鉱山の街にて
それから宿でガレオとも別れケイオスは一人で街を歩き始めた。
先ほどもっともらしく語った理屈、それは無論アルカディアというゲームを遊んでいた記憶に基づくものだ、しかし馬鹿には出来ない、アルカディアはMMO実際に聞き込みをしたも同然の経験があるケイオスは記憶をなぞるように路地を歩いていく。
まずは市場の隅、日向でぼんやりと座り込む暇そうな連中の一角に声をかける。
「なあ、ちょっと聞きたいんだけどさ」
男たちはケイオスに最初こそ怪訝な顔をしたが身なりの良さも手伝ってか渋々ながら耳を貸してくれた、しかし獣人について尋ねても返ってくるのは首を傾げるばかりの反応だった。
「この辺りで働いてたりとかしな…しませんの?」
「見たことないな」
「ここは昔から住んでる人ばかりだからなあ」
「居てくれたら鉱山仕事も楽になるだろうになあ」
「ところでどこのお貴族様のお坊ちゃんだい?」
「お嬢様だ!」
次に当たったのは賭場の周りにたむろする男たち、荒っぽい空気の連中だったが金の匂いには聡いのか多少の小遣いをちらつかせると口も軽くなった、それでも中身のある情報は出てこない。
「おっさ…お兄さん?知りませんこと?」
「いや知らねえな」
「あいつら見た目から俺らと全然違うし居たら目立つしな、ここらじゃ居ないんじゃねえか?」
「もし居てくれたら俺の生活はもっと潤うんだがな…」
「え、ああいうのが好きだったのかよお前…」
「よくないか?」
「いいよね…」
「いい…」
成果の無いまま数軒目、鉱夫上がりらしい年老いた男に声をかけたところでようやく引っかかりのある言葉が返ってきた。
「ワシが若い頃は一緒に働いたことがあるぞ」
「おっ、今は無いんですの?」
「そうじゃなあ……いつからかは忘れたが全く見なくなったのう」
「急に?」
「うーむ…どうじゃったか…ただ長い事見てないのは確かじゃ」
老人はそう言ったきりそれ以上は思い出せないのか遠い目をして黙り込んでしまった、ケイオスはそれ以上追及しても得るものはなさそうだと判断し礼を言って老人の前を離れていった。
※
ケイオスは肩を落としながらとぼとぼと路地を歩く、半日歩き回った成果としては獣人に心当たりがある者はなかった、唯一昔はいたという曖昧な話が聞けただけだった。
「こんなもんかなあ…アルカディアのクエストだったらヒントが用意されてくれるけど、実際の世界じゃそんな訳もないか…まあ後は二人に任せるか…」
投げやりに考えた出した頃、ふと視線が吸い寄せられた一軒の小さな店、その店頭に並べられた品々に足が自然と止まった。
「これは…そこらの店とは違うな」
鉱山だけあって鉱物を扱う店はそれなりに目にしてきた、装飾品にしろ工具にしろこの土地ならではの品揃えの店が点在している。
しかしこの店の飾られている商品の加工の精緻さはこれまで見て回ったどの店とも一線を画している、アルカディアで様々な高品質のアイテムを見て来たケイオスだからこそ、その精度の高さに気づく。
そして引き寄せられるようにケイオスはそのまま店へと入って行った。
※
「こんにちはー」
間延びした声を出しつつケイオスが入っていく。
年季の入った小さな店だ、看板も色褪せ店構えは他の店と比べても地味な部類に入る、店の奥に座っていたのは無口で不愛想な老人だった、似つかわしくない美麗な格好の子供に値踏みするような一瞥をくれ。
「…いらっしゃい」
それだけを返す、直ぐに黙々としていた手元の作業に戻る。
(うん、絵にかいたような職人の爺さんだ)
構わずケイオスは店先の品を一つずつ見て回る、店先で見たとおりに他の店とは数ランクは違う精度の品が並ぶ。
(素材はともかく加工はこれ逸品、いや伝説までありそうだ、初期鉱山で取れそうな素材でこれやってるのはアンバランスだな…アルカディアでも質の良い鉱石取れる場所はモンスターも環境も危ないしこの辺の穏やかな調子じゃしょうがないか)
アルカディア時代の記憶と比較しつつ見物を続ける、その内にこれまで見てきたどの品よりも際立った一つを見つけた、淡い光を内側に宿すような青みがかった鉱石。
(お、これ、魔鉱石じゃん)
同系統の鉱物では最低ランクだがそれでも希少な素材だ、鉱物自体の強度も高いが秀でているのは魔法関連のステータスに強力なバフをかける効果だ。
この店、いやこれまでケイオスがこの世界において見てきた中でもに明らかに頭一つ抜けた価値を持つ代物だった。
「なあこの石って貰える?」
余所行き用のとってつけたような態度も忘れてケイオスが尋ねる、老人は手を止め初めてはっきりとこちらへ視線を向けた。
「それは売れねえ」
「なんで?」
「悪いが一見の客にこいつを渡すつもりはねえ、その身なり見りゃ買える金は持ってんだろうがな」
「成程…じゃあ聞くけどじゃあどんな奴なら売るんだ?」
「石の価値が解る奴、だ、金だけ詰んでくお貴族様に売れねえよ」
「…俺が言うのもなんだけど貴族にその態度って大丈夫なのか?」
「老い先短い人間がそんなもん気にするとでも思うのか?」
「成程」
ぶっきらぼうな声ににべもない返答、長年、鉱石と向き合ってきた職人らしい頑固な矜持がその一言に滲んでいる、一見の客にも貴族めいたケイオスにも揺るがない態度だ、しかしケイオスは怯む事も無くむしろ楽しそうに言う。
「…じゃあ価値が分かりゃいいんだな?」
そう言うが早いか石を断りもなく手に取る、老人が咎めようと口を開きかけるが直ぐにケイオスの手の中で石が淡い光を帯び始めた。
元から僅かに輝いていた鉱石の輝きが増すかのよう、掌の隙間から漏れる光が薄暗い店先をぼんやりと照らし出す、石の持つ紋様のような模様が光に透けて浮かび上がった。
「なっ」
老人の目が見開かれる、それも身なりだけは良いが所詮は貴族の小娘としか見えない相手が無造作に石の本質を扱えるとは予想していなかったのだろう。
「綺麗だとか貴重だとか高級だとか…そんなつもりで買うんじゃ無くてな、俺ならこいつを有効に使えるから欲しいってことだ
「……ふん、ただの貴族様って訳でもないようだな」
ケイオスは光る石を目の高さに掲げながら事も無げに告げる、老人はそう言って体勢を立て直す、不愛想な態度そのものは変わらないが、こちらを見る目の色は先ほどまでとは明らかに違った光が宿っていた。
「ただこの石だけじゃ多分素材足りないから……あ、そうだ」
取り出したのは全く同じ鉱物のインゴット、それを無造作に台の上へ置く。
(このランクのやつならボックスの隅っこに保存してたしちょうどいいや、もう今のレベルじゃ使わないと思ってたけど何でもとっておくもんだ)
一つだけでも老人は目を見張っていたが、ケイオスはそこへさらにもう二本、間を置かずに追加した。
「魔法使い用の杖…あったそうだ二つ武器を作ってほしい、いま思いついたけどたぶん必要になるから…?」
「………………」
「なんだよ急に黙って」
「お前さんアイゼンシュタインの家の者か?」
「アイゼン……シュタイン……」
記憶を掘り返すようにケイオスが頭をひねる、この鉱域の名の由来、代々この土地を治めてきたという貴族の家名。
「あーここの鉱山の管理者してるって貴族?違う違う」
「………………」
その沈黙は先ほどまでのものとは明らかに毛色が違っていた、もっと重く内側に何かを押し留めているような静けさだった。
「まあ………違うなら別にいい、その石で加工しろって依頼を断る理由もねえ」
(なんか訳あり…?聞いてみたい気もするけど…)
考えるケイオスをよそに老人はインゴットを台の上から取り上げ奥の作業場へと運んでいった、手渡されたインゴットを光にかざすようにして確かめる。
表面の質感、重み、断面の色合、職人の目が、瞬時にその品質を見定めていく。
「こいつは…文句なしだな」
「ふふん」
「…お貴族様がなんでわざわざこんな辺鄙な店に加工を頼もうってんだ?このインゴットの品質もっと相応しい場所があんだろうに」
「ここらで見た中じゃあんたの店の細工が一番丁寧だったからだよ、それだけ」
「………………」
「この街ざっと見たけどここのレベルの加工ってそうそう居ないぞ間違いなく、だからむしろここが相応しい場所だ」
「………………」
老人はしばし黙ってケイオスを見つめていたがやがて堪えきれなくなったように、ふ、と息を漏らしたかと思うと、そのまま面白そうに笑い出した。
しわの刻まれた顔がくしゃりと崩れ、店先に不釣り合いなほど朗らかな声が響く。
「ふ、ふははははは」
「お、おおう」
ひとしきり笑いきった後、老人は目尻に浮かんだ涙を拭うでもなく、ようやく落ち着いた声で言った。
「そうさな、こんな貴族はこの鉱山にはいねえな」
その一言には、先ほどまでの探るような色はもう残っていなかった、何がそこまで面白かったのかあるいは何を納得したのか、老人はそれ以上語らなかったが肩の力が抜けたような佇まいだけが伝わってくる。
「さて、と」
老人は仕切り直すように咳払いをすると台の上のインゴットを軽く指で叩いた、その顔は職人の色が戻っている。
「愉快な話はこれくらいにしておいて仕事と行くか、杖含めて三つも武器を作るとなりゃ、こいつだけじゃなく他の素材も使った方がいい、細かい素材はこっちで全部用意してもいいがそうなるとお前さんが差し出したインゴット全部は使いきらねえ」
「……ん?それはつまり」
「現物払いってことだ、使い切らなかった端数の素材それをこっちにくれるなら代金はいらねえ…言うまでもないと思うが、金額だけで言うなら損になる…どうする?素材をまた持ってくるかこの石だけで作って欲しいか…」
端数の素材とはいえこの石の希少さを考えればそこらの通貨で払う代金など比べ物にならない、老人はそれを承知の上であえてこの条件を提示していた。
「素材集め……周回……うっ……頭が……」
「…?」
ケイオスはわざとらしく額を押さえうめくような声を漏らす。
ゲーム時代、素材集めのために同じ場所を何度も往復させられた記憶がフラッシュバックしたのか、しかめっ面はどこか演技じみていながらも妙に実感がこもっていた、老人がその奇妙な様子を不審げに見ているとすっと真顔に戻り。
「出来る限りソレはやりたくない…全部任せるからそれでいい」
あっさりと切り替えうめいていたのが嘘のように涼しい顔で頷いた、老人はしばしその変わり身の早さに呆気に取られていたが、やがて諦めたように首を振り苦笑を浮かべた。
「…どこまでも変な貴族が居るもんだ」
「それにだ、多少金で損しようが職人が全部素材見繕ってくれるなら絶対にそっちのがいい出来栄えになるだろ?」
「ふん、言ってくれる」
老人は鼻を鳴らした、貴族らしからぬ態度にゲームがどうのという訳の分からない独り言、おかしな所しか見当たらない。
だが、あの魔石を無造作に光らせてみせた実力、そして損得より仕上がりを取るこの気前の良さと合理性は紛れもなく物の価値を理解している姿だった。
老人は台の上のインゴットと石をまとめて手に取ると、それを大事そうに懐へしまい込みながら最後にぽつりと呟いた。
「ああこの石はお前さんみたいな奴なら文句はねえさ」
アルカディアのアイテムランクは下から
普通
良品
名品
業物
逸品
伝説
規格外
神器
となっています。
全てのアイテムは鍛えることでランクを段階的に引き上げることが可能、神器は下位ランクとは一線を画す強さですが作るのが尋常じゃない難易度で廃プレイしてても所持数は少ないです、さらに神器同士でもある条件で大きな格差があります。




