アイゼンシュタイン鉱域
王国は基本的に水も緑も豊かで自然に溢れた国だ、人々が繁栄するに適した土地というよりはだからこそ王国が繁栄したと言える。
北方や南方の国境など荒れた土地もあるが基本的に穏やかな土地である、しかしある区域は無骨な岩肌が地平線を埋め尽くす。
アイゼンシュタイン鉱域、谷を割り、崖を削り、山を積み上げたようなその地形。
北方の国境の雲すら突き抜けるという常識外れの山脈にこそ及ばぬものの国内においてこの土地を超える山脈は存在しない。
「ふーんそれでどうしてそんな住みにくそうな所が有名なんだ?」
言葉はぶっきらぼうだが声そのものは幼い少女特有の澄んだ可憐さ、その声が案内役の言葉に質問をする。
「…あんた貴族じゃないのか?」
この土地の解説をしていた男の声が続けて答えていく、確かにそれだけを聞くととても人が寄りつかなく聞こえる、だがこの山脈に眠る鉱脈は王国の産業を支える血脈その一つであった。
産業は元より強力なモンスターが跋扈するこの世界で様々な魔力に満ちた貴重な鉱物は正に生命線、国内で流通する鉱物の大部分はここから掘り出される、ゆえにここには常に人と活気が溢れる事になる。
首都からは遠い土地とはいえ辺境と呼ぶには発展を重ね結果多くの貴族が名を連ねていった、そしてこの地を代々治めてきたのがアイゼンシュタイン家の名が鉱域そのものの名として土地に刻み込まれた。
「ふんふん、ゴールドラッシュみたいな話か」
「ゴールドラッシュ…?まあ金も貴重だけどもっと貴重なのが出るぞ…ただしな」
荒れた土地と山脈は生存が厳しい、それゆえに環境に適応したモンスターは王国の基準より強い物が多く生息する。
多くのチャンスがあるこの地だが同時に危険と共に生きることを運命づけられている。
「てな訳で中々刺激的な場所なんだここは」
「そういう訳でこうも襲ってくるモンスターが多い訳か」
会話する彼らの足元に転がっているのは岩肌そのものが殻と化したような甲虫の死骸、全長は人の腰ほどもあり背中の甲殻は荒れた岩肌と同じ灰褐色にひび割れてまるで山肌の欠片が意思を持って歩き出したかのような姿だ。
「そうだな、こいつらは景色に同化して奇襲してくる、半端な武器じゃ甲羅も割れないしかなり危険なんだ、こんなモンスターばかりいるもんでここを行き来する商人なんかは毎度命がけで大変な思いしてるって話なんだが」
「アルカディア…俺の故郷だと初期ダンジョンで見かける奴だな、懐かしい」
「私の故郷でも似た奴がいる、大きさは倍以上は違うがな」
「…アンタらには何の問題も無いみたいだな」
オルディン村から出発したケイオス一行。
危険とされる区域、奇襲でも集団でも襲ってくるモンスターを鎧袖一触、順調に現在目的地の目と鼻の先まで到達していた。
※
オルディン村周辺からしばらくの間は草原や農地などがほとんどであった、だが今はのどかな光景は消えて代わりに切り立った崖やうねるように連なる山々が視界を埋めている今現在3人は街手前の道端で座り込んでいる。
吹き抜ける風はこれまでの草原とは違う、乾いた鉱物質の匂いを帯びていた。
「で、突入前に確認だけど、ここに獣人が大量に集められているって話だったな」
「ああ、その通りだ」
「………………」
現在の一同の目的、王国の何処かに居るというレイラの妹の捜索、余りにも広大な王国で人一人を見つけるというのは難題、だがレイラそして妹は南方出身の獣人である。
だが元盗賊の頭領ガレオの裏の情報を元にたどり着いたのがここだ。
「この鉱山に定期的に獣人が連れられている…以前の仕事で聞いた間違いない情報だ、首都には劣るがここは名のある貴族も多い」
「土地も金も求める場所の条件としても合格って事か」
「………………」
レイラは喋らない、思いつめた顔はついに明確な手か狩りが手に入る期待かそれともこの地の不安か、ガレオが横からレイラの顔を覗き込みにやりと笑う。
「おいおい、その顔今にも正面切って乗り込んでいこうって顔してるぜ」
「……そんな短絡的な真似はしない」
レイラは視線を逸らさぬまま抑えた声で返した。
「妹が本当にここにいるかもわからない状況でいきなり暴れてどうする、まだ何もつかめてない場所だ、それくらいの分別はある」
「へえ、意外と冷静じゃねえか」
「感情だけで動いていたらとっくに死んでいる、私は戦士だ」
ガレオは肩をすくめそれ以上は茶化さなかった、そして鉱域の坑道が続く方角へ目をやりながら続けた。
「ただ生まれ育つだけで並みの人間より遥かに強いとされるのが南方の獣人種、そういう者たちを定期的に大勢集める…となれば」
「そうだ、それはつまり逆らえないだけの体制がすでに出来上がっているということだ、それだけ強者を多数集めても問題無い何かが…無暗に突撃するのは自殺行為に過ぎない」
檻か、監視か、あるいは逆らった者の末路を骨身に刻ませる何かか、レイラの声には想像したくないものを想像している響きがあった。
静かに聞いていたケイオスは深刻な二人と違い普段通りの様子で最後に付け加えた。
「俺はそれでも別に構わないぞ」
「…………………」
「お前はそうだろうなケイオス、羨ましい限りだ…その強さが、本当に」
それは無短慮か傲慢かそれとも純粋な親切なのか、ガレオは何とも言えない顔で押し黙る、レイラは短くそう返しそれ以上は何も言わなかった。
※
街の検問所は拍子抜けするほどあっさりと終わった。
槍を携えた検問の兵がこちらへ視線を向け、ケイオスの姿を認めた途端それ以上の詮索をやめてしまったのだ、身分を証明しろとも、目的を明かせとも言われないままあっさりと通行が許可される。
「なんだ名前すら聞かれなかったぞ?どうなってんだこりゃ?」
「あの門番、俺を見て詮索を止めたみたいだな」
「ケイオス、まさかお前ここと縁があるのか?」
「いや無い⋯俺が美少女すぎたせいだな恐らく⋯」
「………………」
「そう睨むな半分は冗談だ、この鉱山貴族の影響が強いって言ってたろ?それじゃないか?」
今のケイオスの服装はオルディン村の時とは違うが同じような豪勢な衣装だ、だがデザインは大きく変わっていた。
丈の短いパンツにシャツ、その上には襟元を編み上げにした短丈のジャケットを羽織っている、動きを妨げぬよう袖は肘までで切り揃えられ、裾には金糸の刺繍がさりげなく施されていた。
その上に膝丈まで届くひらひらとした布のようなものを腰に巻いている、いつの間にか黒髪は後ろで手早く束ねられ、小ぶりな帽子を斜めに被り、足元はしっかりとした大きめのブーツ。
総じて鉱山歩きを意識した実用性も垣間見えるが、それでいて全体の印象は華やかさを損なっていなかった。
『お洒落と実用性…見事だろ?』
ケイオスは自分の格好を示すように腰のひらひらを軽く摘まんでみせた。
『ああ、まあな』
突入前の会話、ガレオは何処から出したんだなどはもはや聞く事もせず曖昧に頷いていた、レイラはそちらへ目を向けることすらなかった。
「ここに足を運ぶ奴は限られている、住民も鉱夫もまず街を出入りしない来るのは物を運ぶための商人関係…それ以外は管理者のお貴族様って事か」
「俺の作戦が大成功って所だな」
「……………そうだな」
「なんでもいい、ここでの調査が少しでも楽になるならな」
どこか口数が少なくなっていたレイラがそう締めくくり一同は街へと堂々と侵入した。
※
検問を越えた先に広がっていたのは荒々しい空気の街並みだった、石造りの建物は無骨で装飾もなく通りには煤と埃の匂いが染み付いている。
行き交う人々の多くは、日に焼けた顔つきと逞しい体つきをした鉱夫たち、汗と土埃にまみれた作業着姿、荷運びの荷車を怒鳴りながら急かす監督者らしき男、そうした光景が、通りのあちこちに広がっている。
上品さや秩序とは無縁の剥き出しの生活感が街全体を覆っている。
そして宿の一室、多少なりとも金を払える客人向けの一角、それでも上等とは言い難い板張りの床がところどころ軋む簡素な部屋にケイオスたち一行は腰を落ち着けていた。
「とりあえず入場って所だが、調査はここからだな」
ケイオスは腰に手を当て窓の外を眺めながら言った。
街からここまで見える範囲に居るのは一般的な住民だけであり、納める貴族の住む場所は勿論のこと話の獣人はまるで姿が無い、腰に両手を当てたまま胸を張り堂々とケイオスは語る。
「街の奥に行けばおそらくお偉いさんが住んでる区域はあるだろう」
「そこにいきなり突っ込んでも良いんだが、こういう時は町人から話を聞くもんだ」
「ここに住む人しか知らない事、街規模でやってる裏事情ならどうしても隠し切れない事もにじみ出てるかもしれない、全く知らない土地だまずは調査がてらこの辺りを見て回ってみないか?」
「………………」
形容しがたい顔でガレオが硬直する。
「なんだその顔は?」
「いやお嬢さんが急に真っ当な事を言いだすからたまげてな」
「おおーん?」
「ほらそれだ、そういうとこだよ」
「全く、これでも故郷では冒険者だったんだ力押し以外俺だって色々やってたんだっての」
ケイオスが片眉を吊り上げ凄むように声を低くする。だが幼い声質のせいでまるで凄みが出ていない、ガレオはむしろ笑いを深くする、そんな軽いやり取りを続ける二人を余所にレイラはずっと押し黙ったままだった、やがて静かに口を開く。
「……いいだろう、夜まで別行動だ」
その声にはとぼけた様子とは間反対の張り詰めた重みがあった、レイラは腰を上げ二人と向き合う。
「お前は時折ふざけたり何も考えてないように見えていたりする、が行動は真っ当だし合理的だ、強さも言うまでもないし信用している」
「おいおい急に褒めるなよ照れるじゃん」
「だが、今の私には、余裕が無い」
短く言い切るとレイラはそれ以上の説明もなく、扉を開けると部屋から出てへと歩き出していった。
※
「ずいぶんとピリピリしてるなレイラ」
去っていく背中を見送りながら、ケイオスがぽつりと呟いた。
「噛み殺す勢い……だな、まあそれも仕方ないが」
ガレオは軽く肩をすくめただけでそれ以上レイラを追う素振りは見せなかった。
この男は常に飄々とした態度を崩さない、それは平時であろうと戦闘の最中であろうと変わらない、感情を表に出さず常に余裕を演じることで相手に読ませない、それがこの男の生きるための根柢にあった。
「なあガレオ、戦争奴隷ってそんなにひどい扱いなのか?」
ケイオスがふと投げた問いにガレオはしばし黙り込んだ、そんな男だ、いつもならすぐに軽口が返ってくる、だが、今回ばかりは間があった。
「……………」
「おい」
「ああ、悪い悪い」
ガレオは頭をかきいつもの調子を取り戻すように口の端を上げる、だがその目までは笑っていなかった。
「真っ当に奴隷やらしてる事も多いが……胸糞悪くなる事も、たまに、な」
その言葉には飄々としたふざけた気配は無かった。
アルカディアモンスター名鑑
・ガレオンビートル
・生物タイプ
・Lv.8~10
・大きさは人の腰ほど
・背中の甲殻が周囲の岩肌と同化する保護色を持つ甲虫型のモンスター、景色に紛れて奇襲を仕掛けてくるため認知しづらい、防御が高く同レベル帯のプレイヤーの目線ではかなり苦労する、物理一辺倒の育成だと詰みかねない危険がある。




