作戦会議
ガレオもケイオスも情報を集めるために動いていた、裏社会に足を突っ込んでいた男としてこの手の後ろ暗い所を突く仕事はお手の物である、だが。
「…なんとも奇妙っていうか、落ち着かねえな」
一人愚痴る、結論から言うと街は健全『過ぎる』。
賭場を覗いても場を仕切っているのはゴロツキでなく身なりの整った男達、娼館も同様で無法者が幅を利かせている様子はない『真っ当に』男も女も働いている。
本来、こういった荒くれの街には付き物のはずの借金の形に身を落とした者、日銭にもあぶれた食い詰め者たち、うろつく物乞いの子供の一人や二人、そうした連中がいて当然だとガレオは経験から考えていた。
だが、路地裏を覗いてもそこにいるのはただ静かに暮らす庶民の生活の跡だけだった、スラムがそもそも存在しない。
拍子抜けした様子で何か情報が無いかと聞き込みを続けている内に、長年この街で暮らしてきたという老人にその事を尋ねた所、昔話を語り出した。
「昔はこんなもんじゃなかったよ」
老人は懐かしむような、それでいてどこか苦々しい口調で続けた。
鉱夫は高給だが厳しい肉体労働だ訳ありで金を稼ぎに来る者も多い、志願者以外にも借金の形に押し込まれた連中、そいつらをまとめあげる後ろ暗い連中、そんな魑魅魍魎な街まさにガレオが思い描いていた鉱山街らしい鉱山街だった。
「だが、ある事を境に様子が変わっちまってな、とある貴族様が受け継いで…」
※
「今のこの鉱山の名前にもなってる当時の貴族様が一掃してくれた、か」
ガレオはぽつりと呟き視線を向ける、その先には堂々と佇む巨大な屋敷の集まりがある。
とりわけ大きな一棟は鉱山そのものを背にするような位置に建てられており、屋敷というより要塞と呼んだ方が似合うそんな威圧感を放つ佇まいだった。
「はー…掃除とかアホみたいに時間かかりそうだ」
ガレオが首を回す、鉱山の端で途切れる塀は目算するのも馬鹿らしくなるほど長く続いていた。
ちょっとした村がまるごと収まってしまいそうな規模、塀の内側には庭木の緑がわずかに覗き、瓦屋根の連なりが幾重にも重なって見える。
何より目を引いたのはその屋敷の敷地が途切れる辺りが山肌へと接続していることだった、境目がどこにあるのか外からではほとんど判別がつかない。
(恐らくは山の内部へと直通している…鉱山を背負うように建てられてる以上は恐らくそうだろうな)
そして塀の周辺に立哨する兵士たち、ただの屋敷の見張りというには仰々しさを感じる、ガレオは物陰から様子を窺いながら口の端を歪めた。
「…ここが本当のこの街の門、って所か」
かつて荒くれた鉱山街を短期間で塗り替えたそれは立派な話かもしれない、だがそう易々と成し遂げられるものでもない、力も金も揃って初めて実現できる芸当だ。
この屋敷が纏う異様な威圧感はまさにその裏付けだった、異例なまでの力を持つ者だけがこういう佇まいを作り上げることができる。
(とはいえ裏社会の連中まで一掃ってのは、やりすぎだよな…どれだけ力を持ってるんだ?いやむしろその裏すらここの貴族が管理をしてるのか…?)
ガレオは屋敷を見上げたまま思考にふけるしばらく動かなかった。
「で、お前さんはどう思う?」
そして同じ結論に辿り着いた者がもう一人いた、自分と同じように屋敷の警備の隙間を縫うように視線を送っていたレイラだった、ガレオが近づいても振り返りもせず、屋敷から目を離さない。
軽口交じりに声をかけるとレイラは相変わらずピリついた気配を纏ったまま、それでも短く答えを返した。
「あちこち嗅ぎまわってみたが…ここ以外にないな」
それは奇遇にもガレオと同じ結論、ガレオの様に直接人に尋ねる事を彼女ははしていない、ただ街を隅々まで歩き回っていた、裏路地、市場の陰、荒くれ者が屯していそうな一角怪しげな場所を片っ端から見て回った、そして。
「この街は平和過ぎるが…ここだけは気配が匂いが違う」
「だな、消去法って事になるが」
もしこの言葉を聞けば大半の王国の民は首を傾げるだろう、幾ら貴族が納めてると言っても荒くれ者の鉱夫たちがひしめき酒と喧嘩の絶えない鉱山街なのだからと。
しかしレイラが口にした『平和』とはそういう意味ではない、ガレオも訝しんだ後ろ暗い連中が幅を利かせる気配、裏路地に潜む影の勢力、澱みがこの街にはまるで見当たらないのだから。
「それに、あの屋敷から……僅かにだが同胞の匂いがする」
「っ!」
レイラの顔が険しくなる、それは先ほどまでの街の様子を探る比喩めいた言い回しとは違い決して比喩ではない、文字通りの意味の言葉だ、ガレオが思わず試すように鼻を鳴らしてみせるが首を傾げる。
「…俺にはさっぱりだがな?」
「南方で比較するなら私の一族の嗅覚はそれなりに過ぎないがお前たち人間に比べれば効くからな」
「そんなもんかねえ」
「そんな私でもこの距離で感じ取れるということだ」
「…成程」
「ああ…この屋敷の中に一人か二人…偶然にも居るというわけでは無いということだ」
レイラの目にこれまでとは違う確信めいた光が宿った。
※
夜の帳が降りた頃、宿の一室にケイオス、レイラ、ガレオの三人が顔を揃えた。
窓の外はすっかり暗く、部屋の中には安酒場から漂ってくるかすかな灯りだけが差し込んでいる、今日一日それぞれが別々に動いた成果を持ち寄っていた。
「二人は目星をつけたのか…俺も少しは自信があったんだがな」
「なーに普通に聞いて回って何もないって事は、それはそれで俺たちの結論の裏付けにはなるさ」
「あ、そうか」
「………………」
ケイオスの聞き込みという一般的な動きで何もなかった、だがガレオとレイラはそれに違和感を覚えたどり着いた先の屋敷の奥から同胞の気配を察した、三つの情報はばらばらのようで一つの輪郭を指し示している。
「他が全部埋まってるならもうそこ以外には無いか」
ケイオスがぽつりと零した言葉に二人も異論は挟まなかった。
結局直接的な手がかりと呼べるものは何一つ出てこなかった、だがガレオの獣人の取引の情報にレイラの嗅覚という答えをケイオス達は既に得ている、証明は出来ないからこそあの見えない屋敷にあると三人は確信した。
「うーん…だが悪い事してるかも不明だしな、ここまで何してるか解らないと」
「ここまで聞いた話だけじゃむしろ立派なお貴族様だしな、不満言ってる奴もいなかったし」
「しょうがないじゃあ適当に因縁付けて直接乗り込むか」
「いや待て、ケイオス」
「そうだな、もう少し話し合って駄目そうだったらその時に殴りこむか」
「変わらねえよ」
ガレオが即座に突っ込みを入れる、軽口の応酬めいてはいたがケイオスの声に混じる響きは半分以上が本気のものだった。
「情報がなさすぎる、乗り込むにしても、もう少し中の構造なり警備の交代なりを調べてからだ」
「元々複雑な事考えるの苦手なんだよ…作戦はギルメン任せの戦闘要員なんじゃ俺は」
二人があれこれと案を出しては潰し合っているところに、それまで黙っていたレイラが静かに口を開いた。
「私もそれでいい」
「は?」
ケイオスとガレオが同時に視線を向ける。
「殴り込みだ、それで構わない…私達の実力なら決して無謀ではない」
言葉自体は短かったが、その声には迷いも冗談めいた響きも一切なかった。
屋敷から漂った同胞の匂い、それが確信に変わった今レイラにとってはもう悠長に構えている余裕などないのかもしれない。
「本気か?」
「ケイオス、さっきの発言は本来ただの自殺行為かあるいは虚勢だ、だがお前ならば出来るだろう」
「………………」
(おいおい、さっきのは幾らなんでも自暴自棄が過ぎるだろって思ってたんだが)
あの要塞じみた屋敷にたった三人で真正面から突っ込む、それをレイラは無謀ではないと平然と言い切ってみせた。
(ケイオス、こいつは一体どこまで底が知れねえんだ?)
飄々とした態度の裏でガレオは密かに冷や汗をかいていた、旅の道中ケイオスの実力は幾度となく目にしてきた、だがレイラの今の口ぶりからすると、自分が見てきたものはまだほんの表層に過ぎないのかもしれないと。
「…そうだな、確かにやってやれないことは無い…でもさっきのは流石に本気じゃない、まだ何かしたとも解らない屋敷に殴り込みは…良くないだろう」
「………………」
「急にお嬢様みたいな事を言いだすな?」
「俺はお上品な少女さどこからどう見てもな、本当に戦場に身を置いてきたレイラやガレオとは、違う」
ケイオスは小さく肩をすくめる、その様子には何処か自嘲気味な意味合いがあった、ガレオとはまた違うつかみどころの無い言動のケイオスの珍しい姿だった。
だが、その姿は直ぐに消えて押し黙る、そして
「レイラ、妹のためなら何でもできるのか?」
唐突な問いにレイラは一瞬だけ言葉を止めた、しかし直ぐに返す
「当然だ、あの子は私がもっと上手くやれていれば一緒にいられたかもしれない……いや、今更言っても仕方のない何であっても構わない、あの屋敷に妹がいる可能性があるなら何でもやってやろう」
レイラは過去の事を思い出したのか一度目を伏せ、それからまっすぐにケイオスを見返す、その声にはこれ以上ないほどの覚悟が滲んでいた。
「じゃあ殴り込みじゃないが、その一歩手前の作戦がある」
「それはなんだ」
「ちょっと待て、いくつか前提から話さないと訳分からなくなる…まず俺らってさ、たぶんもう把握されてるんじゃないか?」
「あーそれはありそうだな」
「見た所徹底的にこの街管理されてるだろ、余所者があれこれ聞いて回ってりゃそれだけで噂になっててもおかしくない」
「…っ!」
レイラは息を呑んだように目を見開きガレオも顎に手をやり頷く、裏社会の裏の裏まで真っ当な連中が仕切り路地裏一つとっても不自然なほど綺麗に均されている街、そんな場所で余所者が三人がかりで一日中聞き込みをして回れば目に留まらないはずがない。
「明日明後日に何かされるって事もないだろうが、長居してたら面倒くさくはなりそうな可能性はある」
「それで、どうする気だ?」
「落ち着けってば、で、俺たちは絶賛住所不定の根無し草だ、だから何をしても失う物は無い…だからと言って乱暴な手段を取る前にさ…まず玄関を叩いてみようぜ」
「…………何?」
「ここで嗅ぎまわってた事も正直に言っちゃえばいい、うまく話を作って堂々と客として入れてもらえばいいんだ、破綻したとしても強硬手段はその後でもいいんだから」
その割り切り方に、ガレオが感心とも呆れともつかない笑みを浮かべた。
「…まあ折衷案としちゃ悪かねえな、だが何をどう話を持っていくんだ?貴族何てそう簡単に取りあって貰えるようなもんじゃないぞ」
「それでレイラが必要なんだ」
「私がか…?」
「ああ、それで具体的には……なんだが…それにはちょっと小道具も必要で…今日買い物に行った店があって…そこで…発注して……」
ケイオスの声はそこから先次第に低く小さくなっていった、レイラとガレオが顔を寄せ耳を傾ける、三人の密談は灯りの落ちた部屋の外へは漏れず進んでいった。




