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秘匿された鉱山の主

「……そうだな、確かにこれは相当な貴重品だ」




 嘘ではない、アルカディアの本拠地ならばまだしも今この身に持ち歩いているアイテムボックスの中でこれ以上の素材はそうそう出てこない。


 手放すには惜しい代物だという自覚はケイオス自身にもあった、ならば納得させるしかない、自分もヴォルフガングも、そして問いの意味を汲み取るようにケイオスは続けた。




「俺は依頼を受けたし見つけると自分の口で宣言した、言ったからには違える訳にはいかない」




「……………」




「それに恥ずかしい話、初めはここまで本気じゃなかった話の流れだった、けど今はもう違う…俺の身内の依頼は絶対に達成したい」




「………………」




「急ぎだしこっちも立場を明かせない身の上だ、その分の不利は俺が被るしかないってだけの話さ」




 ヴォルフガングはその言葉を聞いても表情を変えることはなかった、しばし相手を見据えるように沈黙した後に静かに口を開いた。




「実利に沿わぬ取引をする者には、それ相応の実利では測れぬ事情がある、理解した」




「…かっこよく褒めてくれてるのかもしれないけど、ただの意地さ」




「それが貫き通せる者はそう多くはない、高貴な身分についてすら、尚な」




 ヴォルフガングの声にはわずかながらそれまでの張り詰めた硬さが緩んだような響きがあった、それは取引相手として値踏みするだけの視線からいくらか別の色が滲み始めていた。




「取引に不慣れな素人でも隠しておくべき本音を、率直に語りすぎている次からは気を付けた方がいいだろう」


「肝に銘じるよ」




 忠告めいたその一言、取引の場では決して口にしないような助言、当主にとって目の前の幼い依頼人は警戒すべき対象という立場からは大きく外れた者であったと真贋を見極められ映っていた、そして。




「良かろう、この件確かに引き受けた」




 短くそう告げ取引は成立した。




 ※




 先ほどとは別の応接室、取引の確認が済むまでしばしここで待つようにと言われ三人は促されるまま腰を下ろ

 ケイオスが椅子に深く沈み込みながら大きく息を吐く。



「なんとかなったかー」


「だな、取引で済むんならそれが一番楽だからな」


「………………」


「とはいえまだ取引は終わってないて…最後までもう少し気を張らないとな」


「……あの石」


「うん?」


「あれほどの物をそう易々と手放していいのか?確かに私はお前に依頼を託しお前は受けた、だがそれでも人一人を助けるためだけに使うにはあまりに釣り合わない代物だったはずだ」


「あの当主さんに言った通りだから気にするなって」


「しかし……」


「お前が言っただろ? 俺はもう同胞だって事を、何でもあったら私に頼れって」


「……………」


「ならこっちも同じだ仲間なんだから遠慮なく頼ればいい、今更釣り合いがどうこうなんてどうでもいい話だ」





 屋根の上でのやり取りを引き合いに出されレイラは一瞬言葉を詰まらせる、あっさりとそう言い切るケイオスになおも何かを言いかけたが、結局それ以上の反論は口にしなかった。




「あーそれにだ、俺の故郷なら別に取りに行こうと思えば取れるんだよアレ、面倒なのは面倒だし大変だけど無理って訳でもない」


「はは、そうかアレもお前にしてはその程度の物か」


「そうでないとな、相変わらずうちのお嬢様は桁が違うって話だ」




 ガレオがにやりと笑いながら口を挟む、その茶化すような一言にレイラもやっと小さく笑みをこぼした。








 ※








 アイゼンシュタイン家秘蔵の鉱山その管理棟の一室。


 当主の指示を受けた使いの者が名簿を片手に資料を照らし合わせながら手続きを進めていた、ケイオスとの取引に関わる調査、どの獣人が該当するのか記録を辿り割り出す作業だった。


 当主が直々に契約した依頼というのはこの屋敷において絶対の重みを持つ、誰もそれに異を唱えることは許されず末端に至るまでその優先順位が徹底されている、作業は事もなく進んで此度の話は終わりに進んでいく、かに見えた。




「おい貴様、誰の断りを得てそれに触っている」




 低い威圧的な声が割り込む、使いの者はびくりと肩を震わせながら振り返る。




「これは当主様が直々に契約なさった件で……」


「当主様だろうがこの私の頭を超えてここの事だけは好きにさせん」




 当主からの直接の指示だと知ればさすがにこの男も引き下がるはず、だが返ってきたのはそれすら反する反応だった。




「し、しかし…」


「ふんまあいい当社様のご指示だひとまずお前の行為は不問にしてやる、代わりに何が起きたか一切を伝えろ」



 当主の名を出されても尚引かぬ、声の主はこの現場一帯を任された管理者ヴィルフリート、当主には及ばぬもののこの鉱山においてはかなりの権勢を誇る立場の男だった。




※






「……何奴隷を一人解放するだと?」


 実質的に鉱山の支配者でもあるこの男とて当主の名に真っ向から逆らえるわけではない、渋々といった様子で使いの者から事情を聴くことになった、だが説明を聞くなり男の声が大きくなる。



 正式に決まった身請けの話、獣人は戦争に敗れ奴隷として扱われる財産である以上しかるべき手続きと対価を通せば売買も身請けも成立する。


 当主が直々に決裁した以上それは覆しようのない事実、それは粛々と処理される絶対的な件、だが男の反応はそんな道理をまるで意に介さないものだった。




「馬鹿を言うな!この鉱山は私があってこそ回っているんだぞ!?南方からの補充が途絶えてただでさえ手駒が足りていない時期によりにもよって今一人減らすだと?冗談ではない!誰の許可を得てそんな話をまとめてきた?」




 使いの者はあまりの剣幕に言葉を返せずただ立ち尽くすしかなかった。


 それは当主の決定に対する反発や仕事への影響というよりも、自分の管理する現場そのものを侵されることへの剥き出しの執着が見えた。




(クソ!何かないか?上手くこの話を潰せるような何かが…?)




 拳を握りしめたままヴィルフリートは歯噛みする。


 当主の決定に逆らうことだけは許されないそれは分かっている、だがこのまま黙って引き下がるつもりも毛頭なかった、しばし険しい顔で考え込んでいたがやがて男の表情がふっと変わった。




「…おい、そうだ誰の事だと言った?」




 先ほどまでの剣幕が嘘のように急に朗らかな調子で問い直す、使いの者が戸惑いながら該当の名を告げると、男はしばし記憶を辿るような素振りを見せ得心したように頷いた。




(最近、あの現場に配属されたばかりの一団その中の一人だ…ならば)


「そうか当主様の指示だからな、好きにしろ」


「え、あ…は、はい」


「私は現場を見てくる」






 拍子抜けするほどあっさりと男はそう告げる、使いの者が呆気に取られる間もなく男は踵を返し部屋を出ていく。

 その背には先ほどまでの怒りはもう見当たらなかった、その背の裏の顔には粘つくような含みのある笑みが浮かんでいる、歩きながら男は内心でひとりごちる。



(もう長い事…犠牲者を誰一人も出していない上出来すぎるほどにな、だが、就いたばかりの不慣れな者が多少犠牲になるのはこれまでもよくあった事だ、それがたまたま…偶然にも今日に起きただけ…何の不思議もない話だ)




 男の口元が大きく弧をかいた。



 ※




 秘匿された鉱山へと続く一本道をケイオス達は無言のまま進んでいる、両脇には切り立った岩肌が迫り空気は徐々に湿り気を帯びぬるい温度が肌にまとわりついてくる。






「照会には相応の時間がかかります」




 少し前、応接室に戻ったケイオス一行にそう説明をしていた、鉱山内での配属記録や契約上の細かい取り扱いなどは下手をすれば丸一日がかりになるという話だった。




「一日かそれはちょっと長いな」


「ならば、その鉱山に直接向かえないか?」


「おいおいそれは無理があるだろ、ここの貴族の秘密の地だろ?」


「だが…」


「…この度の契約においては当家側に利のある取引であったと、多少の便宜を図る事もやぶさかではないと言われております」


「おっ?」


「しばしお待ち下さい」






 レイラが待ちきれないとばかりに口を挟んだその答えは意外にも肯定的なものだった。


 本来部外者は立ち入ることさえ許されない領域、だが先の取引は想像以上に効果をもたらしていた、三人の前から一度消えて戻って来た使いの者の答えとして三人は今秘匿された鉱山への一本道を歩いていた。




「奮発したかいがあるってもんだ」


「…礼を言うのはもう済ませたつもりだったが、それでも改めて言っておくケイオス」


「気にするなって」


「ま、ともかくこれで一件落着か」


「ああ、本当に…」




 あの使いの者からはレイラと同じ部族の一団がつい先日この鉱山に複数名配属されたことも既に伝えられている、ミアラがその中にいる可能性は決して低くなかった。




「随分と明るい顔をするようになったな?」




 ガレオがからかうように茶々を入れる、レイラは黙って睨み返すがその眼光にもいつもほどの鋭さはなかった、そうしたやり取りを交わしながら三人は岩肌の切れ間を抜けていく。




 道の先が次第に開けていく、切り立った岩の隙間から抜け出た先には小さな集落ほどの規模を持つ場所が広がっている。


 木造の小屋がいくつも並び規模の大きな宿場らしき建物まで見える、外の街並みとさほど変わらない生活感がそこにはあった。




「思ったより普通に暮らしてるみたいだな」


「そうだな、ただこの一本道以外に行ける場所は無いんだとか、実質軟禁状態でここから逃げ出す事だけは出来ない…?」



 だがどこか様子がおかしい、そこかしこで焦燥した顔を浮かべた者たちが足早に宿屋へと戻っていく姿ばかりが目についた。


 談笑する者は誰一人としていない、ただ逃げるようにして屋内へと吸い込まれていく集団の姿だけがそのこにある。




「これは…何かあったようだな」



 柔らかい雰囲気になっていた一同の間に不穏な予感が静かに広がっていった。

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