それにしても腹が減った。
キメラという種族はアルカディアでも強種族の一角に数えられる。
プラス面は非常に高い体力に物理の攻撃防御で魔力の攻撃防御までそれなりに高い、マイナスな面としては速度が遅く種族固有の魔法以外は一切扱えないデメリット。
ケイオスはその特性を理解し活かした重戦士へとビルドを振り切っている、悪くない魔についても下手な奇策はせず種族スキルである召喚だけで良しとし一種のキメラ種族のテンプレートリビルドだがそれゆえの一線級の強さを誇っている。
しかしもう一つキメラにはマイナス特性がある、大食漢というデバフである。
時間経過で起きる空腹状態の対処への必要な食料が多いだけでなく空腹状態になると各種デバフに戦闘能力低下などが起きる、もっともアルカディアならば多少手間がかかる程度の話で致命的では無かった、しかし…。
※
大きな丸い頭に二本の角、猫と蛙を足して二で割ったような顔、巨大な体には重層の鎧、そんな異形のキメラケイオスの手には長方形の何かが握られていた。
顔は全く嬉しそうでは無い、渋々と言った風に巨大な口にレンガのような何かが運ばれる、そして咀嚼すること数回、何とも微妙な顔が浮かぶ。
「……不味くはないんだけどな」
味気ない食感と栄養だけを詰め込んだような無機質な味、腹を満たすという目的だけは果たせるがそれ以上の役割は期待できない代物だった。
もう一つ取り出し眺める、携帯食料という刻印の入った長方形の物体、表記があるだけで味を想像させる要素は何もない。
「ルナが居ればな…ゲームじゃなくて実際にあいつのスキルでの料理が食べられただろうに…あいつも早く見つけないと…」
誰に言うでもなく呟き残りを飲み込むように口へ運ぶ。
噛むというより義務的に喉へ流し込むといった動作に近い、重層の鎧に包まれた巨体が今は心なしか小さく見えていた。
これまで旅をしていたケイオスが食事に不満を言ったことは無かった、今になって急にグルメに目覚めた理由には訳がある。
それは謎の世界と言う緊急事態、依頼を受けているという意識などで最低限のこと以外は後回しにしていた、だが今ケイオスは一人となった結果個人的な嗜好にリソースを回し始めた結果こうなっていたのだ。
「レイラもガレオも…ミアラでさえ口に入りゃ上等って感じだったからな……」
思い出しながらケイオスは苦笑いを浮かべる。
片や獣人の戦士片や裏社会を渡って来たつわもの、どちらもカタギとは程遠い経歴を持つ二人は食事の質に文句を言うどころか気にする素振りすら見せなかった。
「鉱山街の料理も…こう…雑、というか、何というか…」
煮た芋に干し肉など酪農とは縁の薄い土地柄なのか素朴な物、旅の携帯食料よりは幾分マシ程度というのがケイオスの評価だった。
「……腹は膨れるんだがな、こう栄養も味もイマイチだと…なんだかなあ」
これまでは生きるための食であり食べる楽しみというものが決定的に欠けていた、今になってその物足りなさが意識に上ってきていた。
「後、たぶん…致命的に腹が減ったら『物足りない』じゃ済まない気がする」
今感じている『美味い物を食いたい』という欲求もアルカディア時代に経験していたデバフが影響しているとケイオスは予想している、幸いまだ飢える経験はしてないがあの飢餓によるステータスダウンを今の自分が成ったらどうなるのか。
(あまり考えたくない…あの状態になったら今の俺がどうなるのか…間違いなくろくなことにならない)
そうしてケイオスは二重に自分には質の良い食事が必要なのだと感じていた。
※
もっとも当てがないわけではない、次に目指す場所には一つ期待をかけていた。
「グランヴァレスト、だったか」
現在王都へと続く街道をケイオスは一人歩いている。
レイラにミアラ、ガレオとも別れ当面の目的はこの世界のより深い情報を得ること、差し迫った危機が去り歩みにもいくらか余裕が生まれていた、そんな事もあって後回しにしていた懸案が頭をもたげてきたのだ。
「流石に期待せざるをえない」
首都の門とも呼ばれる巨大な交易都市グランヴァレスト、王国の中心部近く東西が収束する地点に位置している、あらゆる道が一箇所に集まるからこそ巨大な交易街として栄え、首都へ至る最大級の門としての役目も果たしているのだ。
もっともそうした地理的な重要性など今のケイオスの頭には二の次、目下の関心事はあくまで食事情、街の成り立ちや政治的な意味合いは意識の外。
これまで通ってきた辺境の農村や鉱山の領地とは違うはず、舗装の行き届いた街道、整然と区画された市場、絶えず人と荷が行き交う様子。
そういった光景を思い浮かべるだけで道中の期待が膨らんでいく、各地の特産品が集まる商業都市であれば食の選択肢も自然と豊富になるだろう、腕の立つ料理人だって一人や二人はいるかもしれない。
「…ふふ、さっそく旅らしくなって来たな」
そう言い聞かせるように呟きケイオスは足取りをやや速めた、目指す街の輪郭がまだ見えぬ道の先にぼんやりと浮かんでいるような気がした。
※
街が遠目に見えてくる辺り、既にケイオスは少女の擬態の姿になっていた。
この世界にも慣れて来たがキメラの姿は目立ちすぎると、人目のある街へ本来の姿で飛び込むのは得策ではないとの判断だ。
「~♪」
頭には大きな黒い帽子を被り、長い黒髪がその下から肩を越えて流れ
上半身は身体の線に沿う黒い衣服と金糸による繊細な刺繍が施された短い上着
腰から下には深い緑を差し込んだロングスカートが広がり、歩くたびに裾が揺れる
スカートには大きく動けるようスリットが入りその内側には黒い短パンを合わせている、こちらにも金の装飾が施され単なる実用着ではないことが窺える。
黒と深緑を重ねた衣装は落ち着いた色合いながら、金の刺繍や金具が随所に施されておりどこか上品でありながら同時に戦いや旅にも対応できる実用性を備えていた。
「うーん今日も俺は可愛いぜ!」
新たな衣装を来て鼻歌混じりのご機嫌な威風堂々とした姿、もっとも年端もいかぬ少女が一人で街道を歩いているというのも傍から見ればいささか不自然ではある、しかしここまでの道中で世界の雰囲気もおおよそ掴めており現在ケイオスは警戒よりも大胆さが先に立っていた。
そうこうしているうちに街の傍まで辿り着く、まず目に飛び込んできたのは途方もなく長く高い城壁だ、関所としての役割も大きいというだけあってその威容は今まで見てきたどの防壁とも一線を画している。
「んん? ここはまだ街の外じゃ……?」
目を引いたのはそれだけではなかった、城壁の周辺、本来の城門にはまだ距離があるはずの一帯にそれなりの人の姿が見える。
警備兵らしき者たちだけでなく粗末な造りの掘っ立て小屋が立ち並び道端には露店らしきものまで出ている。
「お嬢様の言う通りここはまだ城壁の外ですよ」
思わず漏れた呟きに応じる声、振り返るとこざっぱりとした身なりの中年の男が立っていた、落ち着いた物腰で言葉遣いも落ち着ている。
「グランヴァレストは大き過ぎるのですよ、城壁の中に入りきらなかった連中が外側にこうして根を張っってしまう、門を通る手続きだの関税だのを嫌う輩も多いそもそも中に入るだけの金がない者もいる」
男は壁際に並ぶ粗末な小屋へ目をやりながら続ける。
「見ての通り正式な街の一部とは言えません、しかし商売が生まれて人も住んでしまってる、言ってみれば……壁の外にできたもう一つの街みたいなものですよ」
「ふーん、でも人が住むのって大変じゃないのか?それに衛兵もこれ放置していていいのか?」
「大変は大変ですね、ただこの辺りは水源が近く最低限生きる上には何とかなる、それにここは荷運びなど下働きの仕事も絶えず出る、着の身着のままでも日銭くらいは稼げるんです」
「ふーん」
「衛兵にしても、放置しているというより……見て見ぬふりをしていると言った方が近いでしょう、ここに住む連中を全部締め出したら街の中で必要な下働きが回らなくなる、かといって正式に街の一部として認めれば税やら統制やらの面倒が増える、だからちょうどいい距離を保ってるのです」
「大人の事情だなあ」
「もちろん…揉め事を起こせば容赦なく追い出されますがね、大人しくしてる分には衛兵も見て見ない振り、余計な手出しはしないのです」
「ふんふんふんふん…つまりはこれがスラムってやつか、初めてみたな」
「おや知っていましたか」
「まあな!」
(アルカディアでも定番だし…むしろ今まで見た事なかったのが不思議だけど)
これまでケイオスが見てきた場所は国の統治が行き届いていた、農村も鉱山街もどちらも秩序が保たれていた、こうして村や町の外に独自の場所を形作っている光景は初めてだった。
「しかししかし…ここまで大勢の連中を丸ごと放っておいてるわけでもないんです、ここいらにも独自に仕切ってる連中がいたします」
「すると?」
「…お嬢様には刺激の強い話になるかもしれません」
「おおー」
男は少し声を低くしてそこで止まる、具体的に何がと出すつもりはないらしいが表の統治だけでは収まりきらない街の隙間を別の力が埋めていることは十分に伝わってくる。
「ともあれ表と裏、両方が絡み合って回ってるのですよ」
「結構面白かったよ」
(戦闘はソロも集団戦からもっと大規模なものまで一通りやってきたが…内政絡みの話はからきしだからなあ)
元来複雑な事は苦手なケイオス、ゲームの中でも縁のなかった分野であり統治だの経済だのという話の一つ一つが妙に新鮮に感じられた、一通り納得したところでふと素朴な疑問がケイオスに浮かぶ。
「それで、何で俺にそんな親切に答えてくれるんだ?」
「ただの親切ですよ、とはいえ正直に言えば…あなたのような方との縁をみすみす逃す手はないとも思っていますがね」
男の視線が少女の姿をしたケイオスを一瞥する、粗末な身なりの者が多いこの一帯にあってその少女はどう見ても只者ではない、仕立ての良い装いに庶民とは明らかに異なる立ち居振る舞い。
「こういう場所では、ちょっとした親切が後々どんな縁になるか分かりませんのでね…申し遅れました、商人ギルドに籍を置く者でバルドー・レンシュと申します」
隠す様子もなくそう語る態度には正しく商人と言った言葉がふさわしい色が浮かんでいた。




