ゴーレム
(何なんだこいつ、何がそんなに気に入らないんだ?)
ヴィルフリートの様子をケイオスは黙って見つめていた、表情には出さないが目の前の男に対する明確な不信を固めつつあった。
「えーとアンタ責任者?話は通ってるか知らないけど…俺がこの子の権利を持ってるんだよここから連れてくからな」
(とにかく無駄に面倒を起こしてもアレだしさっさと行っちゃおう)
「………………」
不審な気配を察しつつも深入りを避けるようにケイオスが軽くそう告げる、しかしその一言こそが男の中で辛うじて保たれていた均衡を決壊させた。
「なんだと?」
まだ自分のしたことは誰も知りようがない、今回の事件もこの鉱山では起こり得る事だ黙っていれば誰も気付かない、保身と意地の天秤はぎりぎりのところで揺れ続けていた。
だが目の前の小娘の態度はまるで自分など眼中にないと言わんばかりだった、この鉱区を長年一人で切り盛りしてきた自負、その全てを踏みにじられたような感覚が男の頭に血を上らせた。
「ここでそう易々と渡すというわけがないだろう!」
「……ん?お前、取引の事を聞いてないのか?」
「き、聞いているに決まっているだろう!当主様が直々に決められた取引だ!承知している!していないわけがない!」
一瞬我に返りかけたが引き下がるにはもう遅かった、開き直るようにあるいは自分自身に言い聞かせるように声を張り上げた。
「貴様らが邪魔をしなければ全てが完璧に進んでいたのに…なんなんだ…クソが!!」
「なんだこいつ?どこの誰だ?」
「ここの管理の責任者ヴィルフリート・アイゼンシュタインだ!」
「あ、そう…まあとにかく落ち着けよ、さっきから何言ってんだ?」
「とにかくそいつは置いていけ!これ以上私の鉱山で好き勝手されてなるものか!」
「いやだからもう契約が終わってるんだって…」
激高ぶりからは明確な事情までは読み取れないが男の異常さだけは十分すぎるほどケイオス達に伝わっていた、しかし今自分達は貴族の領地にいる荒事を起こす前にまず何とか説得できないか試みる。
しかし進まないその堂々巡りの中で均衡を破ったのはレイラだった。
「置いていく訳がない、そもそも契約に基づいて取り返した者を…貴様はどうする気だと言うんだ」
怒りを滲ませながらもその声には理性的な鋭さがあった、その問いに男が返した言葉はあまりにも身勝手なものだった。
「不幸な事故だった…それで済む話だ!お前たちもそう言え!」
その瞬間、言葉が終わると同時にレイラの姿がその場から消え去っていた。
俊足の動きの先は一直線に離れた先のヴィルフリート、ただでさえ一度は失いかけた妹をまた奪おうとする相手にレイラにブレーキは利かなかった。
※
鉱山の主ヴィルフリート。
その人格は貴族の間でも決して褒められたものではないと専らの評判だ、だからこそそんな男が秘匿の鉱山における最高責任者の地位に就いているのにはそれ相応の理由があった。
ズグッ
消え去ったかに見えるほどの速度で飛び込んだレイラ、だがその身体が届くよりも早く地面から重い音と同時に何かが這い出した、ソレは構えられた短剣を受け止める高速の一撃を止めたソレは、鈍く光る人の上半身を模した鉱石の塊だった。
「ッ!?」
レイラは瞬時に体を翻す、瞬間その人型の鉱石の塊がもう一方の腕を振るい見た目に似つかわしくない速さで殴りかかっていた、瞬時の判断が無ければ殴り飛ばされていただろう。
紙一重でそれをかわしたレイラは一瞬でケイオスたちの傍へと舞い戻る、鉱石の人型はそのまま下半身まで地中から姿を現していく、おまけに同様の姿をした塊が地面のあちこちから次々と這い出してくる。
「ああそうだ何も問題ない、ここ以外に誰一人目撃者はいなかったのだからな!」
「こいつらは…!?」
「貴様らも直ぐに解るだろう!この地では私に跪く以外の道などないという事を!」
「…ふん、やけにこの地の者が腑抜けていると思っていたが、貴様が原因か」
レイラが吐き捨てるように呟いた、思えばこれまで出会ってきた同郷の獣人たちの誰も彼もが妙に従順だ故郷の頃の気概すら見えない。
強者揃いのはずの南方の獣人がこれほどまでに大人しく従うなど本来あり得るはずのない光景だった、それが起こり得る事実は一つだけ圧倒的な強者の支配を受けている時だ、彼らはこの地の支配者であるこの男に完全に服従していたのだ。
「一つ教えてやろう、ここで契約した奴隷には魔法による枷が施されていてな、逆らえば相応の苦痛が返ってくる仕組みがある」
「悪趣味な事を…!」
「は!従わせるために無駄に身体を損なうような事しかできない下等な連中とは違うと!エレガントな方法と言え!だが…それでも痛みを無視してまで歯向かう馬鹿な奴もたまにいる、だから」
周囲には幾体もの鉱石の人型、ゴーレム、魔法使いが操る傀儡が四人を包囲するように立ち並んでいる。
「そういう手合いすら屈服させる事のできる実力者だけが!この鉱山の主となる事が出来るのだ!」
そう語りながら調子を取り戻すように男は口の端を吊り上げた、この鉱域の貴族の中でも随一と謳われる魔法の使い手。
それこそがこの男がこの秘匿の鉱山において管理者の席に着く事の出来る何よりの理由だった。
※
「…事情は読み込めねえがただの馬鹿ではなかったみたいだな」
表情こそ崩さないもののガレオの額にはうっすらと冷や汗が浮かんでいた、錯乱したようにしか見えない言動だが管理者と名乗るだけの実力がある事だけは嫌でも理解できた。
「何、私も鬼ではない…理解したならその獣人を置いていけ屋敷では話を合わせろ、そうすればお前たちは無事に帰れる…これで全て元通りというわけだ」
「ふざけるな!誰が…っ」
レイラが激高し飛び出しかけるがその足は途中で止まった。
(この石の化け物、先ほど一瞬刃を交えたが膂力は私以上だ…油断したら一撃でもやられかねん…)
男が操るゴーレムの力は並ではなかった、鍛えられた戦士であろうと一撃で沈められるそう確信させるだけの力があの一合の中に確かにあったとレイラは確信する、無策で飛び込めばそれこそ命取りになる。
「これは……っははは、笑えねえなオイ」
ガレオも動けずにいる、自分と同等以上の強さを持つ存在、それが周囲に幾体もの存在し包囲されている、後ろは鉱山で逃げ場はどこにも無いあまりにも分の悪い状況だった。
そして。
「………っ」
まだ本調子には程遠いミアラの存在があった、その視線に気づいたのかミアラが弱々しく声を上げる。
「姉さん、私なら……大丈夫だからこうして会えただけでも、私がここに残れば…」
「黙れ」
レイラは即座に鋭くそれを遮った。
「お前を置いて帰るくらいなら、ここで討ち死にする方がマシだ…絶対に連れて帰る」
有無を言わせぬ声、ミアラはそれ以上言葉を継ぐことができなかった。
その様子を眺めていたヴィルフリートがじれたように舌打ちする。
「遅いな…しょうがない少しばかり力の差を教えてやろう」
短くそう告げると指先を軽く振った、合図と共に周囲を固めていたゴーレムの一体が地を蹴り四人へと向かって突進を開始した。
※
誰の目にも分の悪い戦いに見えた、しかしここまで黙っていたケイオスが突進してくるゴーレムの前にすっと歩み出た。
「空脚《Sky Step》」
短い詠唱と共に歩みと共にその体がふわりと浮き上がる、ぶつかる寸前に三次元の歩行はゴーレムの頭上へと向かい弧を描くように回避する。
「衝撃《Impact》」
ズドォンッ!!
鈍く重い衝撃音が響き渡りゴーレムが止まる。
次いで地面が軋みひび割れるほどのエネルギーが突き抜ける、硬質な鉱石の巨体がその場に沈み込み全身に無数の亀裂が走り動きが目に見えて鈍くなった。
「衝撃《Impact》」
ズドォンッ!!
止めとばかりにもう一度、今度は鈍い破砕音と共にゴーレムの巨躯は無数の破片となって崩れ落ちた。
「なん…だと…!!??」
「はは、お前がいたか」
「嘘…」
「ふん…あれがあいつの本来の姿だ」
ガレオが気を抜いたように呟きミアラは目を丸くしたままその光景に言葉を失っていた、自分より幼く、小さな女の子があの鉱石の怪物をあっさりと打ち砕いてみせた、そしてレイラだけはどこか誇らしげにそう零す。
「…そうか、奴も魔法使いか!ただの小娘ではないとは思っていたが…!」
一方ヴィルフリートは明らかに動揺していた、想定していなかった介入に警戒の色が滲む。
その間ケイオスは何かを考えこむようにどちらにも反応を見せなかった、ただ静かに崩れ落ちたゴーレムの残骸を見つめながら、自らの一撃がどのような結果をもたらしたのかそれだけを淡々と観察し続けていた。
※
「っち!ゴーレム!!!」
ヴィルフリートが警戒の度合いを引き上げたのかゴーレムを自分の周りに集合させている、その僅かな間にケイオスがふと振り返った。
「レイラ、ガレオ、こんな時に……いや、こんな時じゃないと出来ない話がある、強くなるためにへの話だ、二人とも知りたがってただろ」
「そりゃそうだが…こんな時にも限度があるだろソレは」
「ああ今の状況でする話か?」
二人が同時に呆れたような声を上げる、ガレオが旅に同行している最も根本的な理由でありレイラもまた同じ、お互いもっと強ければ違った未来があったとその悔恨が常に胸の奥底にくすぶっている。
「でもこんな時じゃないと手に入らないんだよな、たぶん……いや、恐らく確実に…」
はっきりしない物言いだがその語尾とは裏腹にケイオスの声には確信めいた芯があった。
「あのゴーレム今軽く測ったけどたぶんレイラとガレオよりちょっと強い、純粋なステータスだと向こうが上、スキルや武器込みなら二人の方が上…何にせよやり合うなら命懸けで戦うことに変わりはないけど」
「急にどうしたんだケイオス、先ほど打ち合ったが…私としてもあいつらはそんな所だがそれが何だというんだ」
「鉱山だし…鉱石系のモンスターが出るだろうとは思ってた…好都合ではあるけど……ここまで危険な状況になるのは、正直想定外だったが…」
ぶつぶつと呟くケイオスにガレオが我慢しきれず突っ込みを入れる。
「おい、何か試してるような場合じゃねえだろ?倒せるとしても俺らじゃ命懸けになっちまうんじゃ」
「そう、それが必要なんだよ、今から自分の限界まで戦ってみて欲しいんだ、あのメイスあるだろ?ゴーレム相手には特攻武器だ二人のポテンシャルなら倒せないってことはない、命懸けだけどさ」
「「……………」」
ケイオスが顔を上げて二人に向き直り当たり前のように告げる、その余りの言葉に絶句するガレオとレイラだがケイオスは時間も惜しいとまくしたてる。
「聞くけど記憶にある限り死ぬか生きるかの戦いをしたのはそれぞれいつが最後だ?」
「それは…もう、記憶にねえくらいだな」
ガレオが少し考え込むように答える、自分ほどの腕前になれば同格の相手とぶつかる機会自体が滅多にない。
それに今では危険な状況に陥りかける前に対処をする、あの山道で精鋭部隊から逃げおおせたり、ケイオス相手には最初から降参を選んだり、本気で命を賭けた勝負などこの数年記憶にないほど遠ざかっていた。
「私もガレオほどではないが……似たようなものだ」
レイラも続けて応じる、南方でも群を抜いた実力を持つがゆえに真に死線と呼べるほどの戦いはそうあるものでなかった、ガレオ同様に危うくなる前に処理する事も多くなっていた。
「…推測だけど、二人とも身に覚えにあるんじゃないか?生死の境の戦いをした後に実力が大きく上がったって感覚なかったか?」
「…………あったかもな、昔過ぎて覚えちゃいねえが死線を超えた後に強くなったって感覚」
「…私もある、しかしあくまで気概の話ではないのか?修羅場を抜ける事は戦士として必要だからな」
ケイオスはその二人の言葉に大きくうなずいた。
「そうそれだからこそ確認したいんだ、生死を分ける相手と意味なく戦って来いなんてふざけてんのかってのはそうだ、死んだらそれで終わりだしな、けど」
一度言葉を切り二人を見る。
「俺の推測が正しければそれが二人が今以上の力を得るための方法のはずで」
ケイオスがそう言ったその時地面を踏みしめる重い音が響いた。
一度引いたゴーレムがこちらへ向かって歩いてきていた、様子を窺っていたヴィルフリートが動き始めた。
「先ほどは驚いたが……どうやら連続では使えぬようだな?」
嘲るような声と共に指先が再び振られる、今度は一体ではない、複数のゴーレムが地を揺らしながら一斉にこちらへと迫ってくる、決断の時が迫っていた。
アルカディアでは俗に言うパワーレベリング、それに準ずる行為は厳しい制限がなされている。




