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精鋭部隊

 翌朝、二人は早々に宿を発とうとしていた。


「んじゃ行くか」


「ああ」




 余計なやり取りもなく荷物らしい荷物もない身軽な二人は目的も決まったとさっさと村を後にしようと歩き出す、だが、村の様子がどうにも落ち着かない。


 表通りに人だかりができ商人や村人たちが額を寄せ合って何やら話し込んでいる、宿を出てすぐ聞くともなしにその会話が耳に入ってきた。




「兵隊が来るんだとさ、かなりの数らしいぞ」


「なんでも輸送隊が壊滅させられた件の調査だって、得体の知れないモンスターに襲われたとか何とか」


「そんなのがこの辺りをうろついてるってのか?おっかない話だな…」




 ケイオスとレイラは思わず顔を見合わせた、輸送隊壊滅、得体の知れないモンスター、他ならぬケイオスが引き起こした一件のことだ。




「へーこんなに早く対処に動くのか、結構しっかりした国なんだな王国」


「関心してる場合か?」


「まあしょうがない、やっちゃったことは戻らんし」




 ケイオスは少女の声のまま他人事のように呟いた、合わせてポーズまで取っている、レイラは眉をひそめよく解らない姿勢を取っているケイオスを睨んでいた。


 そうこうしているうちに、遠くから地響きにも似た振動が伝わってきた、村人たちがざわめきながら道の端へと寄っていく、その視線の先、街道の向こうから統率の取れた蹄の音が近づいてくる。




 砂埃を上げながら現れたのは鎧に身を固めた騎兵の一団だった、整然とした隊列を組み先頭には旗を掲げた騎士が一人。


 その数ざっと見て三十騎はくだらない、物々しい空気を纏いながら騎兵たちはまっすぐにオルディン村の中心へと進軍してきていた。






 ※








 村の広場に緊張した空気が広がっていた、村長らしき初老の男が恐縮した様子で騎兵の一団を出迎えている。


 そしてもう一人、そこに居たのは壊滅した輸送団の隊長のガルドだった、昨日の一件からまだ日も浅く、その顔には隠しきれない疲労と苛立ちの色が見て取れる。






「して、事の詳細を今一度伺いたい」






 対応に当たっているのは騎兵団を率いてきたらしい指揮官らしき者、装備で顔は見えないが冷ややかな声音にガルドは僅かに顔を強張らせながら答える。




「は……輸送隊は、正規の護送手順に従い進んでおりました、しかし何者かも判然としない怪物の襲撃を受け瞬く間に部隊は壊滅、捕獲用の道具まで投入したものの及ばず…あと一歩と言った所で消して無駄な消耗では…」


「言い訳は結構だ、貴殿の落ち度があったかどうかは本国が精査の上で判断する」




 指揮官の言葉は取り付く島もなかった、ガルドは唇を噛みながらもそれ以上反論する術を持たなかった。




「今回の輸送隊が運んでいた獣人たちはいずれも選定を経た良質な戦争奴隷だった、捕獲、輸送、管理に要した費用も相応のもの、それが一夜にして丸ごと失われたとなれば貴殿の評価に無視できぬ影響が及ぶことは覚悟しておくことだ」




 その言葉にガルドの顔から完全に血の気が引いた、一方で指揮官は別にガルドを追い詰める気もないのかそのまま話題を切り替える。




「我々がこの地に来たのはその一件のためだけではない」


「…と、申しますと」


「この一帯に潜んでいるとされる盗賊団の討伐だ、かねてより精鋭部隊を編成し掃討に当たる予定であった、我々がこの近辺に展開していたところに貴殿の一件が重なっただけのこと」




 指揮官は淡々とそう告げると後方に控える精鋭らしい騎兵たちへ一瞥をくれた、統率の取れた佇まい隙のない装備、先の輸送隊の兵たちとは明らかに練度の違う気配を纏っている。



 その様子を人だかりに紛れたケイオスとレイラはじっと聞き耳を立てながら見守っていた。




「盗賊団の討伐、か」


「物々しい話だな…お前が暴れた件もあるし早くここを出よう」


「…いいや出発するのは延期にしよう」



 レイラは驚く、あの正規団とは関わり合いにならない方がまずいいはずだ、しかしケイオスはまるでこんな機会を逃すはずもないと言わんばかりに楽しげに笑っていた。



「せっかく国の精鋭と出くわせたんだ、これはチャンスだ」




 ※






 そうして出発を延期したケイオスとレイラは酒場の隅で情報収集をしていた、昼間から酒精を煽っている常連客たちの会話を聞いたり時には話しかける、話題は自然と村に来た騎兵団とその討伐対象である盗賊団の噂に集まっていた。




「盗賊団か?国のあちこちで暴れてたらしいな、本国から精鋭を差し向けられるのも当然だよな」




「ここら辺はとにかく広くて昔人が住んでた場所とかもあちこちにあったりするんだ、そういう連中が居つくのもあり得るだろうな…おっかねえ話だ」




「この盗賊連中はあっちの拠点、こっちの拠点って渡り歩いてしぶとく生き延びてるんだとか」




「団員も厄介だが何より団長がとんでもねえって噂だぜ、討伐に向かった冒険者や衛兵がことごとく返り討ちにされてるらしい」






 そんな会話を終えてケイオスは黙ってグラスを傾けながら聞いていた、隣のレイラも表情は変えないまましっかりと耳を澄ませている、やがて酒場の店主が席にやってきて水を注ぎ足しながらぽつりと声をかけた。




「お嬢ちゃんたちもしばらく村を出でない方がいいだろうよ」


「なんで?」




 少女の声でケイオスが小首を傾げる、店主は困ったように笑いながら答えた、レイラの隠れた顔が僅かに眉を寄せる、ケイオスはこの姿の時は取ってつけたような態度をちょくちょくと取る。



(油断させる、相手から情報を得る、姿に合わせた正しい振舞いではある…よくやるものだ)



 ケイオスの正体を知るレイラは微妙な気持ちのままそれを見守っていた、ちなみにケイオスは単に今の姿に相応しい可愛らしい言動をするのが趣味なだけである。




「盗賊討伐で兵隊は殺気立ってる、流石にこの村を襲うことは無いだろうし今はここに居る方がいいさ、おまけに例の化け物騒ぎもあるだろ?こんな物騒な時に嬢ちゃんみたいな子が出歩くのは危ないさ」




「…そうだな、そうね」




 ケイオスは曖昧に頷きながら答えた、だがその目は大人しく村に居るだけの気は無い色が浮かんでいた。





※



 それから二人は酒場を離れる、村はずれの人気のない木立まで移動して人が居ない事を確認してからケイオスは軽く右手を掲げた。




「下級キメラ召喚、鳥、十二体《Summon Twelve Lesser Chimeras: Feather》」




 詠唱を紡ぐと地面から迫り上がるように光が渦を巻いた、以前と同じ下級のキメラを召喚する呪文、今度のキメラは翼を持っていた、いびつな継ぎ接ぎの意匠は変わらないが。




(呼び出せるキメラも…アルカディアと同じで誰を呼べるかはちゃんと選べるな)




 召喚したキメラたちを眺めながらケイオスは頭の中で自分のスキル体系を改めて整理していた。


 下級は低レベルモンスターの再現、中級は中レベル、上級は高レベル、再現できるモンスターも戦闘力もそうして段階的に上がっていく。




(とはいえこんな初めの村で中級も上級も出すもんじゃないしな、目立つし)




 実験と検証をしつつ今ケイオスが選んだのは見た目はともかく大きさ自体は小さめの彼らだった、ケイオスは並んだ飛行型キメラたちへ向き直る。




「ここから外を飛び回って人が居る拠点らしきもんを探してこい、見つけたら戻って知らせろ」




 命令を受けたキメラたちは迷いのない動きで一斉に羽ばたき、あっという間に空へと舞い上がっていった、それぞれ別々の方角へ散っていく後ろ姿をケイオスはしばし見送る。




(偵察なんてアルカディアじゃそんな器用な事は出来ない、でも飛べるキメラならこの辺りに潜んでる集団の発見くらいなら出来る…はずだ)










 ※








 国の精鋭が訪れたオルディン村が一夜明ける、その外れの駐屯地で仮設された天幕の中で部隊長のアルセンは地図を広げていた。




「さて、どこから手をつけるか」




 呟きながら辺境一帯を示す地図に視線を落とす、輸送隊壊滅の一件そして盗賊団の討伐、どちらも一朝一夕で片付くとはアルセン自身はじめから期待していなかった。




 ヴァルス連合王国は広大な国土を誇る国家である、しかし広大過ぎる国家があだとなりその統治の目は辺境の隅々にまでは行き届いていない。


 盗賊団の無法もそこが大きな要因だ、しかし国もその無法をいい加減見過ごすことは出来ず精鋭である彼ら精鋭を派遣したのだった。






「隊長、報告です」




 部下の一人が天幕に入ってきた。




「輸送隊の生存者からの聴取、追加で取れました……相変わらず要領を得ません、得体の知れない怪物が現れて統率もへったくれもなく蹴散らされたの一点張りで」




「…解った」




 アルセンは短く答えると地図に視線を戻した、正体不明の怪物の一件は確かに気にかかるだがそれを追うだけの余裕は今のこの部隊にはない、輸送隊を壊滅させた怪物は目撃情報だけで正体が掴めず追跡の糸口すらない状態だ。






「目的通り盗賊団から追う、この王国でこれ以上の狼藉を許すわけにはいかない、怪物の一件は動きがあり次第随時対応するとしよう」




 アルセンは地図に指を這わせながら辺境に点在する複数の地点を丸で囲んでいった、盗賊団が潜伏していそうな候補地をじっくりと絞り込んでいく作業が始まろうとしていた。


 天幕の外では精鋭部隊の面々が黙々と装備の手入れを続けている、長期戦になることを見越した静かで淡々とした空気がその場に満ちていた。



 そんな時、駐屯地の天幕に一人の兵士が慌ただしく駆け込んできた。




「隊長ご報告が!」


「なんだ騒々しい」




 アルセンが地図から顔を上げると兵士は息を弾ませながら告げた。




「件の盗賊団の潜伏拠点らしき場所の情報提供がありました、地形の特徴、規模、遠目に見えたという周辺の見張りの配置までかなり詳細な内容です」


「…なんだと?我々が来たのは昨日だぞ?どこの誰が言い出した話だ」




 疑いの色を隠さずに問い詰めるアルセンに兵士は困ったような顔をしながらも食い下がった。




「しかしこの情報やたら精巧でして地形の起伏、川の位置、隠れる岩場の配置までと、まるで…上空から見てきたかのような作り話とは思えない精度なんです」


「そこまでか…」


「はい……それに情報を持ち込んできた者たちが少々…いえ、かなり奇妙でして」




 兵士に手で合図されアルセンは天幕の外に居る情報提供者を見る、駐屯地の入り口に立っていたのは上質な仕立ての衣装を纏った黒髪の少女とフルアーマーに身を包んだ戦士だった。




 こんな辺境に貴族令嬢としか思えない出で立ちの少女が護衛一人だけを連れて立っている、旅装にしては上品すぎるし護衛を一人しか連れていない事もおかしい。




(…何者だ?)




 アルセンは警戒を込めて眉間にしわを寄せる、情報提供自体はありがたい話だ、しかしこうした申し出には眉唾なものも少なくない。


 功名心や小遣い稼ぎ目当てでいい加減な話を持ち込んでくる輩もいる、今回はここまで正しい情報が渡せるならば半端な悪戯ではない、だが巧妙過ぎて罠の可能性もある。


 しかし盗賊側の罠だとしてもこれほど堂々と出てくる事もないだろう、アルセンはしばらく思案した後、意を決したように部下へ声をかけた。




「『探査球』を出せ」




 その一言に周囲の兵たちの間にどよめきが走った。






 ※








 やがて外に運ばれてきたのは丸みを帯びた金属質の球体だった、表面には見慣れない機構の継ぎ目が走り側面には長々とした横文字の刻印が施されている、恐る恐ると言った風に持ち運ぶ兵隊達からその取扱いの丁重さから貴重品な事が見て取れた。




「今から情報の裏付けを取る、もし話が事実であればそれ相応の礼はしよう」

「ああよろしくな」

「……………」



 そうしてアルセンが情報提供者、つまりはケイオス達に厳かにそう告げる、直ぐに球体はふわりと宙に浮かび上がり淡い駆動音を立てながら指定された方角へと飛んでいった。




 その様子を見つめながらケイオスは内心でぽつりと呟いていた。




(あれって探知くんか?)




「王国の秘宝か」




 レイラのつぶやきにケイオスが反応する




「秘宝?」


「ああいう特殊な力を持った道具の事だ、私の故郷でも使ってる者が居る…あまり見る物では無いが」


「ふーん…珍しいのか」


「ああ早々見れる物じゃない」




(結構便利なアイテムだけど…秘宝って言われると違和感あるな)




 やがて駆動音とともに探査球が戻ってくる、球体はアルセンの前でふわりと止まると側面から淡い光の映像が投影される。


 地形の起伏、川の位置、岩場に紛れるようにして配置された見張りの影、ケイオスが語った情報…キメラに見つけさせたその情報、それと寸分違わぬ光景がそこに映し出されていた。



「おお」

「これは…!」

「…本当のようだな」




 兵士たちのどよめきの中に低く漏らしたアルセンの声には驚きと、この情報をもたらしたケイオスとライラへの警戒が滲んでいた。


鳥のキメラが一晩でやってくれました。

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