プロローグ
「ふざ、けんな……魔法の矢を、五発同時だと……?」
ガレオは呻きながら後ずさるように距離を取る、混乱の中で頭は冷静であろうと必死に目の前の異常事態を処理しようとしていた。
(同時に魔法を撃てる奴がいるのは知ってる、だがそれだってせいぜい二つか三つ、そんな奴は冒険者としても兵隊としても数えるほどしかいないはず…それ以上だと…?クソッ魔法使いってだけで厄介なのに)
魔法使いはこの世界において希少な存在であった、国の正規兵でも冒険者ギルドにおいても引く手数多の需要がある。
(こいつは俺の動きを見切っていた、もっと明確に殺意を持っていたら…)
今はただの衝撃をくらうだけで済んだが次もそうとは限らない、魔法の矢は魔法使いの最も基本の魔法、これしか使えないなんて事はあり得ないだろうと、背後ではレイラが体勢を立て直しじりじりと間合いを詰めてくる気配をガレオは感じ。
「待て、待ってくれ」
瞬時に様々な考えと計算がよぎった結果ガレオは判断する、両手を軽く上げ即座に降参を選んだ。
「…何?」
「勝ち目がないのに意地を張って戦い続ける気なんてないんでな」
「貴様…まだ全ての力を出していないだろ?」
「それはそっちだって同じだろ?悪いが俺は生き残るのが一番大事なんだよ、一つ取引しないか?アンタらは真っ当な手合いじゃねえだろ?」
ガレオは両手を軽く上げたまま、油断なく二人を見比べた。
「初めからあれこれ聞いてたじゃねえか、俺を捕らえようとするのも正義感とかじゃなくてあの兵隊に恩を売りたいだけのはずだ」
「それはそうだな」
ケイオスが素っ気なく答える、その反応にガレオは確信を深めるように口元を歪めた。
「だったら、俺は協力できるぜ?」
「まあ盗賊の頭領ならこの辺りのことは色々と知ってそうだな」
「話が早くて助かるぜ」
「俺は今この世界のことを調べてる最中だ最近きたばかりで何も解らないんだ、それともう一つはそいつの妹を探してる…王国に攫われたって言うな」
レイラは何か言いたげに僅かに口を開いたが否定はせず自分も続く
「…その通りだ、適当な事を言って誤魔化すなよ」
「獣人、ねぇ…そりゃそうそう見るもんじゃないしこの国で探すのは大変だな…けれどちょうどいい情報があるぜ」
「…本当か?」
「これでも仕事柄いろいろ詳しいぜ?」
ケイオスははったりかとも思ったが目の前にいるのは盗賊団の頭領、善人でないだろうが裏の事情にも精通しているなら知っていることも多いはずだ、ガレオはそれ以上口を挟まないケイオスの様子を見て口の端を歪めた。
「まず、南方は物騒だから抗争に負けた獣人が奴隷として売られてくること自体は有る事だ、しかしどいつもこいつも大概が強いからその強さを制御できる奴じゃないと手を出さない…出せないって言う方が正しい」
「それで役割は戦闘用だったり愛玩用だったりと用途は色々だ、ま、どっちにしても飼い慣らす手段を持ってる金持ちの娯楽だな、一度売られたらどこの誰が所有してるかってのはそう見つけられるものじゃない」
「それだと誰か特定の一人を探すのはかなり難しくなってくるんじゃないか?」
「普通ならな」
ガレオはそこで言葉を切り意味ありげに笑った。
「だが一つそんな獣人を相当な人数をまとめて要求してる場所があるんだ、一人一人探すより遥かに見つけられる確率が高いぜ?」
レイラの表情が目に見えて強張った。
「……それをお前が知ってると?」
「知ってるどころかこっちも商売、そのルートを齧ったことがある…もっと言うと余り表立って言える場所でも無い、そこへの案内が欲しいならこのまま俺を使った方がよっぽどお得だと思うぜ」
ガレオは得意げに胸を張った。
「よく口が回る……お前、それが証明できるのか?」
「さあな、ただ兵隊さんに聞いたところで絶対に知らない、仮に知ってたとしても口を割らないような情報だってことは保証するぜ」
「案内してくれるならそれは楽だな」
「…ケイオス?こいつを信じるのか?」
ガレオの言葉に乗り気な答えを返すケイオスにレイラが不安そうに声を挟む。
「どうせ当てはないしな、ここからまた情報を知ってそうな奴を探すのだって面倒だろ?」
「話が分かるねえ、いやあ、まさかこんなところで直ぐ次の仕事に会えるとは思わなかったよ、こりゃ俺も運がいい!」
「はあ、調子のいい奴だな…」
ガレオは嬉しそうに笑い軽く両手を広げレイラは呆れたように呟く、こうして奇妙な三人の間に一つの取引が成立する。
月明かりに照らされた山肌が淡く浮かび木々の間には濃い影が落ちている、遠くでは捕らえられた盗賊の嘆きと頭領を探す兵達がいる、そんな彼らから隠れるように闇の中へ三人の影はゆっくりと消えていった。
※
電撃のような作戦を終えアルセンの部隊はオルディン村にて束の間の休息を取っていた。
奇襲は完璧に決まり抵抗もろくにさせず犠牲者はおろか目立った負傷者すらほとんど出ていない。
「隊長、全員の無事を確認しました軽傷者が数名いる程度です」
報告に来た副官が安堵したように告げる
「そうか」
「はい、これほど綺麗に片付くとは思いませんでした」
誰よりも厳格な隊長アルセンに対してもその声には隠しきれない喜びが滲んでいた。
「皆、無事に戻れたことを喜んでいます、これだけ被害を抑えられたのは大きいかと」
「気を緩めるな、任務はまだ終わっていない」
「承知しています…しかし今くらいは、無事だったことを喜んでもいいでしょう」
アルセンは一瞬黙り、それから僅かに表情を和らげた。
「…そうだな、しかしこれも普段の訓練を怠らなかったからこその結果だ、驕らずそこを忘れるな」
副官は敬礼するとそれ以上は何も言わずに持ち場へ戻っていく、一人になったアルセンは周囲の状況を改めて確認する。
想定していたよりも早く作戦が終わった捕らえた盗賊の処理や押収品の確認も予定より遥かに前倒しで進められるだろう、しかし脳裏に浮かぶのは輸送隊を襲ったという謎のモンスター、それだけの戦力を持つ存在がこの近辺を徘徊しているのなら放置はできない。
正体も目的も不明な以上周辺の警戒を強める必要がある、場合によっては王都への報告や追加の調査隊の派遣も必要になるだろう。
(…やる事は山積みだが、一つずつこなしていくしかあるまい)
喜びに部下たちが浸る中一人アルセンは冷静に今後の事を練っていた、そんな時、ふと思い返す。
(今回の作戦がここまでうまく行ったのは…事前に精度の高い情報があったからこそ、探査球を最大に生かせたからこそだ)
実の所、探査球は決して万能な道具ではない、探知できる範囲にも限度があり稼働させられる回数も極僅か、一度使い切れば再び使用できる状態まで戻すには魔法使いが何日もかけて魔力を注ぎ込まなければならない。
だからこそ使いどころを誤るわけにはいかない、アルセンにとってあれは容易には使えない虎の子だった。
「…あの二人組」
アルセンは呟く、例の少女と護衛の二人、村にあの二人の姿は既になかった。
忙しなく後片付けを進める部隊の喧騒の中に二人が去っていったことに気づいた者はいなかった、唯一話しかけられたと言う団員が伝言を受け取っていた。
『急にやる事が出来たんでな、謝礼はもういいよ』
部下は戸惑いを隠せなかったそうだ、任務にとって重大な情報、相応の礼を用意するのが筋だと食い下がるが少女は淡々とした調子でそれを断り代わりにもう一つ言葉を残していった。
『じゃあ…ひょっとしたらまだ会うかもしれないし、お礼は其の時にでいいよ』
「食えない連中だ」
アルセンは小さく呟きながら周囲へ視線を巡らせた、正体も目的も分からない、突然現れこちらに情報を与え報酬すら受け取らずに去っていく、怪しい点を挙げればきりがない。
(恐らくは……また姿を現す、そうでなければわざわざ我々に便宜を図る理由がない)
今のところ彼らは一度として自分たちに害を与えていない、それどころか利だけだ今回の作戦もあの情報がなければここまで完璧には進まなかっただろう、だからといって正体不明の存在を無条件に信用することもできない。
「今はそれでいい」
無意味に疑い存在しない敵意まで探るのはアルセンの性分ではなかった、警戒はする、次に現れた時もその行動を見極める、何者であろうと何を企んでいようと自分のやるべきことは変わらない。
「国の剣としてこの国を民を守る…私が出来るのはそれだけだ」
敵か味方かはいずれ来るまたの時に判断しよう、アルセンは胸の内でそう決意すると再び部隊のもとへ歩き出した。
※
オルディン村を後にした街道を二頭の馬が並んで進んでいく。
一頭はフルアーマーの護衛が手綱を握りその前に収まる黒髪の少女を乗せている、もう一頭はその馬を先導をしている…操っている者はアルセン達が一人取り逃した盗賊団の頭領、ガレオだった。
ケイオスはガレオの持ちかけた話に前向きだった
「俺もだけどレイラも王国の事は知らないだろ?訳アリの俺達でも問題無い王国の人間ってのは悪くない」
だが、レイラの表情はいまひとつ晴れなかった。
「……本当に、あいつでいいのか?」
正義感という訳ではないが盗賊をやるような者、態度もどこか軽薄で信用できなかった、その様子を見かねてケイオスが軽く言葉を挟んだ。
「別に俺らは正義の味方でもなんでもないだろ」
「それはそうだが」
「お前が俺に頼んだのは妹の捜索だ、手段を選んでる場合でも無いだろ…それに俺が居るからな、下手な反乱なんてする気になると思うか?」
「っは、その通りだな」
凄まじい傲慢な言葉、だが自分が今胸に抱える小さな少女はその言葉を吐けるだけの力を持っている。
「よくよく考えたらお前と組んでるんだ、今更盗賊団の頭程度でどうだと言う話か」
「おいその言葉はこの華憐な少女に言う言葉ではないぞ」
ケイオスのたわ言を聞き流しつつ幾分気楽になったレイラは手綱を改めて握るのだった。
「……………」
ケイオスとレイラを先導するガレオ、その内心には軽薄な裏の算段が巡っている。
(…いつもの俺だったらこんな有様やってられねえって隙を見て逃げ出す以外考えちゃないだろうな)
今ガレオは胸の内に久しく感じていなかった感情を抱いていた、それは暗い物ではなくむしろ希望だった。
(かつてどうしようもなく欲しかった強さ…まさか全て無くした今転がり込んで来るとはな)
※
それは出会った当初、山道でひとまず協力するとなった時の話、ガレオは遠回しにケイオスの情報を探っていた。
「そういや、ちょっと気になってたんだがよ」
世間話のような軽い口調で、ケイオスに尋ねる。
「アンタ強いだろ?強くなるためにやっぱ何か特別なことでもしてんのか?」
「強くなる方法…?んんん…そりゃぱっと思い付く方法は一個ある、というか俺はそれしか知らない」
「へえ?どんなんだい?」
「…うーん、それは」
答えあぐねるケイオスを見てそれはそうだろうとガレオは思う、そんな強さを得れる方法をそうやすやすと教える訳が無いだろうと。
「俺も検証したい所なんだけど…まず適度な奴に適度な相手を用意しないといけないんだが…今ヒーラーいないし…ポーションは貴重だし…うーん…うーむ…俺一人じゃ少なくとも今は無理、悪いな」
呟く言葉の意味はほとんど解らない、だが一言も逃すまいと耳を澄ませつつガレオは拳を心で握っていた、かつては才ある者として活動していた時期もあった、今でも相当な強者の自負はある
(それでも…いや、だからこそ俺はもっとどうしようもない上がある事を知っちまった)
自分よりはるかに強い強者、さらには宝具、遺物、様々な言い方があるが貴重な装備を使う者、ガレオ個人の努力ではどうしようもない壁に当たった過去、必死に足掻いたが結局乗り越えられず、やがて楽な方へ流され落ちぶれて裏の社会に落ちて結末が未だ。
(そう、今だ、流れに流されたまま…こんなチャンスを掴んだ)
これから案内する場所についてガレオの話に嘘はない、獣人が集められ送られていく場所もその経路も確かに知っている。
だが言われるがまま従うと言う気でも無い、態度の裏には冷静な計算があった。
「……なあ」
思わず声をかけかけたがガレオは飲み込んだ。
(まずは信用を取るそれからだ)
ただの冒険者に過ぎなかった自分には強くなる情報へ触れることすらできなかった、一線を越えた強者強力なアイテムの多くは権力者や一部の有力者が独占している、どれだけ腕を磨いたところで身分がなければ知ることすら叶わない世界。
この出会いだけは今までのように流されて終わらせたくない。
ガレオは何食わぬ顔で歩き続けた。
その胸の奥では、長く燻っていた欲望が、再び火を灯し始めていた。
次回は一行が移動してる間に違う話が挟まります




