14鞍目 決意と約束
アンサンブルがこの世を去ってからの一ヶ月は食欲減や眠れない事も影響してか、とんでもなく忙しく感じた。OBをはじめとした関係者からの連絡が絶えず、ほとんどが残された部員たちや馬たちへの励ましの内容で、とてもありがたく受けとってはいたものの、一件一件の連絡に吸い取られるように体力と精神力はすり減っていった。
寒さの底と感じられる二月のある日、OBの松浦先輩が厩舎へやって来た。松浦先輩はアンサンブルが酪農学園へ転厩してきてから初めてペアを組んだ八年前の担当者だ。今は浦河の競走馬生産牧場に勤めており、昨年の北日にも応援に来てくれていた。部室に置かれたアンサンブルの遺影の前で線香をあげ「これ、何か馬のために使ってくれ」と茶封筒をお供えした。
「担当者の西京です」
「主将の荒川です」
聡馬と私が改めて自己紹介をした後は息を引き取った日の事や全日での活躍話をしたり、松浦先輩の時代の話を聞いたり、アンサンブルをしのぶ時間を共有した。
「他のOBから連絡はあるか?」松浦先輩の質問に、一瞬聡馬の表情が固まった。
「皆さん、元気出せと応援してくれます」
そう答える聡馬だったが、それだけではない事を私は知っていた。
なぜ大事な競技馬を二頭同じ馬房で飼育していたのか。馬の健康管理が出来ていなかったのではないか。スーパーホースの死ゆえに手厳しい声を届けるOBも少なからずいたのだろう。電話口で話し込んだのち聡馬は何も言わず全てを飲み込む。部員たちには何も言わなかったが、どんな内容だったのか私にはなんとなく想像できた。私の元にも同じような意見が直接届いていたからだ。
「そうか。うん。アンサンブルの分までがんばれ」そう言った松浦先輩は自分の車へ向かい乗り込んだ。
見送りの為に運転席のそばに立つ聡馬と私に向かって
「最後に一つだけいいか」と運転席の窓を開け、私たちの目をじっと見つめた。
「OBたちに送ってくれた手紙にアンサンブルが亡くなったと書いてあっただろ。亡くなるという言葉は人に使うものだ。馬は、アンサンブルは死んだんだ」
そう言って先輩は帰路についた。
なぜそんな言葉尻をとらえるようなことを言うのだろう。私は手厳しいOB達からの声と同様に心が踏みにじられたように感じた。
「全員部室に集まってくれるか」
翌朝、頭を短く丸めた聡馬が全部員を集め、緊急のミーティングが開催された。変化に驚く部員たちを尻目に聡馬はゆっくりと話し出した。
「昨日、あるOBがアンサンブルの弔いに来てくれた」
松浦先輩の来訪と去り際に言った一言の話をした。
「先輩は何を伝えたかったのか。よく考えた。俺たちはアンサンブルの死に直面し今どん底にいる。だけど馬の死は馬の死だ。成績が残せなければ処分。そんな競走馬を扱う現場で働く先輩は、きっと命を軽んじているわけではない。望まれない馬の死に何度も立ちあってきたのだと思う。命と共に過ごすものはこの悲しみを乗り越えなければならないんだ。というメッセージだと思う」
私は唾を飲み込んだあと口を開いたのだけど、言葉は何も出てこなかった。私と同様に何も言えない部員たちの目を一人ひとり見渡してから聡馬はつづけた。
「俺はもうアンサンブルの死を振り返らない。掲げた団体優勝の目標だけを見つめて前を向く。もちろんみんなに同じ事を強要するつもりはない。でも俺はそうやって乗り越えることがアンサンブルへの手向けになると思ってる。目標を達成した時はアンサンブルに笑顔でみんなで報告したい」
このままではいけないと心のどこかで思ってはいたけれど、どうすればいいかわからなかった。他の部員たちもそうだったかもしれない。でも、聡馬が方向を示してくれた。
「私は振り返らない事は無理かもしれない。……でもアンサンブルにこれだけは約束したい。目標達成のために前を向くって」
私は声を振り絞って答えた。
俯いたまま動かない者、涙をぬぐう者、唇をかみしめる者、周囲の反応をうかがう者、部員たちは様々な反応を見せてはいたが心は決まったのだと私には思えた。
困惑が決意に代わろうとしているのだろうか数分間の静寂が訪れた。その静けさを破ったのは可奈だった。
「少しいいでしょうか……。いや、ごめん。少しいいかな」
部員たちの様子を伺いながら続けた。
「私、正直に言うと最終年の自分に担当馬が割り振られなかった事、とても悔しかった。部をやめようかと思った。下手くそなのは自分が一番よくわかってる。でも私もこの部の馬たちと、この同期たちと一緒に北日に出場したかった」
私は驚いた。可奈の本当の気持ちをはじめて聞き、あの笑顔の裏にこんなにも強い気持ちがあることを知ったからだ。
「でも今……。私もアンサンブルに約束したい。私たちはチームで全日に行くって」
みんな可奈から目線を外すことが出来なかったと思う。可奈の目には心を決めた強い意志を感じたから。
「だからさ……。私一番下手くそだけど……。私なんかから言われても信じられないかもしれない。嫌かもしれない。だけど……」
言葉に詰まり彼女の苦しさが伝わってきたけれど、誰も手を差し伸べる事も口をさはむこともできない。
「みんなの事、馬の事、誰よりも見続けてきた自信があるから……。私、気づいていることが沢山あるんだ。担当馬について理解が足りてない事、練習しなければいけない事、こうした方がいいと思うことが沢山あるんだ」
「だからさ……。だまされたと思ってくれていいからさ……。私からアドバイスさせてくれないかな」
成長できない自分に負い目を感じているせいか可奈の言葉は拙かった。でも可奈の苦しさと決意を感じ取れなかった部員は誰もいなかったと思う。部員同士でアドバイスしあう。当たり前の光景のはずだけど、下手だと自覚する可奈にとってはとんでもなく高いハードルだったのだろう。
「だまされたなんて思うはずないやんけ! 気づいた事なんでも教えてくれや!」
多くの部員の肩がビクッと反応してしまうほどの大声でイチが応えた。「俺にも」みんながイチに続く。喉が熱くて締め付けられて、言葉にならなかったけど何とか音を発し、私も続いた。
「太陽は沈んだけど、また昇るはずだ。前に進もう」
聡馬の一言で決意と約束の時間が結ばれた。
可奈が担当者へ人馬のアドバイスをする。初めはやはり遠慮があった。しかし日を追うごとに自信をもって自らの考えを伝えるようなった。そうなったのは最も積極的にアドバイスを求めたのが聡馬とイチだったからだろう。
二人はよく馬術の事を理解している。結局のところ、エネルギーの出力は全て馬が発するものだ。高い障害を飛ぶことも、活発な進直速歩をするのも全て馬なのだ。人はそれを競技で発揮出来るように教え、サポートを行う。積み重ねるのは人と馬の人馬一体。しかし競技でチカラを発揮するのは、最終的に馬のエネルギー頼りになる。だから部の馬の事を誰よりも知り尽くしている可奈にアドバイスをもらうことは人馬にとって成長への最短ルートなのだ。
技術も知識も抜きんでる二人に他の部員も続く。もちろん私も積極的にアドバイスをもらうようになった。
「響ちゃんはプンテが二回走行を完走することが出来ると思う?」
最近は練習や馬の状態の話題ばかりになったイチパーで可奈から突然の質問を受けた。
「百二十センチクラスでも反抗失権ばかりだからね。出場はするつもりで練習してるけど……」
プンテと私の成績を考えると、とても大きなことは言えなかった。
「私はさ、プンテには百三十五センチクラスをクリアできるチカラがあると思ってる」
プンテは障害の高さに関係なくバーギリギリの高さを飛ぶ。綺麗にそして器用に肢を折りたたみ、バーに当てることはほとんどない。だが障害を前に停止しまう反抗を繰り返し、競技では失権することが多かった。そんなプンテの特徴を前置きに可奈は続けた。
「プンテは障害への集中力が高い。神経質と言ってもいいと思う。だからこそどんな高さの障害でも飛越さえすればバーに肢をあてない。落下減点をくらう事はほとんどないよね」
その通りだ。プンテはどんな高い障害でも飛越するときは折りたたんだ肢がバーに当たることも無く、落下原点が極端に少ない。
「プンテが停止してしまう時ってどんな時?」
可奈の質問に対し、私は少しだけ頭を整理し答える。
「連続障害のBとかCが多いと思う」
「そうだよね。多分プンテには後に続く障害が見えていないと思う。これはあくまで私の仮説だけど…」
可奈の仮説はこうだ。プンテは飛越する障害をよく見定めてから飛越する、とても神経質に。それはおそらく障害への恐怖心がそうさせている。飛越する時は乗り手と自分を信じて踏み切っている。だからこそギリギリの高さを飛んでもバーに肢にあてることがない。しかし連続障害に対してはその高い集中力が仇になっている。一つ目の障害に集中するあまり、それ以降の障害に意識がいってない。もちろんこれまでの反復練習で、ある程度までの連続障害には対応でいるようにはなっているけれど、高さがあがればあがるほど、BやCは突然目の前に現れた壁のように感じていると思う。もしかしたらプンテの視力や空間認知能力に問題があるのかもしれないけれど……。
馬の立場にたったこの仮説は、いかにも可奈らしいものだと私は思い自然と体は前のめりになった。今までのプンテとの障害飛越を振り返ると思い当たることが多々あったからだ。
「確かにそうかもしれん。思い当たる節が山ほどある! でも、どうすれば……」
私は様々な対策を頭の中で思いめぐらすが最適解を見いだせずにいた。
「響ちゃんはさ、障害飛越の時しっかり譲るよね」
「うん。せっかく馬が飛んでくれるから邪魔はしたくない」
「響ちゃんの長所でもあるし、ギリギリを飛越するプンテにも合ってるよね。だけど連続障害に関して言うと短所になってるんじゃないかな?」
「どーゆーこと?」
「BやCの障害をいかに早く見せるか。一完歩しかないからコンマ数秒の話だけど、プンテにはその少しの時間が勇気を振り絞るために必要なんじゃないかな。だから連続障害に限ってはAの飛越後すぐに上体を起こせる程度しか譲らなくていいと思うんだ。Aで落下する可能性は高まるかもしれないけど」
凄い。すごいよ可奈。試してみてもないけれど、これがプンテと私に必要な最適解だと直感した。
ミーティング以降、以前までの頼りなさは影を潜め部を引っ張り続けた聡馬。苦しい時も、つらい時も部を盛り上げたイチ。今や誰にも臆することなく自分の意見を伝える可奈。私はそんな同期たちを頼もしく思いながらプンテと共に練習に取り組んだ。
気温の上昇ともに部員たちの熱も上昇しつづける。そして八月の北日本学生大会を迎えた。
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