屋敷に殴り込み
アイゼンシュタイン家屋敷の門前、詰所に立つ衛兵の一人が報告のために足早に奥へと向かっていた、向かう先はこの屋敷の実務を一手に取り仕切る初老の執事だった、たどり着くとそこで執事に何かの話を伝える
「そうか…ここのところ街で余所者が嗅ぎ回っているという話は聞いているか?恐らくはその連中だ」
わざわざ正面から名乗り出てくるとは随分と大胆な真似をする、だがどこの馬の骨とも知れない余所者を易々と屋敷の中へ通す道理などどこにもない、そう執事は判断する。
「相手になどしなくともよい、帰せ」
「それがその、非常に希少な鉱物を持っている、とかで」
「…………それしきの話で通す訳もない、お前もその程度で報告などしなくてよい」
「それが……その、これを」
執事はそれを一瞥し驚愕する、そもそもこんな些細な出来事で報告に上がる事がおかしかった、明らかに怪しい者など門番が本来追い返していると自分の所にまで報告が来た理由がそこにはあった。
そのインゴット、仕える一族アイゼンシュタイン家だけが管理する秘匿の山から産出しないはずの魔鉱石のインゴットに間違いなかった。
「…これは、名刺代わりだとか」
衛兵が、困惑を隠せぬままにそう付け加えた。
※
「お通り下さい」
「あら、ありがとうございますわ」
難色を示された態度からは一変、丁寧な態度となった門番のその一言に促され余所者、ケイオスは澄まし顔で歩を進める、猫を被った声と同時に後ろに並ぶ二人は黙ってその後に続いていく。
門を潜った先には外観からは想像もつかないほど手入れの行き届いた庭園と石畳の廊下が広がっていた。
等間隔に並ぶ豪奢な燭台、壁を彩る意匠の凝った装飾、この鉱域の富がどれほどのものかをこれでもかと見せつけてくる造りだ。
(ひとまず、第一関門は突破、と、魔鉱石がこの辺だと貴重なのはあの爺さんの様子を見て解った、ここまで見てきたこの辺の鉱山じゃ出るもんじゃないしな)
ケイオスは表情には出さず内心でそう呟いた、そして昨晩の作戦会議をケイオスは思い返す。
※
『賄賂で通してもらう』
『いつも通りだな』
『まあ便宜を図ってもらうのにそれ以上のもんはねえな』
二人とも異論無く肯定する、何度も似たような手を使っているがそれだけこの手段が有効だという証、ただの物乞いではないと相手に思い知らせ交渉に入るにこれ以上手っ取り早い物も無い。
そうして案内された先は重厚な調度で整えられた応接室。
革張りの椅子、彫刻の施された飾り棚、壁に掛けられた歴代当主のものと思しき肖像画、その空気に呑まれる様子も見せず三人はそれぞれ腰を下ろす。
しばらくして初老の執事が音もなく入室してきた。
「お待たせいたしました、当家の執事を務めております」
丁寧な所作で一礼し型通りの挨拶を交わす、しかしその目の奥には、値踏みするような冷静な光が絶えず宿っていた、ケイオスらも表面上のやり取りをすませ一段落したところで前置きもなく本題を切り出す。
「単刀直入に言うけど、俺たち、この街で獣人について聞き回ってたんだ。もう耳に入ってるとは思うけど」
「ええ、承知しております、街での動向は、当家にも逐一報告が上がっておりますので」
「…ケイオス、直球過ぎないか」
貴族として当然の遠回しに探り合い、言葉の裏に真意を潜ませるような腹芸とは無縁の態度、そんな相手にも態度に表さない執事は流石と言った所か。
「いいんだよ、あの喋り方じゃぶっちゃけ挨拶くらいしかできないし…そういう訳で俺達は喧嘩を売りたい訳でもなくて単に知りたいんだ、獣人の事をこの屋敷にいるって話を聞いてね」
「………さて、何のことやら」
言葉を濁すような返答だった、獣人の存在自体はこの街の貴族の間では公然の秘密に等しい、だが余所者にあっさりと認めるわけにもいかない、認めた瞬間それは公式の事実として扱われてしまうのだから。
執事はケイオスの言葉に眉一つ動かさない、解っていたかのように静かにこちらの出方を窺うように相槌を打つ。
「さっきのインゴットだけじゃ流石に話してはくれないか…じゃ、これはどうだ」
「………………!」
そしてケイオスは動じることなくまた懐から新たなものを取り出す、台の上に置かれたのはそれ自体がほのかな輝きを放つ深紅のインゴットであった。
執事の目が大きく見開かれる。
「しばし失礼を」
長年この屋敷に勤めた執事、彼だからこそ解った、目の前に置かれたそれが尋常な代物ではないということを。
何かを察したように一礼し応接室を後にする、しばらく経ってから戻ってきた執事はまた奥の部屋と案内すると先導を始める、三人は素直にそれを受け案内されるまま屋敷の奥へと歩を進めていく。
「どうやら本格的な話をしてくれるって所かな」
「相変わらずだなお前は」
何度も見てきた大胆かつ常識外れな進め方、ガレオはいつも通り呆れ半分の表情を浮かべる、レイラも同様にそのケイオスの姿に黙って見ているだけ、これまで通りならそうだった、しかし。
「…うまくいったな」
「ん…?」
労いの言葉、珍しい事でも無く仲間内として当然のやりとり、だがその一言にはこれまでのやり取りにはなかった幾分か砕けた気安さのようなものが滲んでいた。
「おいおい、珍しく素直じゃねえか」
「仲間の功労を労わるのは当然だ」
「…そうだな、俺もちょいと頼りきりでボケてたな、見事な手筈だったぜお嬢様」
「ははは俺の完璧な作戦がキレてるって事さ」
ケイオスは得意げにそう言い放ち三人はそのまま屋敷の奥へと歩を進めていった。
※
案内された先は屋敷の中でも一段と重々しい空気を纏う一室。
置かれた調度の一つ一つに歴史の重みが滲みこの鉱域における重要な取り決めが交わされる場、そういう格式を感じさせる部屋。
正面の椅子にはこの地を統べる当主、ヴォルフガング・フォン・アイゼンシュタインが腰を下ろしている。
その背後には、数名の使用人が音もなく控えている、対するケイオスはケイオスだけが対面の椅子に腰掛け、ガレオとレイラはその後ろに立ったまま控えている。
「よく参られた」
「どうもよろしく頼む、ここの礼儀作法なんて解んないから単刀直入に行くな」
「うむ」
ヴォルフガングが抑揚の乏しい声で短く口を開きケイオスも答える。
見た目だけなら貴族めいてはいるしかしその喋り方はまるで違う得体のしれない相手、そんな素性の知れぬ余所者を当主自らがこうして直々に出迎える、その事態に背後に控える使用人たちの表情にも薄く滲んでいる。
前置きもそこそこにケイオスは懐からあの赤いインゴットを取り出し卓上に置いた、深紅の輝きが、静かな室内にほのかな光を投げかける。
ヴォルフガングが視線を向ける、その表情は寸分たりとも動かない、だが背後に控える使用人たちは声すらあげないものの息を飲み動揺を物語っていた。
「それは、緋光石でよろしいか」
「その通り」
「確かめても?」
「どうぞ」
ケイオスが頷くとヴォルフガングはわずかに視線を後方へ流し、控えていた使用人の一人へと目配せをした。
使用人が心得たように前へ出て、慎重な手つきでインゴットを検分し始める。
「解説は」
「地熱の濃い山、その地中深くのさらに奥、マグマと呼ばれる溶けた鉱石が滾る領域でのみ産出するとされている」
「………………」
「そこはマグマを糧とする凶悪なモンスターの生息域、それに加え現在、王国内にそのような条件を満たす山は存在しない」
「…いらないみたいだな、流石は鉱山の領主か」
ケイオスの先を行くように全てを解説し終えた後、検分を終えた使用人の頷きを確認すると、改めてケイオスへと視線を戻した。
「して、御用件を伺おうか」
「一人の獣人を探していてね」
ケイオスはそう顎を後方のレイラに軽く向けた、普段のケイオスならまず取らないような傲然とした態度だった。
レイラはそれをまるで心得ていたかのように迷いなく兜を外す、露わになったその素顔をヴォルフガングは静かに確認した。
「俺のしもべであるこいつの肉親でな、捕らえられたのも結構最近の事だと言う、せっかくだから一緒に雇ってやりたくてな」
※
昨晩の作戦会議、その一幕
「それでレイラにやって欲しいのは、俺に仕えてるって立場のふりだ」
「ふむ」
「下手に出るより俺もあちらさんと似たような立場で取引したいって流れの方がスムーズに行くはずだ、しもべを一人連れてる貴族の人間の形にしてな」
「なるほどな」
「……いや、レイラ、驚かないのか?」
レイラはその提案を淡々と受け止めていた、しもべ扱いに多少なりとも思うところがあるのではないか、ケイオスはそう思って問うがレイラは至って平然としていた。
「何でもすると言っただろう、その程度が何だと言うのだ」
「あんまり面白くはねえ役どころではあるが別にたいしたことじゃねえな」
「そ、そうか…」
隣で聞いていたガレオも苦笑混じりに口を挟む、歴戦の戦士であるレイラやガレオにとってその程度の偽装など気にする事ですらなかった、目的のためにやるべきことをやるそれだけである。
「ふ、もしかしたら本当にお前はお嬢様かもな、ケイオス」
「どういう意味だよそれ」
「存外に育ちの良さが滲んでいるという事だ」
「………………」
「貴族役は向いちゃいねえかもな」
「ほっとけ」
ケイオスは決まり悪そうに頬をかき、それ以上の反論はしなかった。
※
「ここに獣人が大勢いるのは分かってる、危険な鉱山仕事をやらせてんだろうなってのも想像はつく、別にそれにどうこう言う気もない」
『私は戦争奴隷についてはなんとも思っていない、憤っているのは己の弱さだけだ、あの日負けて捕らえられ自身も仲間も守れなかった…己の不甲斐なさにな』
昨晩の言葉がまたケイオスの脳裏をよぎる。
戦争に敗れ奴隷として扱われることそのものへの怒りは薄い、弱肉強食として当然の摂理、レイラにとっての重要なのはあくまで自分自身の力不足だと。
『俺としても、想像よりはずっと真っ当な貴族様って印象だな、戦争奴隷に鉱山仕事なんてむしろ良心的な方じゃねえか?もっとこう…いや、なんでもない』
ガレオもまたそんな風にあっさりと評していた。
『そ、そんなもんか…』
(ドライというかリアルというか…本当に俺が一番お嬢様なのかもなあ、まあ、実際俺は可憐な少女ではあるし、そうかもな、そうしておくとしよう)
「如何したか?」
「いや、なんでもない続けよう」
少し考え方のギャップを思い出し思考に落ちていたケイオス、目の前のヴォルフガングへと向き直る。
「そういう訳でここに居るなら俺が身請けをしたいって話だ、身請けの代金はその石と交換で構わない」
「良かろう」
「えっ」
それまで黙って耳を傾けていたヴォルフガングは即座に肯定する、その短い一言と共に控えていた使用人の一人へ指示を出す、使用人は一礼し足早に部屋を後にした。
「調査、および身請け、いずれも当家にて全面的に引き受ける」
「……………」
ケイオスが思わず間の抜けた声を漏らした、あまりにあっさりとした承諾にヴォルフガングは表情を変えぬまま続ける。
「本来ならばこの地に囲っている獣人を一人でも他所へ渡すことは容易には応じかねる話だ、しかしその石、緋光石のインゴットは当家にとっても現在僅かしか手元にない代物、その価値を鑑みれば否とは言えん」
理を通すような淡々とした声だった、取引としての釣り合いはケイオスが話す間に吟味し終えているとそういう確信がその言葉には滲んでいた。
そして最後にヴォルフガングはケイオスへ静かに問いを投げかけた。
「それより、そちらはそれでよろしいのか」
「………うん、そうだな、むしろそっちの答えのが重要だよな」
その言葉の意味は明白だった、南方の獣人一人を得るための対価としてはこの緋光石はあまりにも過分だ、むしろこちらが利を得すぎていると。
余りに釣り合わない取引は得る側に懐疑が浮かんで当然、納得に足る理由が欲しい、そう釘を刺すような響きがヴォルフガングの目に確かに潜んでいた。




