ヴァルス王国
レイラはひとつひとつ丁寧に言葉を選びながら語った。
まず自分の生まれた地は大陸から見て南方にあると、種族間の対立が激しく争いの絶えない獣人種が存在する連合国家だと。
次に大陸の中心に位置しその大半を治めているという人間種の統一国家、現在いる場所であるヴァルス王国のこと。
北方については詳しくないが国境には険しい山脈が連なり、その先には凶暴な存在が徘徊する危険な地域だということ。
西と東の果てまで王国領らしいが遠すぎてそこはどうなっているかはレイラ自身の知識もほとんどないとのことだった。
ケイオスもまた、聞くばかりではなかった。
「アルカディアって名前に聞き覚えはあるか?」
「いや…ないな、全く知らない」
アルカディアの詳細こそ伏せたもののかつて自分がいた場所にはこの世界とはまるで異なる様相の種族や勢力が存在していたことを話した。
だが、レイラの反応は芳しくなかった。
精霊、ドラゴン、魔導城、そういった話については存在そのものを疑いはしないもののどこか御伽噺を聞くような表情を浮かべていた。
「冒険譚や夢物語でならばまあ聞いたことがあるな」
「実際にはないのか?」
「ああ族のご老体が語ってくれるのを聞いたことはあるが…現実味は無いな正直」
(俺には目の前のお前だって十分現実味が無いんだけどな…)
ケイオスは改めて目の前にいる彼女を見る。
全身を覆う柔らかな毛、人間の輪郭を残しながらも猫を思わせるように前へ伸びた耳と猫と人をそのまま掛け合わせたような顔立ち、そして腰の後ろから伸びる豊かな毛量の尾。
ケイオスがアルカディアのゲームで知る獣人の種族そのままであった、リアルでは存在しないはずの存在がはっきりと目の前に居た。
「どうした?」
「いやなんでもない」
「………?」
次に機の世界の事だがこちらは全く見当もつかないと、高度な兵器、ロボットやアンドロイドはレイラにとっては想像も難しい様で困惑した表情を浮かべるばかりだった。
「すまない、ちょっとよく分からない」
「そういや、機械のことを口頭で説明しろって結構難しいな」
「…………」
「…………」
「俺のNPCの一人にルナっていうアンドロイドがいるんだが、そいつがいれば分かりやすいんだがな」
「えぬぴいしいとはなんだ?技の名前か?」
「…………」
「…………」
それ以上の説明は無理だと判断し、この話題はそこで打ち切りとなった。
※
一通り言葉を交わし終えたところでケイオスは深く息を吐いた。
ここが自分にとって全く見知らぬ場所なのだということを改めて実感する。
アルカディアと似てはいるがやはり同じではないここは別の世界だと、全く手掛かりが無いという事がしっかりと理解させられた。
「久しぶりに、大きな冒険になりそうだなこりゃ」
かつてアルカディアで幾度となく冒険を繰り返してきたケイオスにとってもこれほど先の見えない旅は久しぶりだった。
「ありがとよ、大体知りたいことは聞けた」
「………………」
「俺のこれからの目下の目的はひたすら探索になりそうだ」
「そうか」
「だからついでだお前の妹も探そう、対価は今の情報で構わない」
「!」
レイラは一瞬目を丸くし、そして何度も確かめるように大きく頷く。
「ああ…!よろしく頼む!」
「じゃ早速だがここからどっか向かう当てはあるか?俺はこの辺りの事は何も知らんからな」
「………それはそうだろうが、まあ、いい」
探すと言ってその答えはどうなんだ、ケイオスの正直な答えに呆れつつもレイラは記憶を辿るように語り出した。
輸送される最中、監視の兵たちが交わしていた会話をレイラはずっと聞き耳を立てていた、この辺りで規模の大きい農村が一つあり輸送隊はそこを中継地として利用する話を。
「オルディン村…あの部隊はその村に行くつもりだったと言っていた、会話の様子からして距離もそう遠くないはずだ」
「決まりだな」
ケイオスは迷うことなく答えた、どうせ何も分からない世界どこへ行こうと手掛かりを探すことになるなら今ある情報に乗るほうがいい。
「久しぶりに冒険らしい冒険になりそうだ」
そうして小さく笑う、アルカディアと言う世界を長く遊んでいたケイオス、効率のいい道順も出現するモンスターも何をすれば何が起こるのかも大抵のことは知っていた、そこにはある種の飽きと慣れがどうしても起きていた。
しかし今は違う、何が待っているのかも分からない、効率の良さなど論外だ、遠い記憶の初心者の記憶それが妙に懐かしく、同時に少しだけ楽しみにも思えた。
ケイオスとレイラはオルディン村のある方角へゆっくりと歩き出した。
※
オルディン村は辺境にしては珍しいほど賑わいのある集落であった、周囲に点在する農村の多くが粗末な柵と家屋だけに対し、この村には宿屋の看板が掲げられ商店らしき建物まで軒を連ねている。
中には国の兵の駐屯施設も設けられており単なる農村という枠には収まらない規模を持っていた、このオルディン村を境に王都側へ向かえば開拓の進んだ土地が徐々に増えていく、中央と辺境その狭間に位置する中継地、それがこの村の役割だった。
その村の広場に、ただならぬ空気が漂っていた
普段であれば行商人や旅人が行き交う場所に傷だらけの兵士たちが次々と担ぎ込まれてきている、中には自力で歩いてきたものの放心したような顔でその場に座り込む者もいた。
「何があった、報告しろ!」
駐屯施設の前で指揮官らしき男が声を荒らげている。
「そ、それが……輸送隊が、何かに襲われて……生存者もほとんど気を失っていて、詳しい話が……」
「ふざけるな、輸送隊は正規の護送部隊だぞ!一体何に襲われればあそこまで……!」
集まってきた兵たちの証言はどれも要領を得なかった。
頭のない巨躯の化け物に襲われた事、窮地ではあったがそれの対処までは上手くいった、しかしそこで届いた強い衝撃、そこからは誰もが記憶が途切れまるで見当がつかないらしい。
村の広場は次第に混乱と苛立ちが渦巻く場所へと変わりつつあった。
そして何より奴隷として運ばれるはずだった獣人たちにも逃げられて行方も掴めていない、機を見て逃げ出したのか化け物の手はずだったのか疑心暗鬼が深まる。
「至急王都へ報せを送れ、未確認モンスターの輸送隊壊滅…これは只事じゃない!」
その声を最後に、村の空気は一層張り詰めたものへと変わっていった。
※
ケイオスとレイラは草原を歩き続けるうちに彼方の地平線に人の営みらしき影を確認する。
「見えて来たな」
徐々に近づくにつれ遠くにぽつぽつと立ち並ぶ屋根や、薄く立ち上る煙が視界の端に映り始める、村までの距離がある程度縮まったところでケイオスはふと足を止めた。
「とはいえこのまま入ってく訳にはな」
隣を歩いていたレイラも、それに合わせて足を止める。
妹を探すためには人と情報が集まる場所へ近づく方が理に適っている、とはいえ今二人が堂々と村に足を踏み入れられるはずもない。
ケイオスの巨躯に一般的な人種とかけ離れた顔立ち、どんな種族とも似ても似つかない、レイラもまた獣人だ、先の騒動もあるのに身元不詳の自分が堂々と王国の村に行くのは目立つだろう。
どちらもこの国の人間が集まる村に素顔のまま入っていける存在ではなかった。
「何か策があるのか?」
「まあな、実はこれに関しては自慢の奴がな」
ケイオスは少し自慢げに胸を張る、レイラの前でゆっくりと目を閉じた。
「見てて驚くなよ」
次の瞬間、その巨躯の輪郭が揺らぎ始めた。
幾重にも重なっていた重厚な鎧が、黒と赤の怪しい光に包まれていき、光は鎧の表面を這うように広がり、やがて全身を覆い尽くした。
蛙と猫を足したような異形の顔立ちも、その黒と赤の光の中で輪郭ごと歪み、縮んでいく。
骨格が軋むような音と何かを作り替えるような奇妙な音が聞こえる、ただ黒い光が影を塗り潰し、赤い光がその輪郭をなぞるたび、巨大だった身体が急速に小さくなっていった。
やがて音と光が弾けるように消え。
そこに立っていたのは先ほどまでの巨躯とは別物だ、十歳ほどの黒髪の少女、艶やかな髪が肩にかかり纏う衣装もどこかの良家の子女を思わせる上品な仕立てのものへと変わっている。
可憐という言葉がそのまま当てはまるような、小柄で華奢な姿だった。
「……は?」
レイラの口から間の抜けた声が漏れた。
目の前で起きたことがにわかには信じられなかった、あの異形の巨躯がなんともか弱そうな人間の少女に成り代わっている。
声を失ったままレイラはその姿をまじまじと見つめ続けた。
「な、な……お前、な、なんだその姿……?」
「擬態ってやつだ姿を変えられる、俺の種族の特権だな」
少女の姿になったケイオスはいつもと変わらぬ調子で淡々と答えた、声色こそ幼い少女のものに変わっているが口調のぶっきらぼうさだけは変わらずだが。
「ただこの姿は色々と制約があったりする…ともあれ今はそれはいい、レイラ今からお前はどこかの偉い令嬢の護衛だ、装備は今から渡す」
「装備?お前そんなもの何処に」
レイラは衝撃に戸惑いながらもさらに突っ込む、
しかしその言葉を言う前にいつ何処から出したのか気づけばケイオスは幾つかの装備を手に持っていた。
「???」
「さっき移動しながら確認してたがアイテムボックスは使えたんだ…とにかく俺の荷物が残ってたんだ、これで多少は融通が利く」
レイラはそれ以上考えない事にした。
小さな戦った事もないような手から装備を受け取りつつ思考を止める、この化け物は自分の理解の外に居ると。
※
それからしばらく後、夜の色に染まるオルディン村の門の前にやがて二つの影が姿を現した。
一人は上質な衣装を纏ったどこか貴族令嬢を思わせる黒髪の少女。
そしてもう一人その傍らに寄り添うように立つ、上質な装備で全身を固めた護衛の女。
村の門番たちはその組み合わせに怪訝そうな視線を向けながらもゆっくりと二人を迎え入れようとしていた。




