金色のゴーレム
「貴様の操るそれがワームと同格と呼ぶならば!!!」
遠くから叫ぶヴィルフリートの声はもはやなりふり構わない絶叫に近かった、手にした黄金の何かがまばゆい光を放ち始める。
レイラとガレオも即座に警戒態勢を取る、だが目の前には常識の外側だけを歩き続けるケイオスがいる、その事実だけで二人の中には奇妙な安心感が根付いていた。
「気を抜いちゃいけないってのは当たり前だが…まあ、ケイオスが居るとな」
「…そうだな」
今さっきの異形のゴーレムの活躍もあり多少の軽口を交わす二人、だがそのケイオスの横顔には今二人が見たことのない表情が浮かんでいた。
「あの光方って…間違いない日緋色金!!?!」
「ケイオス…?」
二人の声も聴いてる余裕も無い唖然としたその一瞬はしかし瞬く間に過ぎ去った。
「俺じゃ間に合わん!!ゴーレム!!着地前に止めろ!」
これまで一度として聞いたことのない、焦燥の滲む声だった。
その叫びを耳にした瞬間異形の巨躯が地を蹴った、ヴィルフリートへ向けて一直線に飛び込もうとする、その軌跡は奇しくも先ほどと同じ繰り返し異形の拳がぶつかる寸前に何かが割り込む。
「これが、代々この土地に生を受けた貴族ですら数える程しか扱えぬ遺物!日緋色金のゴーレム!」
ヴィルフリートの絶叫が響き渡り瞬間、掌の小さな人型が膨れ上がり────
ゴオオオオオオォンッ!!!
激突の衝撃がこれまでとは比較にならない轟音を伴って空間を揺るがす。
ケイオスのゴーレムの一撃を止めたのは金色に輝くゴーレム、姿形こそ先ほどまでヴィルフリートが操っていたゴーレムによく似ている、だがその大きさはケイオスの操る異形のゴーレムすら小さく見えるほどの体躯であった。
巨大な足先だけで人の大きさを優に超え足や腕は家屋が連なっているかのような厚さ、人の首が動く限界まで上げて見上げてやっと見れる上半身は空を背負うような広さまるで巨大な城壁、空に浮かぶ雲がこちらを見下ろしているかのようであった。
※
ゴォン!!!!!!
ドグウォン!!!!!
巨体同士がぶつかる重低音が響く、だが形成は明らかだ鉱石のゴーレムを一撃で粉砕し続けてきたケイオスのゴーレムが圧倒的に押されている。
そのあり得ないサイズの掌で自身の身体ごと掴まれて抑えられている、拮抗するように踏ん張るが、地面には亀裂が走り巨躯がじりじりと後退していく。
「………………」
誰も言葉を発せなかった。
「嘘だろオイ……」
ようやくガレオが呟く。
坑道のワームに匹敵するケイオスがそう言っていたゴーレム、その実力は先ほど見たとおりに証明されていた、しかし目の前にいる金色のゴーレムはそれすら上回っていた。
二撃目。
三撃目。
衝突するたびにケイオスのゴーレムの装甲へ深い亀裂が刻まれていく、やがて数度目の激突を受けた瞬間その巨躯が大きく傾く。
「………………」
元より上げる声を出す器官は無い、だが無言のまま支えを失ったかのように崩れ落ち身体が黒い泥へと変わっていく、そしてそのまま地面へ溶けるように沈み跡形もなく消えた。
「は、はあ……どうだ……これが……」
勝ち誇ろうとしたヴィルフリートの声途中で途切れた、その顔は青白く額には汗が浮かび肩で荒く息をしておりどうやらあの金色のゴーレムを操ること自体が相当な負担らしい。
「成程、こいつがダメなら俺の魔法じゃ倒せないな」
「……何?!」
ケイオスは金色のゴーレムを見上げぽつりと言う、今までどれほどの敵を前にしても余裕を崩さなかったケイオスが初めて『倒せない』と口にした、誰もが息を呑む、しかし。
「日緋色金出した時は流石にヤバいと思ったんだが流石にビビりすぎたな…俺のゴーレムでアレだけ持ってるようじゃな…いやああして呼び出せてるだけ上出来か?レベルキャップで相当パワーダウンされてるだろうし…」
先ほどまでの慌てた様子からは嘘のように落ち着いていた、むしろ何かを納得したように金色のゴーレムを眺めて思案にふけっている、その意味を理解できる者は誰一人としていなかった。
「あ、あの…?」
「あの状態の奴なら、たぶん大丈夫だ」
ミアラが不安げに声をかけるがレイラが静かにそれを制す、何かを察したような確信めいた声、その一言で我に返ったのかケイオスは軽く肩を回しながら振り返る。
「よし、後ろに全員下がっててくれ流石に危ないから」
いつもの調子ではあったが声には確かな重みがある、そしてケイオスは堂々と前へと踏み出した。
※
「くる、か、行け…!」
意識があるのかないのか、判然としない様子でありながらケイオス達への一念だけでまた金色のゴーレムが再び動き出す、その巨躯と比べれば手の先に乗るほどにも見える小さな影がその目の前に迷いなく飛び込んだ。
「龍の炎《Dragon's Flame》」
ケイオスの詠唱と共に目の前の空間に膨大な魔力が凝縮されていく、瞬く間にそれは巨大な火球へと姿を変えた。
炎の奔流が金色のゴーレムを真正面から呑み込む、轟音と共に凄まじい爆発が巻き起こり地面を揺るがす衝撃波が周囲へと一気に広がった。
「くっ……!」
「うおっ……!」
「きゃ…っ!?」
後方に避難していた三人は咄嗟に腕を交差させ顔を庇う、直後、熱風が二人の身体を叩きつけるように吹き抜け衣服や毛を激しく揺らした。
熱波はまるで炎そのものが押し寄せてきたかのよう、二人は足を踏ん張りながら耐え続けるがそれでも身体が押し流されそうになる。
「なんつー熱だ……!」
「ケイオス……!」
「……………!!」
ゴーレムはその奔流に逆らえず巨躯が大きくたたらを踏む、爆発の勢いに押され地面を削りながら後方へとよろめいていく。
「そんな魔法まで…!?だが……」
炎が晴れた後そこに立つ金色の巨躯には傷一つ見当たらなかった、魔法の余波で立ち込めた煙が視界を白く塗り潰し互いの姿すら朧げにしか見通せない中、ヴィルフリートの声が響いた。
「無駄だ!このゴーレムに傷をつけた者など誰一人としていない!いかなる魔法も通じはせん!」
「だろうな、あのゴーレムどれだけレベル落としてる状態か知らないけどそれでも俺の魔法じゃ絶対通らないさ」
「…そうだろうな!…?なんだ、今…」
勝ち誇るような叫びに視界の悪い煙の向こうから声が返される、あっさりと肯定するその物言いにヴィルフリートは一瞬今度こそ相手が降伏を認めたのかと思った、しかしとある違和感にきづく。
(…今の声は…?)
煙の奥から届くその声、先ほどまでのあの幼い少女の声が違っていたのだ。
「ま、一度全力で魔法打ち込んだ場合も知りたかったし感謝するよ、中々爽快だったけど…人がいる所でやるもんじゃないってのがよく解った」
その声はもはや違和感などではなく確信であった、低く、腹の底に響くような、大地そのものが震えるかのような重い響きへと変わっていく、やがて、煙が風に流され少しずつ晴れていく。
白く霞んだ向こうに何かが立っていた。
人の形に近いようにも見える、だが、その輪郭は明らかに人のものではない。
異様に大きく張り出した肩不自然なほど太い四肢、頭部から伸びる奇妙な輪郭と全身を覆う幾重もの突起が煙の向こうで黒い影となって浮かび上がっている。
「…だ、誰だ?どこから貴様は出てきた?」
「ずっといたって、初めからな」
視界越しですら圧迫感が伝わってくる、自身には代々受け継がれている日緋色金のゴーレムが傍にいる、この地…いや王国全てを見てもこれ以上のゴーレムは存在し得ないだろう。
(あり得ない、今私は…)
だがヴィルフリートは使役するそのゴーレム以上の何かが目の前のソレに感じていた。
そして煙がさらに薄れその影が前へ出た。
※
そこに立っていたのは獣人を珍しくもない存在として扱い雇っているこの地でさえ見たことのない姿だった。
縦にも横にも大きな巨体、丸く大きな蛙と猫を足し合わせたような独特な相貌、角や突起が身体の各所に見え全身は見た事の無い豪勢な重層の鎧に包まれている、そこに先ほどまでの少女の面影はもはやどこにも残っていなかった。
「…随分と久しぶりな気がするな」
「一体…貴様は…!?モンスター…いや、違う…どこの種族にこんな…!!?」
こともなげに喋る姿には明確な理性が宿っているモンスターではないことは明白であった、混乱するヴィルフリートの目を奪ったのはその鎧に使われている素材であった。
「日緋色金……!?」
この世界でも最も希少かつ高価な鉱石。
これを使用した武具は貴族はおろか王族ですら数えるほどしか持たない、日緋色金製の装備、アイテムは例外なく国宝級の価値を持つ。
「お、解る?お目が高いな自慢の神器の一つだ」
「歴史ある我が一族だから持てる日緋色金を貴様は一体どこから…!?」
「俺だってちょっとしか持ってないって…ともあれさっきの姿じゃそいつは無理だから戻った、ま、これはこれでちょっと気が引けるんだが」
混乱の極みにあるヴィルフリートを気にもせず何の警戒も見せず堂々と歩いてくる、一歩一歩と天空を貫く高さのゴーレムすら意に介さぬように。
金色のゴーレムは指示を受けてはいなかった、それでも、自分のすぐ目の前まで歩いてくるその異形の存在を前にまるで本能に突き動かされたかのように腕を振り上げ、次の瞬間、巨大な拳が振り下ろされる。
「よっと」
「…■■■■■!」
迎え撃つように異形の戦士も手を掲げる、この地で幾度となく繰り広げられてきた巨躯同士の衝突、それでも次の瞬間に起きた一撃はどの一撃とも比べものにならなかった。
※
『…?』
『なあ今揺れたか?』
『そういえばさっきからなんか…?』
『物騒だな…こっちでも何処か崩れないといいが』
街までその衝撃は響いていた、事情を知らない者は何か山崩れか地震だとそう感じたという。
※
拳と拳がぶつかった瞬間、空気そのものが爆ぜる、爆発的な衝撃が刹那に辺りに響き大地が空気があらゆるものが震え、轟音が遅れて響き地面が大きく震える。
衝撃は地表だけに留まらず地中深くまで叩き込まれたかのように大地を揺さぶる、局所的な地震が起き周囲に転がっていた石が跳ね上がる。
ドズンンンンンンンンンッ!!!!!
「うおおおおっ!?」
ヴィルフリートが余波で後ろに吹き飛ばされる、その音はもはや殴り合いの音ではなかった。
巨大な建造物が崩れ落ちたかのような衝撃、数秒経ち振動が鎮まる頃に立ち直ったヴィルフリートは今度こそ絶句した。
「…中々いいな、流石日緋色金性だ」
異形は押されもせず巨大な拳を真正面から受け止めたままただそこに立っている、対して殴りかかったはずの金色のゴーレムの巨体がむしろ僅かに押されていた。
…ズ…ズズッ。
大地を削りながらゴーレムの足が後方へ滑る、小山のような巨体が下がっていく。
「見ての通り俺の本業は戦士なんだよ」
ケイオスは何事もなかったかのように呟いた、さらに一歩、前へ出る、その動きに合わせるように金色のゴーレムの巨体が押し返される。
もはや戦うなどそういった存在ではないはずの金色のゴーレム、それが人に比べれば大きいとはいえ遥かに小さいはずの存在に力で押し負けている、その光景を前にヴィルフリートにはもはや何が起きているのか理解できなかった。
アルカディア名鑑、素材
《日緋色金》
最も高価で最も入手が難しく最も性能の高い素材、圧倒的な性能を誇る、しかし年に一個手に入るか入らないか。
最高ランクである神器の条件の一つには日緋色金を使用しなければならずプレイヤーを苦しめる。




