オルディン村
オルディン村の門は丸太を組んだ簡素な防壁で囲われていた、門の脇には見張りの兵が二人退屈そうに槍を携えて立っている。
そこへ貴族令嬢めいた黒髪の少女と護衛らしき女が近づいてくる。
見張りの兵の一人が胡散臭そうに眉をひそめた。
「……こんな辺境に、ずいぶんとお上品なお嬢さんだな」
「どこのご令嬢さんだ?名や身分を聞いておきたいのだが」
もう一人が槍の柄で軽く地面を叩きながら問いかける。
とはいえその口調にそこまでの緊張感はなかった。
オルディン村は村としては大きな規模だがそれでも辺境の農村であった、首都近郊の関所のような厳格な取り調べが行われる場所ではない。
多少の身元不明な旅人程度日常的に出入りしているのだろう。
少女の姿をしたケイオスは特段構えもせず答える。
「色々とお忍びでな」
それだけで多くを察したのか兵たちは互いに顔を見合わせた。
貴族の子女が事情あって身分を隠して旅をしていると、さして珍しい話でもない、しかしそれだけで通しますとは流石に門番としては即答できない。
返答に戸惑う様子を見てケイオスは懐に手を入れ貨幣を取り出し硬貨を、兵の手にそっと握らせる。
「これで目を瞑ってくれ…ませんこと」
(あの兵隊連中から失敬したもんだけどな)
あの部隊を襲って荷を荒していたケイオス、荷の文字も道具も理解不能だったが貨幣だけは判断がついていた。
他の物は全部投げ捨てたがそれだけは使えるなとこっそり拝借していたのだ。
兵の表情が途端に緩んだ。
「……そういうことなら。どうぞ、お通りください」
(こういう時は賄賂が相場だよな…)
アルカディアの頃も幾度と行った賄賂が想像以上にうまく行った事にケイオスは内心ガッツポーズをする、表面上は優雅のままに。
そうしてケイオスとレイラは何事もなかったかのように、そのまま村の中へと足を踏み入れていった。
※
「おお…!」
ケイオスが感嘆の声を上げる、村の中に足を踏み入れると思っていた以上の光景が広がっていた。
村の外側は見渡す限りの畑だったが門をくぐった先は賑やかな街並みが続いている。
石踏み固められた道の両脇には宿屋、雑貨を扱う商店、旅装束を売る店、酒場らしき建物までが軒を連ねていた。
行き交う人々も農夫だけでなく、旅装の商人や武具を携えた冒険者風の男たちの姿が目立つ。
村の役割、物資と人が集まる中継地が景色そのものから伝わってくるようなそんな活気が伝わる様子だ。
「思ったより賑わってるんだな」
そうして呑気な声で辺りを見回しながらまるで観光でもしているかのような足取りで歩く、店先に並んだ見慣れない品々を物珍しそうに眺め、時折足を止めては首を傾げる姿は見た目通りの幼い少女だった。
その隣を歩きながらレイラは静かに考え込んでいた。
「…………」
ケイオスの正体や実力は疑う余地もない、しかし今自分が来てる装備、獣人と解らぬよう素肌を隠す形のフルプレートに近い装備。
見るからに重そうだが外見に反してひどく軽い、動きを阻害する重さなど微塵も感じさせない。
装備すると体に合わせサイズが変わる見た事も聞いたこともない技術も使われていた。
それを村に入る前にあっさりと自身に渡し。
「あ、店主…さん、その果物…名前解んないけど多分知ってるから、その辺の全部まとめて頂戴、腹減って…お腹が空いてましてよ」
門をくぐる時のやり取り、貨幣を握らせる賄賂、手慣れた仕草、迷いのない振る舞いとっさにできることではない。
(本当に何者なんだろうなこいつは)
※
レイラが思案している中、呑気に観光しつつ果物をかじりながら歩くケイオス、ふとここまで歩いて気づいたことがあった。
(そういや獣人を一人も見てないな)
門番も店の商人も道行く旅人も、目に入った顔は全て人間種ばかり。
獣人の争いで敗れた者は戦争奴隷として王国に売られるとレイラは語った、ならば村にも獣人の労働者や奴隷が居てもおかしくないが今の所気配すら見当たらなかった。
「ちょっとちょっと、いいか」
ケイオスは商店の店主の老爺に声をかける、少女の声少女の見た目のままあくまで無邪気な体で問いを投げる。
「この辺りって獣人の人はいない…のかしら?」
老爺は少し驚いたように眉を上げたが、すぐに合点がいったように頷いた。
「ああ、そりゃあお嬢さんが見かけないのも無理はないよ」
「そうなの?」
「あいつら人より頑丈で力も強い、下手に働かせようもんなら道具を武器に変えて暴れられかねん、だから農村の下働き程度じゃ使われることはないのさ」
老爺は肩をすくめながら続けた。
「もっと厳重に管理できる大きな街とか専用の役目のある場所に集められるって聞くね、うちみたいな村に回ってくるのは、せいぜい荷運びの手伝いにごくたまに大人しい奴が回されるくらいだよ」
その言葉に、ケイオスは内心で小さく頷き老爺に礼を言って離れながら頭の中で情報を整理し始めていた。
※
時間は少し過ぎる、村の宿の一室、ケイオスは椅子の背もたれに寄りかかりながらレイラと話し合っていた
「レイラも聞いてたと思うが獣人はこういう村じゃ居ないんだとさ、ちゃんとした管理ができる大きな街とか専門の施設に集められるってよ」
「……つまり王都かそれに準じる大きな街か」
「ああ手掛かりが少ないのは変わらないが探す目標は大分減らせた、どのみち俺もこの世界のことを知るためには首都に行きたい所だったし…丁度いい」
「なるほど、な…」
ケイオスは頷きながら、向かいに座るレイラへと視線を向けた、レイラは安堵と緊張が入り混じったような複雑な息を吐く。
「私たちは王都に向けて進む…という事でいいんだな?」
「他に当てもないからな、お前もそのつもりだったんだろ」
「…無論だ」
短く答えるとレイラは膝の上で拳を握った、王都に行けば危険はこれまで以上に増えるだろう。
もし捕らわれてしまえば今度こそ自分は戦争奴隷から逃れられなくなる、しかし引き下がる訳にはいかない理由が彼女にはあった。
「私の妹はな私と違って戦いに向いてる方じゃない、優しい性格で争いごとを好まない奴だった」
ぽつりとレイラが呟く。
「…力が弱いってだけで粗雑に扱われてる可能性だってある、獣人がどんな事をさせられているかは解らないが安全な事だけは無いだろう」
「…………」
レイラは一度深く息を吸い込むと、顔を上げてケイオスを見据えた。
「絶対に見つけ出すどんな目に遭っていようと必ずだ」
その声には迷いも揺らぎもなかった、ケイオスは薄い身体を反らし胸を張る。
「何、依頼を受けたからには安心しろこれでも冒険者だから依頼は達成してやるさ」
「ふっ、そうか」
レイラは思わず小さく笑った、改めて目の前の姿を見ると妙な違和感が込み上げてくる。
あの巨大な鎧の化け物、それが今は幼い少女の姿をしている、それが平然と冒険者などと言っている。
「今の姿でそう言われるとなんだかおかしいな」
「何がだ?」
「いや、それにケイオスお前は冒険者だったのか?」
「冒険者だぞ…まあ俺の居た世界での話だけど間違いなく冒険者だ」
「そうか」
レイラは苦笑する、結局のところケイオスについては分からないことばかりだった。
あれほどの力を持ちながら何故か妹探しまで引き受けた、ついでとは言うが自分が渡した情報だけでは釣り合わないだろう。
どこから来たのかも分からない何者なのかも分からない、それでも不思議と先ほどまで張り詰めていた緊張は少しだけ薄れていた。
(解らない事ばかりだが、それでも紛れもなくケイオスは私と同じ目線で話している)
「なんだ?急に黙って」
「……本当に変な奴だな」
「……そうか?俺は元居た場所ならむしろ真っ当なプレイヤーでな」
そうしてとめどない会話を二人は続けていった、窓の外では日はすっかり沈み、オルディン村の灯りが夜の帳の中にぽつぽつと浮かび始めていた。




