【外伝】探索者エルミナ
夕刻を過ぎた頃合い、街の探索者が集うとある酒場は落ち着いた空気に包まれていた、カウンターの奥では店主が黙々とグラスを磨いている、テーブル席では様々な人々が酒を酌み交わしながら今日の首尾を大声で語り合っていた。
探索者という厳しい生業は荒くれ者や一癖ある性分の輩は少なくない。
だがこういった店で暴れる者はそれ以前の問題、稼いだ金も使えなければ意味は無い、結果として店に集う面々は総じて素行が悪いなりの一線をわきまえており荒々しさの割に治安は安定していた。
店の壁際には、依頼を書き記した紙が幾重にも貼られた掲示板がある。
古びた依頼票の中にまだインクの匂いが残るような新しい紙が一枚貼り出されていた。
『中層手前まで行ける人募集、前衛をやれる方求む、依頼主、機械技師、自動人形所有、冒険者5級』
探索者とは冒険者の亜種のような扱いである、国の軍という正規の武力組織が機能しているこの国においてそれ以外の武力を持った存在は恵まれた立場にあるわけではない。
しかし王国は広い、モンスターや無法者の相手の全てをカバーできるわけでない、そういった需要は何処にでもあり即ちそれを行う者は冒険者、需要供給をまとめるのが冒険者ギルドの役目でもあり酒場は彼らとのつながりの大きな社交場でもあった。
そんな酒場の奥、個室に一人と一台が居る。
目深に被った大きな帽子、額に上げたゴーグル、腰回りにはいくつもの工具袋を提げている、技師としての本業を思わせる出で立ちエルミナだ、その顔には緊張の色が隠しきれない。
傍らにはアルマが静かに佇んでいた、修復を終えたその姿は見た目こそ以前と変わらないように映る、だがその内側は違う、工房にあった素材という素材、これまで温存していた貴重な部品までも惜しみなく注ぎ込み今出せる限りのチューンナップを済ませた状態だった。
次に何が待ち構えていても後悔だけはしたくない、そんな思いが透けて見えるような整備だった。
(もう後戻りはできない)
あの日からしばらく、エルミナは覚悟を決めた、逃げ隠れて息を潜めていたところでまた同じことが起きるだけだ。
ルナもいつまでこの街に留まってくれるかもわからないならば前に進むしかない、鼠のままでいることはもう止めたのだ。
これまでエルミナは酒場や掲示板を利用していなかった、酒場の代金が高いという問題もあるが荒事に向かない体格に隠している性別のこと、メリット以上に目立つデメリットが大きかったからだ。
人を信用していない訳ではない、しかし裏切られた時に自分一人ではどうしようもない現実がそこにはあった。
(でも、今はもう違う)
傍らに佇むアルマだ、アルマさえいれば話は変わってくる。
こんな見た目の自分でも自動人形を従えた技師ならばそう簡単に舐められることは無い、ただの子供ではない力を持った冒険者として認められる。
冒険者ランクについてもアルマを制作した事で最下級から飛び級で中堅とも呼べる5級の認定を受けていた、自動人形を操る技師の力も正式に公表する事にした。
(ボルツ…何でも屋…まとめ役、それだけの力、胆力があいつにはあった)
ボルツと言う強者との相対もエルミナに意識の変化を与えていた、生きていくにはもっと強くないといけないそれは間違いない、アルマという人形を誇らしく育てたいならば猶の事だ。
(望む事を通すに力が居るなら、僕があいつみたいに強くなればいい)
この部屋には掲示板を見た者が来る予定である、冒険者クラス5級を持った自動人形の技師、これは他社から依頼を頼まれる立場に足を踏みいれている。
鼠のやり方では足りないなら仲間を増やしもっと奥まで潜る、強い素材、機械で自身もアルマも強くなるしかない。
(誰かと組ませてください、の前に自分が選ぶ側になるのは流石に想定外だったけど、やるしかない!)
「よし、舐められないよう…今の内にもっと貫禄ある喋り方を練習しよう、うん!」
後はそれに見合うだけの態度と貫禄を自分自身が纏えるかどうかである、エルミナは低い声を作ろうとしばらくの間喉の奥で調整を試みるのであった。
客観的に見れば微笑ましい光景の中、ふとエルミナの視線がアルマへと向く。
「…いつか、君とも喋ってみたいなアルマ」
自動人形はただの言いなりの道具でしかない、命令を受けそれを忠実にこなすだけの便利な道具、アルマもまたその枠組みの中にある存在、しかし。
あのメイドどこか浮世離れした言動も多い、皮肉めいた物言いも突拍子もない目標を語る様もおよそ道具とは遠いルナと言った彼女、淡々とした言葉の端々に紛れもない一個の人格が確かに宿っていた。
そしてあのメイドはアルマからの救難があったとはっきり言ったのだ。
「僕の勝手な思い違いじゃない、はず」
いつかアルマもきっと、エルミナはそっとアルマの手に触れた。
※
ダンジョンのどこか薄暗い岩肌の回廊にけたたましい駆動音が響いている。
人の背丈の倍以上はあろうかという巨大な自動人形だ、その姿は街中で見かける労働用の自動人形とは明らかに違う風貌だ。
全身を覆う重厚な装甲に武装は壮観の一言、人の身の丈ほどもある大剣のような刃物、両腕に据え付けられた鈍器、王国では滅多にお目にかかれない銃器、殺傷力に特化した兵器の数々だった。
裏社会に生きるとある男がありったけの金をはたいて買い上げた一台だった、財産のほぼ全てを投げ込んでもこの規格外のサイズと武装ならばと彼は喜んで契約した。
目的はこのダンジョン界隈の鼠どもを取り仕切り上前を撥ねて利益を独占している目障りな男ボルツを始末するため、自身もこの男に煮え湯を飲まされた経験がある、だからこそここで奪えばプライドも金も全てが手に入る…はずだった。
「くたばれっ!」
咆哮じみた叫びと共に指示に従った人形の巨大な刃が振り下ろされる、空気を叩き割るような重い一閃、しかしそれはボルツのいた場所を虚しく通り過ぎるだけだった。
「遅えな」
ボルツの声には緊張の欠片もない、滑らか且つ流れるような体捌きはその全てを回避する。
「くそっちょこまかと…撃て!その距離なら絶対外さん!!
焦れた男の指示で続けて放たれる銃撃、至近距離からの一斉射撃、避けきれるはずもなく今度は命中する、全身が蜂の巣になり原形を留めないほどの弾幕だ、しかし。
「終わりか?」
土煙が晴れた先でボルツは涼しい顔のまま立っていた。
着弾したはずの箇所には傷一つ焦げ跡一つ残っていない、まるで最初から何も起きなかったかのように、平然とそこに佇んでいる。
自動人形を操る男の顔からみるみる血の気が引いていった。
「あ、ありえないだろう!何をしたんだ機様!」
「冥途の土産に教えてやるよ」
ボルツはゆっくりと義手を持ち上げた、そこに襲い掛かっていた人形の巨大な鈍器がぶち当たる、しかしボルツは微動だにしない、むしろ自動人形の方が弾かれるように後ろに下がる。
「な、な…!?」
「自動人形ってのは、図体がでかければいいってもんじゃねえんだよ」
次に振り下ろされた巨大な刃もボルツの義手によって真正面から受け止められる。
「おら…よっ」
返しの拳、まとめて刃も鈍器も叩き折られる、金属の断末魔じみた甲高い音が回廊に反響する、体格だけで言えばボルツですら巨大な自動人形の前では子供どころか赤子のようなもの。
だが力比べにおいて劣っていたのは明らかに人形の側だった。
「う、動け!いいから動け!その図体の差だ、押し切れるだろ!!」
チンピラの男が震える声で操作端末に指示を叩き込む、しかし腕を失った巨体は目に見えて動きが鈍くなっていた、銃器を構えようとする挙動にも精彩がない。
「冒険者を見りゃ解るだろ、一線を越えた連中ってのは見た目と力が比例しねえ」
ボルツの声はまるで世間話でもするような調子だった。
「人形だって同じだ、銃器に刃物に鈍器…見た目が仰々しかろうが質が伴って無けりゃ意味がねえんだ、装甲にしたって」
「──シッ!」
言葉の途中で義手が閃く。
音すら置き去りにした拳閃、それは自動人形を貫き胴体に巨大な穴を穿いていた、それが決定的だったのか人形は僅かな動きも止め完全に停止した。
「この通りだ」
そして構えを止め数歩距離を取ると巨大な自動人形は仰向けに倒れ、背後に居た男が声を上げて逃げる。
後には火花を散らしながら小さく明滅する駆動部と、何かの機械音を微かに残す残骸だけが静かに積み上がっていた。
※
静まり返った回廊にもう動く者の気配はない、ボルツを襲った男が一人まだへたり込んでいるが頼みの綱だった人形は既に動かない、このダンジョンの深さで失った彼を待つ末路はすでに決まったも同然だった。
ボルツはそんな男に一瞥もくれず悠然と歩き出す、先ほどの大立ち回りも彼にとってはいつもの仕事の延長でしかない。
「あんな程度じゃ、無理か」
歩きながら肩や首筋を軽く叩き、身体の節々を確かめるように動かしている、その仕草は何か期待していたものが得られなかったとでも言うようだった。
「久しぶりに真っ当に襲ってくれる相手だったんだがな」
誰に向けるでもない呟きが、静かな回廊に溶けて消えていく、その言葉に込められた意味をこの場で理解できる者は誰もいなかった。
※
それからルナはコロシアムの舞台でなおも連戦連勝を積み重ねていく、マスター、ケイオスへと自身を伝えるため、その勢いは確実にこの街そして王国へ浸透し始めていく。
エルミナとアルマもまた探索者として様々な依頼をこなし幾多の冒険を重ねていく、かつて鼠と呼ばれていた姿はもうそこにはなかった。
ボルツは表向きの裏稼業のさらに裏で、満たされることのない渇きにも似た何かを探し求め続けていた。
ヴァルガイルという街にやがて訪れる激変、その足音はまだ誰の耳にも届いていない、だがその一歩目は確実に動き始めていた。
※エルミナの偽装は年上には成功しているが同じ年頃の知り合いには普通にバレている
「「「「「「エルミナの良さを解るのは俺(私)だけ(ね)…」」」」」」と思われている、ちなみにボルツは一切疑う事無く小僧だと騙されている。




