再開
三人は迷わず近くにいた獣人の作業員数名に声をかけに行った、見慣れぬ余所者の唐突な登場に獣人たちは一瞬警戒するように身を強張らせたが、レイラの姿を見てすぐに態度を緩める。
「…まだ聞いてないのか?」
そう前置きしてから男は事の次第を語り始める。
この一帯の管理主から突如として宿場に戻れという避難指示が飛んだ、理由はこの鉱山を根城にしている規格外のモンスターが異常な活動をしているのだと。
「ここじゃワームって呼ばれてる奴なんだが…一口には言えないとんでもない奴だ」
「蟲…鉱山…ワーム………かあ」
「心当たりがあるのかケイオス?」
「俺の想像通りなら、ちょっと面倒くさいのがな」
「とにかく必死に帰って来たよ、ここまで来れば一安心だ」
「でもよ俺たちの担当してる区域には、そもそもあのワームは来ないはずだろ?なんで俺たちにまで避難指示なんて出たんだ?」
「何?」
別の獣人が首を傾げる、この鉱山にもいくつかの区分がある。
外の一般的な採掘場よりは確かに危険だが獣人の戦闘力であれば対処できる比較的安全な部類の区域、そして前述のワームの縄張りの危険な区域。
「そういった場所を交互に担当してるんだ、ま、俺らが神経すり減らさ無いよう長持ちさせるためだろうが…」
「とにかく今日は休めるってんならそれでいいだろ別に」
「こんな途中で仕事を切り上げろなんて指示、今まで一度もなかったぞ?」
戸惑いの声があちこちから漏れ聞こえてくる、誰もが原因の分からない不自然さに言葉にはできない違和感を覚えている様子だった。
「それより私たちは探すべき相手がいるんだミアラと言う名の女性だ、それに私の一族と同じ者はいないのか?」
「俺は知らねえな」
「俺も聞き覚えがない」
「結構長いこと居るがお前の一族は見た事がねえな」
「新しい奴か?」
会話を断ちきってレイラが焦れたように割って入り訪ねるが否定の声しか聞こえない、そんな折に遠慮がちに控えめな声が上がる
「…俺は…その名前聞いた覚えがある」
「っ!」
「細身の……確かお前みたいな見た目のやつだ、ちょっと前に入ったばっかの連中の一人のはず」
「何処にいる」
一同の視線がその男に集中する、男は少し言いにくそうに視線を泳がせながら続けた。
「…ちょうど今日は……その危険な区域を回っている」
「なん、だと?」
その一言にレイラの表情が凍りついた。
「おい、その危険な区域はどっちだ!」
「は? お前正気か?」
「いいから早く教えろ!」
「死ぬ気か?あの蟲を知らねえからそんな口が利けるんだよ」
「俺は一度だけ遠目に見た事がある……あれはもう闘えるもんじゃないんだ、故郷でもあんな化け物は見た事が無い、向こうの連中も避難指示を聞いてるはずだし待ってた方が…」
その口ぶりには単なる恐怖以上の何か生々しい実感が滲んでいた、だがレイラは一切怯む様子を見せなかった、まっすぐに前を見据えたまま次の言葉を待つようにさらに問い詰めようとする、そのとき。
「おい、こっちだ」
少し離れた場所からガレオの声が飛ぶ、集落の外れ視線の先には大きく二手に分かれた道があった、片方は先ほどから何度か人が行き来してた道。
もう片方は灯りも疎らな奥へと続く暗い道、誰一人としてその暗い道から戻ってくる気配はない。
「あっちで間違いないよな?」
「あ、ああ……その通りだ。あそこが、危険区域への唯一の入り口だ」
ケイオスが、傍らの別の獣人に念を押すように尋ねると獣人は青ざめた顔で頷いた。
「よし、じゃあそこまで迎えに行くか」
「ここまで来て今更引くなんて選択肢はねえよな……ま、お前ら二人が居なきゃ俺はとっくに回れ右してるけどな」
軽口交じりの言葉だったがその目には腹を括った戦士の色が浮かんでいた。
二人の当たり前のような態度にレイラの険しい顔が一瞬緩み、直ぐに引き締め暗い道の方角へと駆け出していた躊躇いも迷いも一切ない迅速な動きだった。
「お、おい」
慌てて呼び止めようとする獣人の声はもはやレイラの耳には届いていない、残された獣人たちはあっという間に暗がりへと消えていく三人の背中をただ呆然と見送ることしかできなかった。
「…走りながらでいいから聞いてくれ」
坑道への道を駆け抜けながらケイオスが前を見据えたまま口を開いた。
「今のうちに言っておくこの鉱山のワームって奴、多分だが心当たりがある」
「心当たり?」
「詳しく話してる時間はないから大事な事だけ言う、合図したら、目を瞑れ、絶対に瞼を開くな、閉じてる時間は1秒もあればいい」
その指示はモンスターの潜む坑道の奥へ向かう場面においてあまりにも不可解なものだった、だがガレオとレイラは特に問い詰めることなく承諾する。
「わかった」
「お前がそうやって言うってことはよっぽどだろうからな」
これまでの旅路で幾度となく目にしてきたケイオスの底の見えない実力、わざわざ念を押してまで告げる忠告だ、理屈は分からずとも従うだけの理由には十分だった。
三人は暗闇の奥へ迷いなく走り続けて行く。
※
危険区の作業場でその違和感に気づいたのは耳役のミアラだった。
「…おかしい今すぐ戻った方がいい」
普段であればごく稀に伝わってくる遠く微かなうなり、それが今明らかに大きくなっていた。
この危険区域では可能な限り音を殺すことが鉄則とされているが、ミアラはその鉄則を破って周囲に届く声量で告げた。
「けど今日のノルマがまだ終わってねえぞ」
一人が渋るように応じた。
「戻ったら罰則が付くかもしれねえ」
別の一人が続く。
「つーか俺たちは出来るだけ蟲が動かない時間帯や場所を選んでやってるんだろ? お前の勘だけでそこまで判断していいのかよ」
「早く戻れなんて指示が出てる訳でもないしな」
「正直まだ噂のそいつ実際に見た事すらねえからな」
「ああ、第一ここにいる全員でかかればなんとかなるんじゃないか?」
軽い調子で笑う者までいた、戦争奴隷としてこの鉱山に来てからしばらく、彼らの想像していた過酷な環境よりは拍子抜けだったこの環境、注意されているモンスターは未だ見えず新しいこのメンバーに犠牲者は一人も出ていない、その安心感はいつしか彼らの中に慣れと油断を生み始めていた。
(私も聞いてる…長い時間かけて見つけた蟲の行動パターン、それを把握しているから今はよほど不運が重ならない限り問題ないと、でも…確かに)
自分に言い聞かせるように反芻しながらもミアラの中で警鐘は鳴りやまなかった。
あの遠くからでも心の冷えるうなりを確かに聞いたのだ、安易な安心よりこの耳が捉えた異常を、ミアラはなおも説得の言葉を紡ごうと口を開きかける。
その時地面が一度大きく揺れた。
「……っ」
一同が示し合わせたように押し黙る、わずかな静寂が訪れると耳役でなくとも地下深くから響く鳴動に全員が気づいた。
低く、重く、地の底から這い上がってくるような響き、それは決して笑い飛ばせるような軽さを持った物ではなかった。
何より、その音は恐ろしい速さでこちらに近づいてきていた。
「逃げてっ!!」
その声を言うか言わないかの間に、地面が崩れた。
※
「…ん?足音が」
「来てるな」
遭遇はあまりにも唐突であった。
暗い坑道を走り続けてさほど時間も経たないうちに、血相を変えてこちらへ向かって駆けてくる一団と正面から鉢合わせたのだ。
彼らはケイオスたちの姿を見て一瞬驚いた様子を見せたが、それを気にする余裕すらないのかそのまま脇を擦り抜けるようにして走り抜けていく。
呼び止める間もないそんな中でレイラとよく似た姿をした数名だけが足を止めた。
「レイラ……!?」
「なんでお前がここに……」
「お前もこんな所に来ていたのか!?」
驚愕の声が上がるどうやら互いに顔を見知った間柄らしい、矢継ぎ早に言葉が交わされるがそれも一瞬のことだった。
「それよりとにかく逃げろ!話は後だ!」
「ミアラは、ミアラはどこだ!」
切羽詰まった声で促されがレイラはその忠告が耳に入っていない様子で問い詰める、その名を口にした瞬間その場にいた全員が一斉に口を閉ざした。
「ついさっきの事だミアラが様子がおかしいって言い出して、その直後に地鳴りがしたと思ったらあっという間に俺たちの所まで…」
「一瞬だった、一番遠い位置に立ってたミアラの居た辺りの地面が崩れて…」
その先をレイラは聞かなかった。
言葉を最後まで待たずレイラは弾かれたようにさらに奥へと走り出していた。
「おい、待て!」
ガレオが慌てて呼び止めるがその声はレイラの足を止める役目を果たさない、振り返ることすらせず速度を上げて坑道の闇へと一直線に駆け抜けていく。
ガレオが舌打ち混じりに追おうとするより早くケイオスがその肩を軽く叩いた。
「遭遇しても、俺が何とかする」
短くそれだけ言うとガレオは頷きケイオスと共に後を追うように駆け出す。
残された獣人たちは彼らに続くべきか束の間の躊躇いを見せた、だが、やがて何も言わず入口の方角へと足を向け去っていった。
※
坑道の奥へと向かうレイラの足は常人の目には到底捉えられないほどの速さに達していた。
壁を蹴り岩肌の凹凸を足がかりに跳躍しながら、最短距離を切り開くように突き進む、呼吸も、思考も考えてる余裕など一つもない、今はただ妹の安否だけに支配されていた。
「ミアラ…!」
※
南方の里で過ごした日々がふと脳裏をよぎる。
争いを好まない自分はいつも姉の後ろにいた、木剣を握るのは苦手で稽古のたびにレイラに置いていかれる、それでも、何もできない自分でいたくはなかった。
本を読み知識を蓄え後ろから皆を助けて生きていた、捕らわれて奴隷となったがこの鉱山での仕事を聞いてからは危険な耳役を志願しその役目を果たした、どんな形であれ勇敢な姉の様に少しでもありたかった。
「はあ…は…あ…っ」
崩れた岩の陰に身を潜めミアラは荒い息を整えようとしていた。
先ほどの襲撃はぎりぎりのところで凌げた、仲間たちは先に逃げ自分もすぐに後を追えるそのはずだった、けれど先ほどから何故か体が動かない。
「………?」
不思議に思って視線を落としそこでようやく気づく、腹の辺りから地面に向かって赤黒いものが広がっている、下半身も既に感覚が無い。
(ああ、そうか、なんでこんな時に昔のことを考えてるんだろうって思ったら…もう私…)
痛みよりも先に妙に冷静な理解だけがやってきた。
諦めにも似た思いが頭の中を静かに満たしていく、誰にも気づかれないままここで、その時だった。
坑道の奥の崩れた岩壁の向こう側から聞き覚えのある声が響いてきた。
「ミアラ!!!」
(……姉、さん……?)
いるはずのない人物の姿、もう二度と会えないだろうと心のどこかで諦めていた姉、レイラが確かにそこにいた。
声を出して名前を呼びたい、しかし力の入らない体ではまともに動くことすらできない、血だまりの中、朦朧とする意識だけが辛うじて繋ぎ止められている。
そして再び、坑道の奥から地響きにも似た振動と共に何かが猛烈な速さでまた近づくのを感じる。
「逃、げ」
必死に紡ごうとしたその言葉すら最後まで紡がれることはなかった。
轟音と共に坑道の壁を突き破るようにしてそれは姿を現した。
「■■■■■!!!!!」
見た目を端的に言えば芋虫であった、だがその皮膚はこの鉱山のどの鉱石よりも硬く鋭い光沢を帯びている、狭い坑道の幅を余すことなく埋め尽くすほどの太さを誇る胴体、地中に埋もれた本体の長さはもはや目測すら不可能、最も特徴的なのは先端、顔らしきものはなくそこにはただ巨大な口がありそこには鉱脈すら噛み砕いて進むであろう無数の強靭な歯がびっしりと隙間なく覗いている。
声とも解らない声で鉱山の主、土龍ワームの咆哮が暗闇の坑道に響いた。




