまで来ると逆に気になった。
黒パーカーはゆっくり歩き始める。
走らない。
武器も持っていない。
敵意も感じない。
それでも緊張する。
やがて数メートルの距離まで近付いた。
近くで見ると若かった。
二十代前半くらいだろうか。
整った顔立ちだが表情が薄い。
何を考えているのか分からない。
しばらく沈黙が続く。
先に口を開いたのは黒パーカーだった。
「見つけた」
低い声だった。
俺は固まる。
「俺を?」
黒パーカーは頷く。
「ずっと探していた」
意味が分からなかった。
スーツの男と美咲も警戒している。
当然だ。
いきなりそんなことを言われても困る。
「誰だよ」
俺が聞く。
黒パーカーは少し考えた。
そして。
「覚えていないなら、それでいい」
そう答えた。
余計に意味が分からなかった。
「いや分からないだろ」
「そうだな」
黒パーカーはあっさり認める。
そして。
俺を見たまま続けた。
「生きていてよかった」
その言葉に。
なぜか違和感を覚えた。
このゲームで言う言葉じゃない。
まるで。
死んだと思っていた相手に再会したみたいな。
そんな言い方だった。
「会ったことあるのか?」
俺が聞く。
黒パーカーは答えない。
代わりにスーツの男を見る。
次に美咲を見る。
そして。
少しだけ安心したような顔をした。
「仲間がいるんだな」
その言葉に今度は美咲が固まった。
仲間。
そんな言葉をこのゲームで聞くとは思わなかった。
その時だった。
黒パーカーがポケットから何かを取り出す。
俺達の身体が強張る。
だが武器ではなかった。
小さなカードだった。
能力カード。
補給地点で争いの原因になっていたものだ。
「やる」
そう言って差し出してくる。
全員が固まる。
「は?」
俺が聞き返す。
「いらない」
「いる」
「いやいらない」
「いる」
会話にならなかった。
「なんで俺に?」
黒パーカーは少しだけ考える。
そして。
当たり前みたいに言った。
「お前が一番必要だから」
沈黙。
意味が分からない。
能力カードなんて誰だって欲しいはずだ。
なのに。
この男は自分で使わず俺に渡そうとしている。
「怪しすぎるだろ」
スーツの男が呟く。
その通りだった。
だが。
黒パーカーは全く気にしていない。
むしろ。
本気で渡そうとしているように見えた。
その時。
美咲が小さく顔をしかめる。
「どうした?」
俺が聞く。
美咲は周囲を見回していた。
観測の能力。
嫌な予感がした。
そして。
次の瞬間。
美咲が短く言う。
「人が来る」
空気が変わった。
黒パーカーも振り返る。
遠く。
道路の先。
複数の人影がこちらへ向かっていた。
その数。
少なくとも十人以上。
そして。
その先頭にいた男が叫ぶ。
「いたぞ!!」
能力カードを持った黒パーカーへ向かって。
一直線に。
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