【外伝】鼠から見たエルミナ
今回にて外伝は終わりです、次からケイオスの話に戻ります。
ダンジョン外縁部、僅かに隙間が空きそこから日が差しこんでいる、荒々しい山肌も垣間見える端の端の岩陰。
そこに一人の少年がしゃがみ込んでぼんやりとしていた、目ぼしい物は狩りつくされたが同時に危険もほとんどないローリスクローリターンな場所、彼は岩肌の素材を剥ぎに来ていたが今は手が止まり離れた位置のうにうにと動くモンスターをぼんやりと眺めている。
「………………」
ぐに ぐに
尺取虫のように動くモンスター通種電気喰い、透明な粘体のモンスターでその内側では時折、青白い光が筋を引くように走った、サイズは小さく人に興味も見せずひたすらダンジョンの電気を食う。
素材として有用だが捕らえるには絶縁の装備、あるいは感電を覚悟しなければならない。
ぐに ぐに
「…………………」
ただ電気を食むスライム、鼠の少年、危険のほぼない外壁部らしいのどかな光景だった。
「最近…あいつ、見ないな」
ぼんやりする少年の脳裏に浮かぶのはたまに狩場で見かけていた小柄な鼠の姿だった。
短く切られた黒髪を覆うようにすっぽりと被った大きな帽子、額に上げたゴーグル、あちこちに装備した工具、全体的に野暮ったく傍から見れば多少技術に心得のあるんだろう鼠の一人にすぎなかった。
だが、少年は知っていた。
帽子の陰に隠れがちな顔を上げた瞬間にだけ覗く大きな金色の瞳、あの瞳が真剣に部品を見つめたりする時一瞬だけ見せる表情、それは少年が鼠として泥臭く生きる中で美しく惹かれる何かを。
「ちょくちょく会えてたのに、最近はぱったりと姿を見せなくなって…」
呟き、少年はまた手を止めて考え込んでいることに気づきため息をつく。
「…………………はあ」
今日はどうにも気が入らない、そう思いながら荷物をまとめ、帰ろうと腰を上げたところで、後ろから声をかけられた。
「おーい、こんな端っこで何やってんだ、お前」
快活な声、振り返ると、背の高い女性の探索者が片手を挙げてこちらに歩み寄ってくる、日に焼けた顔立ちには少年と似た面影がある、少年の隣に腰を下ろすと頭をぽんと小突いた。
「別に、何でもないよ」
少年はぶっきらぼうに答えたが女性…少年の姉のエマはそれで引くような性格ではなかった、にやりと笑って、顔を覗き込んでくる。
「なんでボケっとしてるか、当ててやろうか?」
「別にいいって」
「エルミナだろ」
「!?」
その名前を聞いた瞬間、少年は思わず飛び上がった。顔にみるみる血の気が上ったり引いたりしている。
「な、なんで!?」
「え、マジだったの?」
エマは呆れたように片眉を上げる、からかい半分で言ってみただけだったのだろう、まさか正解を引き当てるとは思っていなかった様子だった。
「幾らここがほとんど危険が無くても、たるんでるんじゃあないの?」
「…それはそうだけど、最近見ないからさ」
「え?あたし見たよ?自動人形を連れてね、びっくりしたよ中々、エルミナってカマかけたのもそれが印象残ってて適当に言っただけだよ」
「え……」
その一言に、少年の顎が外れたように大きく開いた。
「ちょ、待って、姉貴、会ったって?…いや自動人形って、あの子が造ったの?」
少年は混乱する、多少アイテムに手を加えたり小道具めいたものを造ったりする鼠は何人かいるエルミナもその一人である。
だが自動人形を連れてるのは全くの別次元の話だ、それはそこらの技師が手を出せる領域ではない相応の知識実力がなければ到底成し得ない代物なのだから。
「詳しく教えてくれよ姉貴!」
食い気味に詰め寄る弟に、エマは面倒くさそうに手をひらひらと振った。
「うーんこれ以上は言わない、知りたきゃ自分で見に行きな、ちゃんと探索してりゃいつか会えるさ」
「………うっ」
「やる気出せって話だよ、お前もね」
エマは優秀な探索者であり冒険者の階級も高い、普段は鼠が潜らない階層を探索している、だが時にはこうして浅層の弟を見に来るそこには弟への厳しさと優しさの両方があった。
「ぎこちなさはどうしても見て取れたねまだまだ未熟だったよ、でも自動人形連れて堂々と探索ってのはね…そう簡単にできることじゃない、それに今は一緒に探索する…こんな外壁じゃないぞ?ダンジョンへ潜るための仲間の募集してる、鼠じゃ無くてな」
「………っ!!」
「ぐずぐずしてたら、置いてかれるよ」
エマは腰を上げながら弟の頭をぽんと叩いた。実力の話だけでなく、色々な意味を込めた言葉だった。
「わ、わかってるって、俺だってちゃんと前は良く会ってたし仕事も一緒にやったことあるし……よく笑うし」
少年は少し焦ったように反論する、鼠同士の付き合いの中ではエルミナとはそれなりに顔を合わせる機会があった。
一緒に資材集めをしたことも何度かある、エルミナは口数は多くない方だが、気を許した相手には案外よく笑う、無愛想に見えて実はそう遠い存在ではないはずだった。
エマはそれを聞いて微笑みながら小さく頷いた。
(それ、別にお前じゃなくても他の奴とだって普通にやってることだけどね…)
そんな内心は口には出さず曖昧な笑みだけを浮かべておく、弟が思っているような特別な絆でも何でも無くごく自然な友人関係の一つに過ぎない。
言うのも無粋と言うか弟の心を折るなと姉は誤魔化すのであった。
「よし、やることやってやるよ」
少年は気合を入れ直すように立ち上がる、ちょうど視線の先に先ほどの電気喰いがまだうにうにと這っているのが見える、そのまますたすたと歩いて近づいていく。
「あの電気喰い気を付ければ今の装備でもいけそうだな…ちょっと捕まえてや」
「待て」
それまでの朗らかな声とは打って変わって鋭い一言、気づけば背後に音もなく追いつき片腕で少年をひっつかんでいた、その腕には万力の力が込められ全く動けない。
電気喰いは蓄えている電気で感電する危険がある、探索者の基本の知識だ、その電気量は探索者としての基本的な装備があれば多少痺れる程度で済む。
しかし稀に尋常でないほどのエネルギーを溜め込んだ個体がいる、見分けるには体表の発光パターンを見る、コツはいるが慣れた者ならそう難しくは無い。
そして離れた傍にいた電気喰いは正にその稀なタイプの発光をしていた。
「ゆっくり、そのまま後ろに下がれ」
「う…………っ………」
有無を言わせぬ声に少年も反射的に従ったじりじりと距離を取り電気喰いを刺激しないよう気配を殺しながら後退する。
ぐに ぐに
何の危険も無い捕らえるのも容易なモンスター、ついさきほどまではそう見えていたそれが今は死神の姿にしか見えない、少年の体感では何処までも長い数秒後、ゆっくりと彼はその場を離れることができた。
「あ、ぶなかっ…た…」
事なきを得て安心した瞬間、少年の頭に拳骨が落ちる。
「痛っ!?」
「馬鹿野郎!何を見て『いけそう』!!!だ!ああ!?」
「ご、ごめんなさい…」
「はあ…ったく」
エマは大きくため息をつくと頭を抱えるように片手で顔を覆った。
「お前はやっぱり壁際で素材剥いでるだけがお似合いかもな」
「そんな……」
少年は愕然として肩を落とすだが何かを言い返せる行動でも無かった、ただ姉の声音には呆れの中にどこか安堵に似た響きも滲んでいた、怒鳴りながらも無事だったことを喜んでいる目だった。
華やかなコロシアムの舞台にも街の命運を左右する陰謀にも縁のないダンジョンの片隅で懸命に生きる者たちのささやかな日常、とある若い探索者の日常であった。
アルカディアモンスター名鑑
・フェザーピック
・生物タイプ
・Lv.1
・大きさは一般的な鳥と大差ない
・見た目も生態もごく普通の鳥と変わらない最初期に登場する賑やかし枠のモンスター。
攻撃性は低く倒しても得られるものはほとんどなく狩る旨味は皆無に等しい、しかしその内には大きな成長性を秘めており育ち方次第では全く別の存在へと化ける可能性を持つ。
・ペブルモール
・無機物タイプ
・Lv.1
・大きさは小石程度〜手のひらサイズ
・ただ動いているだけの石ころ、無機物モンスターの中では最弱の存在、フェザーピック同様に狩る旨味は皆無で場を賑やかす役割の初期モンスターである。
しかし全ての無機物モンスターはこの姿から成長したと噂されている。
・スパークスライム
・生物タイプ
・Lv.1~40
・人の握りこぶし程度の大きさ
・電気を食べて生きるスライム、性格は大人しく自分から攻撃してくることはない触れると微弱なダメージを受ける。
大半は低レベルだが稀に存在する高レベルの個体は接触ダメージが跳ね上がる、発光パターンをよく見ると違いが解る、攻撃してこないと侮った新規プレイヤーが一撃で命を落とすことも珍しくない。
・ストーンウィスプ
・無機物タイプ
・Lv.4~7
・大きさは子供の背丈程度
・動く岩、その動きは遅いが攻撃時だけは早く動く、しかし予備動作が非常にわかりやすくしっかり観察していれば余裕で回避可能、その分攻撃力はレベル帯にしては高めであり棒立ちで攻撃するだけだと手痛い反撃を受ける。




